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連関資料 :: 問題

資料:1,350件

  • 日本後紀からみる皇位継承問題
  • 「日本後紀からみる皇位継承問題」 ☆大同元年~弘仁元年とはどのような時代なのか? 大同元年(806年)に平城天皇(兄)が即位するが、病弱だったこともあり、僅か3年で天皇の座を弟に譲る。 大同五年(810年)に嵯峨天皇(弟)が即位し、元号が「弘仁元年」に改まる。二人の関係を表す出来事「薬子の変」が起きる。 「第51代 平城天皇」幼名:安殿親王(あでしんのう) 生没年:774年~824年7月7日 785年 立太子(桓武天皇の皇太子になること) 809年~824年 上皇 天皇在位期間:806年3月17日~809年4月1日 「第52代 嵯峨天皇」幼名:神野親王(かみのしんのう) 生没年:786年9月7日~842年7月15日 806年5月 立太子(平城天皇の皇太子になること) 天皇在位期間:809年4月1日~823年4月16日 ※注目して欲しいのは2人が桓武天皇の息子であり、平城天皇が短期間で天皇を譲ったあと、長きに渡り「上皇」として君臨していることだ。このことが下記に示す対立の原因になる。 ☆平城と嵯峨 因縁の兄弟対決の裏側 桓武天皇と皇后の間には、安殿親王(平城天皇)とその
  • 日本史
  • 3,300 販売中 2008/08/03
  • 閲覧(1,719)
  • 新たに展開する核問題:人類は核と共存できるか
  • 原爆が絶対悪ならば、その製作者も絶対悪なのだろうか。勿論、製作者が全ての責任を負っているとは思わない。しかし、原爆による人体への被害を考えると、そしてその被害に遭った人々を思うと、にっこりと笑って「そういう事もあるよね」などとは、地球がひっくり返っても言えない。誰が悪いのか。そんな物を作り出した人物が悪いのか、それとも大量殺戮兵器として利用した人物が悪いのか。良いか悪いかと簡単に選り分けられるようなスケールの小さい問題でない事は解っている。しかし、何かに決着をつけなければならない日がくるのだろう。その時世界はどのような対応を取るのか。よく耳にするのは、『原爆は人類が生み出した最強最悪の兵器だ』というものである。これは人類でひと括りにして良い問題ではないはずだ。核の制作が未だ続いているというこの現状が、ただの責任逃れの言葉だと実感させてくれる。戦争したがりのアメリカには調度良い玩具なのかもしれない。
  • レポート 原爆 エッセイ アメリカ 教育
  • 550 販売中 2005/06/25
  • 閲覧(3,019)
  • ペリー来航と条約締結時の問題
  • 今回取り上げた史料は、講義の中でも扱った、大日本大日本古文書『幕末外國關係文書』五、二十と、嘉永五年別風説書『通航一覧續輯』四と、外務省編『日露交渉史』だ。 これを用いて、ペリー艦隊の来航から開国、条約調印までの日本史における問題点、疑問点について論じていきたいと思う。 長い間、日本史は世界史との分離という、切り離された歴史研究をしてきた。しかしこの考え方では、様々な歴史上の問題、とりわけ外交な問題についての回答が困難と言えるだろう。一八五三年七月八日(嘉永六年六月三日)、浦賀にペリー艦隊が来航したことは周知の事実に他ならないが、このことを日本史ではなく、世界的な外交史からみることはできないだろうか。 従来私達は、アメリカの擁する強力な大砲と蒸気船という先端技術を持ったペリー艦隊に、幕末の日本人が軍事的圧力をかけられたために恐怖心とともに屈服させられた、と認識してきたはずである。 しかし庶民は来航の直後から、小船をくりだし、また陸路やってきては「黒船見物」をしていたのだ。もし恐怖心のみが当時の民衆の心情を支配していたのなら、このような態度はありえないのではないだろうか。圧倒的な武力が迫ってきて、自分達の生活や生命を脅かすかもしれないと理解していながらも、脚立まで使って黒船を見物する民衆。客観的に見ると、滑稽で、かつ相当頭が悪く感じる。 私達現代人は、遠い昔であればあるほど、無能で理解力がなく、知能が低い、と錯覚してしまいがちだ。しかし当時の民衆がそこまで低レベルな理解力だったとは、やはり考えられない。
  • レポート 史学 日本近代史 開国 ペリー 日米和親条約
  • 550 販売中 2005/07/09
  • 閲覧(3,080)
  • 教育心理学の研究方法における問題
  • 教育心理学は心理学の下位部門の1つであると同時に、教育学の一部門でもある。教育学に対する教育心理学の独自性として、教育効果の検証と言う点がある。教育方法の効果を調べることは容易ではないが、教育効果の検証をしっかりと行わなければ、教育は教師の自己満足で終わってしまう。  しかし、この教育効果の検証に、教育心理学の問題点が潜んでいる。この問題について、分析を加えていく。まず、人間の本質と、教育効果の検証をする際の研究方法の乖離について述べて行こうと思う。  教育心理学の研究者にとって、研究対象となる人間は「客体」であり、そこに主体性は認められない。しかし、人間は皆主体を主張しており、客体扱いされることに抵抗する。教育心理学の主な研究対象である幼児、児童、生徒においては特にそうである。教育心理学の研究者は「対象者」から、自分にとって好都合な普遍的なデータを得ようとするが、その際対象にされる一人ひとりの特質が独自的にあることを無視していることが多い。研究者が検査を実施する場合、あらかじめ一定の基準が定められており、その基準内に対象を当てはめる。
  • レポート 教育学 心理 教育 臨床
  • 550 販売中 2006/07/16
  • 閲覧(3,315)
  • 難民問題の変容と対応をめぐる一考察
  • 近代の国民国家は、共同体を保証するものとして想定された抽象的なネイション概念の中に地域的、文化的、民族的、言語的、階級差異を溶解させることによって成り立ったという意味においても、一つの擬制であり、フィクションに他ならならず、ネイションへの自己同化を拒否して分権への欲求を持ちつづける他者を最初から内包していたので、ネイションとエスニシティとの実質的な分離を克服しえない構造を本来的にもっている。  列強の植民地支配という歴史的背景を負って第三世界に族生した国民国家群は、最初からナショナルな共同性を持ちえない擬制的性質を宿命的に賦与され、今や全世界に国民国家が成立している現在の状況は、内に様々な差異や多元性を抱えながら、それを抽象的な単一のネイションの名によって観念的に覆い隠す国民国家の擬制性が普遍化した事実を示していると言ってよい。  国民国家の擬制性が普遍化した事実は、難民問題の発生源の究極にあるものである、ナショナルなアイデンティティのゆらぎを必然的にもたらす国民国家の擬制性と、しかも、国民国家体系の中で難民にとっての最大の悲劇である彼らが、国境を越え、国民国家の枠を超えて流出しながら、その流出先においても自らのアイデンティティの根拠を用意には見出しえないという点において、難民問題と関係するのである。  彼らは、難民として流入した先がまた国民国家であり、そこにおいても、彼らは、歓迎されざる他者、さまよえる異邦人として、その国のネイションに同化できず、アイデンティティの確立を果たしえない、という点において、難民は、現代世界を覆う国民国家の体系の中で、自己のアイデンティティの確立を阻む二重の悲劇を負っていると言ってよい。
  • レポート 芸術学 難民 先進国 政府 開発援助
  • 550 販売中 2006/07/18
  • 閲覧(2,650)
  • 保育界における今日的問題とそれについての展望と所見
  • 近年、テレビや新聞などで虐待という言葉をよく耳にするようになった。現在、虐待の増加が大きな社会問題となり深刻、複雑化している。虐待が特に表面化するようになったのは、2000年、児童虐待の防止等に関する法律が施行されてからである。こういった社会現象から、虐待への関心は、高まってきているようである。しかし、虐待の背景・要因・子どもたちへの影響や障害・予防法などは、あまり知られていない。虐待という言葉が社会問題として取り上げられても、虐待の動機・誘因を明らかにしなければ、問題解決の道は開かれない。
  • レポート 教育学 虐待 保育 今日的問題 幼稚園
  • 550 販売中 2006/08/04
  • 閲覧(2,231)
  • 問題解決学習と系統学習との比較検討
  •  問題解決学習とは、子どもの直面している問題の解決を中核としてその経験や知識を再構成し発展させ彼自身の自主的な問題解決の能力を高めようとする学習方法である。社会科の教育は単に社会現象に関する知識を豊富に記憶させることを目標とする知識の注入に走るのではなく、社会現象を批判的創造的に思考し、社会的課題を主体的合理的に解決していく行動力と実践力を計画的に育成することができる。 どのような流れで行っていくのかというと、まず児童が問題に直面する。すなわち教師が問題を提起する。そして問題を明確にする。その後、問題解決の手順と計画を立てる。その計画に基づいて問題解決に必要な資料となる知識を集める。知識を交換
  • レポート 教育学 問題解決学習 系統学習 社会科教育法
  • 550 販売中 2007/01/09
  • 閲覧(11,802)
  • 現在の学校教育における心理臨床的な問題
  • 現在の学校教育における心理臨床的な問題 最近の児童生徒→我慢する力が足りない 私語をする→自分を抑えて人の話を聞くと言う事は自我の形成があるといえる。 1現代の児童生徒の特徴 児童生徒が置かれている状況 人間→個人との環境の関数B=f(P,E) 社会・物が豊か   ・情報が多く選択が困難   ・世の中のスピードが速い、ついて行くのが困難   ・女性の社会進出〔現90%の女性が仕事を持っている〕 *母の社会進出による側面。 塾による問題 全小学生の16%全中学生の44.5%が塾に通っている この結果家に帰ってから十分な自由時間がとれず、削減されている。 ↓結果 夜の遅い時間に外でたむろしている 家族同士のつながりが薄くなる 友人同士の協調の減少 さらにパソコン、漫画などが普及 ↓結果 睡眠時間が減る ↓結果 子どもの脳にどのような悪影響があるのか? ・塾の学習とは詰め込み式 小中学生が養うべき能力は→想像力〔拡散的思考、知能、集中的思考〕 「前提→結論」が教え込まれている ・ランクづけによる落ちこぼれ ・家族の絆 高校生ではクラスの1割の両親が何らかの理由により離婚している。 <<まとめ>> 最近の子どもの問題 「不登校、引きこもり」が非常に起こりやすい状況にある。 効率優先の社会、この典型がIT化。きわめて便利→楽で早く→予定どおりのことが可能。このような生活に浸りきると 楽して結果を手にする傾向へ。 ↓結果 苦労すること、耐えることを覚えない。頑張り通すことのできない子どもたちの増加 2)安易な育児の社会化 ・子育ての下手な親の増加 子どもは生んだら育児施設へ預けてもよいという考え方。 ↓結果 家庭での兄弟関係、親子同士による暖かい絆の減少。 人を信頼すること、基本的信頼=幼児期の十分に自分を親に預けられる信頼 が減少することにより、身の回りに対する不信感の増加、うまく人間関係が作れずに、引き子守などの原因に。 ・授乳を速く終えたいと考える親=ラクして速く結果を手にするという考え。決して少なくは無い親の現状。 3)少子化の問題 一人っ子などにより、家庭における兄弟間での自分と違う考えにぶつかるという葛藤が生じない。 幼児の「自己中心性」は、兄弟喧嘩などで全ての欲求が満たされないという経験により、自分の思いが通らないこともあることを知る。 一人っ子政策、少子化により、「脱中心化」を家庭の中で得ることができなくなっている。 親とは従関係、友とは横関係、兄弟姉妹とは斜め的関係を学ぶ ↓学校集団へ入っていくために必要な関係性である。 家庭で身に着けた人間性はそのまま社会で反映される。 ↓引きこもりの克服には、他者との関係性が困難なため、これを改善する必要がある。 *少子化による、過保護、過干渉、過支配 ↓結果 濃密な子どもとのかかわりが生じる。これは子ども自身にひずみを生じさせる危険がある。 4)しつけの力の弱さ 特に「家庭」で、社会で生活していくための基本的な規則、けじめを学ぶ。 したいことをする、しないではなく→したくてもしてはいけないこと したくなくても→しなくてはいけないこと を学ぶ。 この部分がうまくいっていない。 ・睡眠のしつけ 子に、自分のことは自分でする。自分のしたいことは自分で抑制することを教える。 主体性、抑制力=自主性により愛他性を育てる。 この愛他性の不足により、すぐにキレる子どもが育つ→したいのにできないという力 生活能力の発達が25年前→平均100、現在→80を割る ↓つまり 自己抑制力の背景にある基礎生活能力が未熟=家庭
  • レポート 心理学 学校臨床心理学 不登校 引きこもり 現代の学校教育の問題点
  • 550 販売中 2007/01/16
  • 閲覧(3,164)
  • 住基ネットより見る情報セキュリティ問題
  • 住民基本台帳ネットワークとは何か 【目次】 (1)住民基本台帳ネットワークとは何か (2)導入による利点 (3)導入による問題点 (1)住民基本台帳ネットワークとは何か 住民基本台帳ネットワークシステムとは、各市区町村が管理する住民基本台帳をネットワークで結び、各市区町村、県、国の間で相互に利用できるようにしたものです。そもそも、住民基本台帳とは、1967年7月制定の住民基本台帳法に基づき、各市区町村体が作成を義務づけられたものです。住民基本台帳とは、個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成したものです。住民票には、住民の氏名、生年月日、性別、世帯主、戸籍、住民となった日、住所、転入年月日と従前の住所、選挙人名簿への登録、国民健康保険の被保険者である資格、介護保険の被保険者である資格、国民年金の被保険者である資格、児童手当を受けるものの受給資格などが記載されています。この住民基本台帳に記載された情報は、1970年代にデータベース化されていて、住民基本台帳ネットワークが構築される以前から、各市区町村ではコンピューター管理されていました。  住民基本台帳の役割としては、住民が住民票記載の住所に居住していることを公的機関が証明することで、公証といわれています。この公証制度を利用して、住民票の写しは、パスポート、運転免許証の交付を受ける際に添付して提出することが必要な公的書類として活用されています。 住民基本台帳ネットワークシステムとは、各市区町村・都道府県・国をコンピューターネットワークで結び、各市区町村が管理する住民基本台帳のデータをネットワークを通じて利用できるようにするものです。市区町村では、既に住民基本台帳事務のために、既にコンピューターを用いている既存の住基システムと、住民基本台帳ネットワークシステムとの橋渡しをするコミュニケーションサーバーが新たに設置されます。また都道府県では都道府県サーバー、全国レベルでは地方自治情報センターに全国サーバー及びコールセンターがそれぞれ設置されます。都道府県サーバーには、該当する都道府県内の住民の本人確認情報が記録・保存され、地方自治情報センターには全国の住民の本人確認情報が記録・保存されます。この本人確認情報とは、氏名、性別、住所、生年月日、住民票コード、それらの変更期日などの付随情報の6件の個人データを指します。ここで住民票コードとは、全ての国民に重複しないようにして割り当てられた11ケタの住民票コードのことです。この住民票コードは、1ケタが誤り検出用の数値なので、実質10ケタが固有の番号となります。各市区町村、県、国の間はIP-VPNと呼ばれる専用線で結ばれており、それぞれに不正なアクセスを防止するファイアウォールが設けられています。 (2)導入による利点  総務省が主張する住民基本台帳ネットワークの導入によるメリットは以下の通りです。 1、住民票が全国どこの自治体で取得可能となる点です。まず、住民は取得を希望する自治体の窓口に赴き、住民票の広域交付を請求します。これに対し、各市区町村は免許証・パスポート等で本人確認を行い、各市町村のコミュニケーションサーバーから専用線を通じて、住民の居住している市区町村へ住民票情報の送信を要求します。住民表情報の送信要求は、住民の居住地の市区町村のコミュニケーションサーバーを経由して既存の住基システムへ伝えられます。情報を受け取った住基システムは、コミュニケーションサーバーを通じて住民票の写しに記載するために必要な情報を送ります。この情報が住民が取得を希望する自治体の
  • レポート 情報化社会 セキュリティ 社会学 住基ネット
  • 550 販売中 2007/02/01
  • 閲覧(2,319)
  • 人口の高齢化における問題と今後における改善策
  • 人口の高齢化における問題と今後における改善策                 私は、ますます進みつつある日本の人口の高齢化は問題であると考える。日本の高齢化というものは、他の国の高齢化とは違い倍化年数が極めて短い。それは急速に高齢化が進んでいるという表れであり、それだけ今後の対策というものを考えていく時間も少ないと言える。そんな今こそこの日本の現状を受け止めた上で、これから先の未来にこの高齢化は日本社会全体にどのような影響を与える事になるのか、そして高齢化は問題であるという意識を高め、対策を練って実行する必要があるのではないかと思う。  私は、まず高齢化が進行してしまった未来の日本の事に重点を置いて考えてみた。授業で配られた資料によると、将来推計人口の年齢構造に関する指標で2005年から45年後の2050年までに人口割合が0~14歳、15~64歳のいずれも減少しているが65歳以上は19%→36%と約2倍に増加している。従属人口指数も年少人口はほとんど変化していないのに対し、老年人口は30%→66%とこれも大幅な増加となっている。あくまで推計なので正確ではないが、このまま高齢化が進む限りこの結果と大幅に変わる事はないであろう。ここで高齢化と同時に少子化の問題も浮き彫りになってくる。現在も以前と比べると、かなり出生率が低下してしまった。今後も低下していくことが予想される。そうなると、出生率の低下は現在よりもむしろ未来に大きな影響を及ぼしてしまう。たとえば、今年生まれた子供も2050年には45歳になり、まだまだ働き盛りの労働者である。労働者は年金を負担する義務を負っている。それは未来でも変わらない事であろう。そうなると、高齢化は進み高齢者が増加し、ますます年金や介護に対する資金が必要となってくる一方で、肝心の労働者年代の人口が現在よりも減少し、それだけ労働者の負担も現在よりもかなり重くなってしまうのだ。しかもその人達は実際自分達が老人になった時に十分な年金や介護サービスを受けられる保証はない。これらを踏まえると、高齢化と少子化はとても深く結びついている事がよく分かる。そして、今よりも未来になって日本社会を揺るがすことになる事も決して否めなくなってしまったのだ。 今述べた事は日本全体を主体にした上の問題になるという根拠だが、高齢者自身の立場における高齢化の問題も考えてみた。  戦前・戦後間もない頃、まだ農業社会であった頃の日本は何世代もの人が一緒になって暮らす拡大家族という形態が一般的であった。その中で、老人は農業・日常生活の中での知恵と経験を尊重される存在であり、できる限り労働し、万一体の自由がきかなくなった場合でも、家族がそばにいて老人を支える体制が確立されていた。しかし、高度経済成長期における急速な産業化への転換と高度経済の過程で生産性・効率性・若さに偏った価値へと変化してしまった事により、老人の居場所も徐々に狭きものとなってしまった。元気な老人であっても雇用形態の変化により労働者としては働く事はできず、また核家族化により老人のみの世帯・老人の一人暮らしが増加してしまった。最近私の住むマンションの住人であった老人が自宅で死後2週間経ってから発見された。誰にも看取ってもらえず、誰にも気付かれずに亡くなってしまったその老人の事を思うと老人の一人暮らしの問題の重さをとても実感する。老夫婦だけの家庭であっても苛酷な現状がある。どちらかが体が不自由になってしまったり、病気になってしまった場合はもう一方が介護をしなくてはならない。施設や病院に入れるという方法も
  • レポート 福祉学 高齢者 介護 少子化 高齢者福祉論
  • 550 販売中 2007/02/16
  • 閲覧(9,170)
  • ジョセフ・フレッチャーの「状況倫理」の長所とその問題
  • ジョセフ・フレッチャーの「状況倫理」の長所とその問題点 倫理的一般原則が、様々な文化的価値観や歴史的文脈を無視したかたちで設定される時に、それは人を束縛するだけの命令となる。「愛と律法は矛盾する」などという言い回しで表現されるときの律法はそれに近い。フレッチャーの状況倫理は、愛の原則によって世界を相対的に捉えて決断を下していくため、現実世界の人々の価値観や方法論、歴史などが無視されることはない。現代のように価値観が多用し、急速に変化する歴史状況の中では通り一辺倒の原理原則では対応できない状況に遭遇することも少なくない。そこにおいて、フレッチャーの状況倫理の用いられる意義があるであろう。 しかし
  • レポート 倫理学 フレッチャー キリスト教 聖書 状況倫理
  • 550 販売中 2006/11/13
  • 閲覧(4,519)
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