連関資料 :: 教育
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教育課程総論 フレーベル
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フレーベルは、1840年頃に「幼稚園」(Kindergarten)を創設した。フレーベルは、人類の初期の教育には、母らしき精神、女性らしき愛こそが必要であり、もともと女性の心情の中には幼子への愛の魂が宿っていると確信したのである。そこで、フレーベルは、世の若い女性に幼児教育のもつ神聖にして崇高な意味を自覚させるために、「一般ドイツ幼稚園」をブランケンブルクに創立したのである。この幼稚園は、今日のような狭義のものではなく、母性教育をも目的としたものであった。フレーベルは、花園のような美しい場所を作り、この園生に、崇高な母性と、精神的な幼児教育を融合させた花を咲かせようとしたのである。こうした理念を胸に、友人と友にカイルハウからブランケンブルクの方へ歩いていったフレーベルは、シュタイゲル山脈からふと行手に、美しいリンネの谷間があたかも大きな花園のように日の光に照り映えているのを見て「見つけた!その名は幼稚園でなくてはならない」と叫んだ。植物学から人間教育の原理を感得したフレーベルにとって、幼児教育はまさに庭園思想であった。
フレーベルのいう幼児の園(Kindergarten)こそは、天
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フレーベル
550 販売中 2008/01/28
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学校教育課程論
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「教育課程とは何かについて、その基準と編成原理、
今日的課題についてまとめなさい。」
教育課程とは、望ましい学習が展開されるように配慮してつくられている、学校の教育内容の組織である。学習指導要領を基準とし、教科・科目などの指導領域を設け、教材を選択・配列することによって編成される。しかし、その基準となる学習指導要領は常に一様であるわけではなく、その時代に求められるニーズが盛り込まれ、それが教育課程として現場に反映されていく。指導要領を左右するのは、「見る・聞く・話す」を中心とした「経験主義」か「読み・書き・計算」を中心とする「系統主義」のどちらを重視するかである。文部省が教育課程審議会の答申を受けて制定し、各学校はその基準に従って、教育課程を編成し実施する。
当然のことではあるが、このような教育課程の編成や教育方針は、社会の変化とともに変遷している。わが国ではこれまで大きく3回の教育改革がなされてきた。1回目の教育改革は、国民に教育を受ける機会を保障することが大きな柱となった、明治の学制発布に伴う教育改革であった。2度目の改革は、戦後の義務教育及び民主教育の発足に伴う改革であった。これにより、子ども達の進学率が大幅に上昇し、教育が大衆化された「大衆教育社会」の到来であり、同時に受験戦争が加熱することになったのである。そして、3度目である教育改革が、中央教育審議会や臨時教育審議会を中心として提唱された現行の教育改革である。学歴のインフレ化に伴って、学校のなかで起こったいじめ、不登校、学級崩壊などいわゆる教育の荒廃の原因が、受験戦争によって加熱化した学歴社会であると、学歴社会そのものを「悪の枢軸」とつるし上げ、新しい学力観に基づく「ゆとり教育」の転換が始まったのである。教育基本法及び学校教育法の公布と平行して、昭和22年3月に最初に学習指導要領が制定された。教育課程の上でも、「それぞれの学校で、その地域の社会に即して教育の目標を吟味し、その地域の児童青年の生活を孝へて、これを定めるべきものである」と述べられ、教科教育中心の個人のための教育に転換し、修身の廃止を決定した。これをふまえて小学校の教育課程で大きく変化したのは9科目を設け、修身・歴史・地理の代わりとして社会科、家庭科、自由研究が新設されたことである。家庭科に関しては、戦前の家庭科の流れを汲むが、男女共学の理念の下で女子だけではなく、男子にも課せられるようなった。昭和26年改訂では領域ごとに合科的な授業を行うことが意図され、きわめて柔軟なカリキュラムになった。また、自由研究は教科以外の活動と変更になり、児童が学級活動、学校行事に参加して協調性・社会性を育むことになった。昭和33年改訂では、経験学習によって基礎学力が低下し、青少年の非行や、規律の低下が問題になった。そして、系統学習的な教育課程が求められ、道徳教育の徹底、基礎学力を重点におくような方針を徹底した。1960年代からは高度成長に伴い、経済成長を担う人材育成を教育に求める声が高まった。昭和43年の改訂では知識の量が近代の科学技術の進展によって膨大になったため、授業時間の表記が「最低時間数」から「標準時間数」に変わった。また、能力の差によって生徒を分けて授業を行う能力主義が導入されたが、教室内の競争を助長するものとして批判された。昭和52年の改訂では能力主義への反省からゆとりある学校生活が目標に挙げられた。ここでの特徴は授業時間数の削減であり、各教科の難解な内容は削除され、ゆとり路線が敷かれた。そして、平成元年改訂を得て、現行の平成
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学校教育課程論
レポート
リポート
佛大
佛教大
550 販売中 2008/02/01
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学校教育職入門
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設 題
児童生徒の学校教育は小学校から始まるといえる。その時から教育に携わっていく者が教員であって、児童生徒に大きな影響を与える存在なのである。よって、教育者である「教師」に求められている資質について、述べていきたい。 すべての教育の問題は、教師による問題へ帰り着くと言われている。毎日、児童生徒たちと接して、指導に勤しんでいる教師には、めまぐるしい変化を遂げる新しい時代を生きる子どもたちを心豊かに育てることのできる優れた資質能力と実践的力量を有する人材が、求められている。
そして、児童生徒たちに「生きる力」を育むことを基本とするこれからの学校教育の実現に目を向けた時、教員の資質・能力の向上をはかっていくことが、児童生徒たちの「生きる力」を育むための教育に必要不可欠であるといわれている。また、学校教育における基本的な考え方の転換に向けた教員の意識改革もまた重要なものである。 その重要な教育を実現するためには、児童生徒たちの「生きる力」を伸ばすことのできる豊かな人間性、専門的な知識・技術や幅広い共用を基盤とする実践的な指導力を培うよう、教員の養成、採用、研修の各段階を通じ、施策の一層の充実を図ることが必要である。
ここで求められている教員の資質・能力については、教員養成や研修を通じて、実践的指導力の育成を重視する必要があり、いじめや登校拒否といった状況をむかえたときに、教師1人1人が児童生徒の心を理解し、その悩みを受け止める態度を身に付ける必要がある。これらは、実際の教育現場のニーズを踏まえた教育を充実させていかなければならないのである。
また、教師の資質能力とは、「専門的職業である『教職』に対する愛着、誇り、一体感に支えられている知識、技能等の総体」を意味内容とし、「素質」とは、区別され後々形成することができるものである。これらの一般的資質能力を踏まえ、現代の社会の状況や学校・教師をめぐる諸問題を踏まえたとき、教師には、変化の激しい現代の社会で、児童生徒たちに「生きる力」をはぐくむ教育が期待されているといえよう。
そして、未来に生きる児童生徒たちを育てる教師には、地球や人類のあり方を自ら考え、幅広い視野で教育活動に積極的に生かすことが大切である。また、教師という職自体によって社会的に特に高い人格・識見を求められているから、常に変化の時代を生きる社会人に必要な資質を兼ねそろえて、教職に直接関わる様々な資質能力を持っていることが必要とされている。
このような資質能力が求められ、教師1人1人がこれらの知識、技能等を備えることが大切である。これにより学校では、様々な資質能力を有する個性豊かな人材により構成されている教師たちが連携・協働し、学校という組織全体とした充実した教育活動を展開していくべきである。また、現在の学校を取り巻く、いじめや不登校の問題等は、学校と家庭や地域社会との協力し、教師と専門家との連携・協働が重要となるので、専門家の日常的な指導・助言・援助の体制や学校と専門機関との連携が、今後さらに必要となってくるだろう。
ここにおける、教員の資質能力は固定的ではなく、変化していき、成長するものであって、職能、専門分野、能力・適正、興味・関心に応じて、生涯その向上を図らなければいけないものである。
また、生涯にわたって資質能力の向上を図るということは、全教師に求められている基礎的・基本的な資質能力を有し、積極的に各々の得意分野づくりや個性の身長の手助けを行うことが大切であり、このことが、学校全体に活力を与え、学校教育を高めていくものであるといえ
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学校教育入門
レポート
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佛大
佛教大
550 販売中 2008/02/01
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学校教育相談論
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フロイトの理論について
精神分析とは、フランスで精神科医としてヒステリー(不安症状)の治療をしていたフロイトが考案した精神的な病気を治療する心理療法である。フロイトは最初「意識、前意識、無意識」という心の三層構造を考え出す。この中で、意識は日常感じ取れるもの、前意識は非常に努力をしないと感じ取れないもの、無意識は決して感じ取れないものとして、無意識を広大な領域に、意識を狭い領域として考え出した。彼は無意識の心的精神過程がヒステリーに影響を与えていると考え、その中で「防御」と「抑圧」という2つを打ち出す。このうち防御とは自分の心の状態を無意識が守ること、抑圧とは実際には受け入れがたい考えを無意識の中で押しとどめて、そのための感情を意識から追い出すことを指す。フロイトはこれに基づき、ヒステリーは耐えがたい考えから身を守ろうとして、ある程度の考えを抑圧するために起こると考えた。
そして十数年後「イド・自我・超自我」が構成する人格理論へと変更していく。イドは欲求を満足させるために、とりあえず現実を無視して、その場にあるものを手に入れよ
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フロイト
全体公開 2008/02/26
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教育学 学級崩壊
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教育学
学級崩壊 現代の子どもと向き合うには
1.現在の子どもたち
・学校が荒れる
→ これまでは一部の「不良」と呼ばれる子どもたちによるもの、現在の「荒れ」は、一部の子どもではなく、「普通の子」によるもの。
・学校の吸引力
これまでの子どもたちの「荒れ」
→ 受験競争からはじき出されたこと、「落ちこぼれ」ることが原因となって、自己存在を不安定にしたもの。(学校社会への強い囚われ)
学校の持つ聖性自体が喪失。(新しい発想)
「落ちこぼれ」る不安から「荒れる」。よりも、する意味の分からなくなってきた勉強・授業が、強制力を持ち得ないという側面。
・親の世代
子どもがパニックになる→親からの愛情不足などが原因。
「新人類世代」少年・青年期をすでに今日の消費・情報化社会で過ごしてきた。
モラトリアム傾向。個人主義的な行動様式。 (これまでの世代には理解できないような)
彼らが少年期を過ごした70年代
→ 子どもの「発達の危機」。受験圧力が急速に高まった時代。その結果、「落ちこぼれ」。「非行」。現在いわれる「教育問題」の原型。
・消費社会の子どもたち
今日を生きる子どもたち
→ 成熟しきった情報化・消費化社会のただ中。
2.子どもたちと関わるということ
・どのように向き合うのか
今の若者→楽しさ、ノリの良さが、場の雰囲気を構成。
高度な主体性が必要。自分の世界観の形成、認識論的な成熟と平行した形で、自分が何をするのかを決めていける創造的な主体性が必要。
小学校・中学校の教室で、子どもが授業中に立ち歩く、騒ぐ、パニックを起こす、教師の注意にも耳を傾けない、授業が成立しなくなってきた、いわゆる「学級崩壊」がいわれて久しい。「学級崩壊」という言葉は、元々はマスコミから生まれた言葉であり、文部省はこのように形容されることを遺憾であるとしてきたが、最近では、認めざるを得ないような状況が生まれてきている。なかなか私たちには実感しづらいのであるが、それだけ、現場における子どもの「荒れ」が顕著になってきているということであろう。
「荒れる」ということは、子どもたちが何らかの苦しみや、いらだちを抱いているということであるが、そのような状況において、子どもたちと接していかなくてはならない教師たちもまた、悩みの渦中にいる。教師が、ストレスから体調を壊したり、登校拒否に陥る例も現れているのだという。
学校が荒れるといえば、これまでは一部の「不良」と呼ばれる子どもたちによるものがいわれたが、現在の「荒れ」は、一部の子どもではなく、「普通の子」によるものであるから問題が複雑化するのだろう。今日の子どもたちが生きる社会・文化の諸条件を見てみることにする。
これまでの子どもたちの「荒れ」は、ごくおおざっぱに言えば、受験競争からはじき出されたこと、「落ちこぼれ」ることが原因となって、自己存在を不安定にしたものであると考えられる。裏を返せば、それだけ学校社会への強いとらわれがあったということであるが、最近では、その学校そのものの吸引力の低下が指摘されている。元来、公教育は、高度産業社会の形成をめざして導入されたものであり、目標が現実となった今日、学校の持つ聖性自体が失われているのだ、というのである。受験圧力がなくなったとは思えないが、最近の不況、就職難も手伝ってか、高学歴神話は崩れつつあり、必死になってがんばるよりも、適当にやって今を楽しんだ方がいい、という発想が子ども・若者たちの間で広がってきていることも事実であるように思える。つまり、
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子ども
情報
社会
学校
教師
文化
発達
問題
授業
550 販売中 2008/03/03
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算数科教育法
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『算数科教育の歴史(黒表紙教科書、緑表紙教科書、水色表紙教科書、単元学習、現代化、ゆとり)について述べ、それらの教育内容を自分の視点で考察せよ(4枚程度)。上記を踏まえ、2002年度完全実施の学習指導要領(算数科)の特徴について述べ、その教育内容を自分の視点で考察せよ(4枚程度)。』
江戸時代の学校は、「武士のための学校」と「庶民のための学校」があり、前者は幕府直轄の官学と諸侯設立の藩校、後者は私塾、寺子屋があった。官学では数学に関する内容はほとんど無かったが、藩校では当初こそ違ったものの、徐々に算術を含む実学指向が強まっていった。また、寺子屋では親の職業に合わせて、学習内容が決められており、読み、書きについで算数(算用)が重視され、算盤を用いた珠算を中心に実学指向の算数が行われていた。
明治時代に入ると学制が制定され、国家による学校教育が始まった。明治時代初期の代表的な教科書として、文部省編纂の「小学算術書」が発行された。これは、数と計算に終始しているが、珠算を使用せず、筆算を基本とする洋算が中心となり、江戸時代の算数教育とは大きく方向変換している。幾何に関する内容が扱われた教科書も発行され、自由な雰囲気を持っていたが、徐々に規制の方向へと向かうようになった。後に、幾何の教科書は姿を消していった。この時代の教科書は欧米の翻訳本が主流で、日本の研究者が自らの手で作り上げていこうとする気運はまだ無かった。
明治時代後期になると学制改革、大日本帝国憲法発布、教育勅語発布と、日本の教育制度は国家により整えられ、教育内容も一元化された。算数の内容としては「数え主義」を導入した藤沢利喜太郎によって数と計算問題を中心に構築された。一方、幾何教育は中等学校でのみ扱うこととなり、小学校では計量の計算問題の一部として(平行四辺形、台形といった図形が説明も無く登場し、面積の求め方のみが示されていた。)取り上げられた。このように、黒表紙教科書は子どもの認識の発達を考慮したものではなく、国家としての教育制度を確立する上で強力な推進力を担うものであった。
1910年以降、国民の生活が経済的に安定したことを受け、子どもの教育への関心が高まったり、大正自由教育運動によって教育のあり方が再度問い直されたりしたことにより、日本の研究者が欧米の数学教育改造の運動を学び取り、少しずつそれを研究・実践していく。これは、教育を大人の立場からではなく、子どもの側から創りあげようという姿勢を生み出すこととなった。これらに見合った教科書の作成が行われようとするが、藤澤利喜太郎の数え主義の影響が強く、改訂は中途半端なものとなった。一方、幾何教育は小学校においても図形を扱う内容が見られたが、日本における幾何教育を自らの手で体系化するまでには至らなかった。
昭和時代には、緑表紙教科書が発行され、子どもの認識を重視した構成となり、内容は計算問題ばかりでなく数と量と図形をバランスよく学習することがよいとされた。
第二次世界大戦中には水色表紙教科書に改訂されるが内容は緑表紙教科書とさほど大きな差は見られなかった。発展が見られたのは当時の新しい数学を導入したり、理科との結びつきを強め実測・実験を重視したりしていることであった。しかし、それらが実在から図形を抽出し、図形の性質を考察し、さらにはそれを実在へと生かしていくものではなかった。
第二次世界大戦後は急速に民主主義が浸透し、最後の国定教科書として『第六期国定教科書』が発行された。この教科書は、算数教育の「1年ずつ足踏み」が行われ、算数を生活
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算数科教育法 第1設題
550 販売中 2008/03/06
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国語科教育法
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「やまなし」の教材研究を行うとともに、事例(p.142-170)の児童の発言を考察しなさい。
教材としての「やまなし」
「やまなし」という作品は、実際にテキストにもあるように、作品の一節に使われている言葉から「初めて聞いたんだけど、何か体の中ではもう知っていたかのような、不思議な言葉・・・」と評す児童がいる。このことからもわかり、私も感じたことが、この作品はどこか懐かしい雰囲気のある作品であるということと同時に、不思議な作品であるという印象を受けた。
また、この作品には聞いたことのない独特の比喩表現が多数使われていたり、「五月」と「十二月」など対比も使われていたりする。さらには、この作品の情景や色などが直接、感覚器官に訴えてくるような表現が使われており、教材としても素晴らしい作品ではないだろうか。そして、作者独自の造語である「クラムボン」や「イサド」などの単語が使われており、それらは小学校6年生の児童にとって、様々な創造をさせ、読むことの楽しさを覚えさせ、宮沢賢治が作り出した「やまなし」という世界に入り込みやすくすることができると考える。
しかし、この作品を教材として扱うときには注意しなければならない点がある。それは、宮沢賢治が法華教という仏教の中のひとつの宗教の教えを深く信仰しており、「やまなし」の中にも仏教を敬った考えがところどころに入っていること、この作品が宮沢賢治の身近なものや周囲の環境が例になっていることである。こういったものを考えながら授業を展開すると、時間的にもかなり厳しいといえる。
単元目標
この単元の目標は「『五月』と『十二月』の世界の違いや共通するものを考えることで、生きることの意味を感じ取る。」と「賢治の描いた世界を読み味わい、『自然』や『生命』などについても考える。」の2つである。
ここからは学習指導要領の「内容」と照らし合わせていくこととする。
「話すこと・聞くこと」に関して考えると、級友同士でこの作品中の表現について意見を言い合ったり、発表し合ったりすることによって、いろんな人の考えを知ることができる。
「書くこと」に関しては、「話したり、聞いたりしたことをイメージしたこと」、「五月」、「十二月」、「クラムボン」や「イサド」を「絵として書く」という表現が自分なりにできる。
「読むこと」に関しては、宮沢賢治の独特な情景や色を表す言葉や、比喩表現によって様々な想像をすることができ、個々の考えができるようになるのではないだろうか。
第3節 授業計画
この作品の特徴は、すでに書いているように独特の比喩表現と、造語である。しかも、テキストにもあるように「私は、あまりこういうわけのわからない文章は好きじゃない、というより嫌いです。」と言っている児童もいる。このような作品を理解するには時間がかかる可能性がある。これを解消するにはまず、音読という方法が最も効果的なのではないだろうか。最初の方の授業では音読を中心に行い、興味や関心を持たせることが重要である。また、宮沢賢治の他の作品や、「やまなし」を執筆していた当時の環境についても調べることも良い方法になると考える。
次に、音読を繰り返し行い、感じたことから想像を広げ、自分の考えを持つことが重要になる。
そして、この作品の世界をよく理解し、級友と意見の交換や、自分が文章を読んで感じたことを発表し、それについての意見を級友に意見してもらうという作業もしても良いと考える。さらには、単元目標のところでも書いたが、文章中に登場する造語や表現を絵として書き表しても良い。そう
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環境
小学校
児童
学校
学習指導要領
仏教
授業
学習
言葉
指導
550 販売中 2008/03/10
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学校教育課程論
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『教育課程とは何かについて、その基準と編成原理、今日的課題についてまとめなさい。』
教育課程とは、学校教育法により定められた、学校の教育目的や教育目標を達成するために配慮してつくられる、児童生徒の発達を保障するため学校が計画的、組織的に編成した教育プログラムである。教育課程を編成するとき、学校の教育目標を掲げ、指導内容の組織や授業時間の割り当てを基本とし、検討する必要がある。そのときに、考慮しなければならない4つの原則がある。その4つの原則は次の通りである。
①法令及び学習指導要領のしめすところに従うこと
②児童・生徒の人間としての調和のとれた育成を目指すこと
③地域や学校の実態を考慮すること
④児童・生徒の心身の発達段階や特性などを十分考慮すること
このような原則で編成している教育課程だが、今日に至るまでには様々な社会の変化に対応して、変化してきている。日本では、これまでに3回の教育改革が行われた。
最初の教育改革は明治時代の学制発布である。これは国民に教育を受ける機会を保証することが大きな柱となっていた。2回目の教育改革は、戦後の義務教育制及び民主教育の発足に伴う改革である。これにより、子どもたちの進学率が大きく上昇し、教育が大衆化された。そして「大衆教育社会」の到来と同時に、受験戦争が過熱することとなった。3回目の教育改革は中央教育審議会や臨時教育審議会を中心として提唱された現行の教育改革である。学校でのいじめ、不登校、学級崩壊など、いわゆる教育の荒廃の原因が、受験戦争によって過熱化した学歴社会であると、新しい学力観に基づく「ゆとり教育」への変換が始まった。
教育基本法及び学校教育法の公布と並行して、昭和22年3月に最初の学習指導要領が制定された。これは教育課程上、「それぞれの学校で、その地域社会の社会生活に即して教育の目標を吟味し、その地域の児童青年の生活を考へて、これを定めるべきものである」と述べられ、現場の裁量にゆだねられていた。着目すべきは、修身・歴史・地理の変わりに「社会科」が新設、及び「家庭」と「自由研究」が新設されたことである。国のための教育から個人のための教育へと変革を目指した。
昭和26年に文部省は学習指導要領の全面改訂を行った。小学校では以前の9教科に変わり、「主として学習の技能を発達させるに必要な教科」(国語・算数)、「主として社会や自然についての問題解決の経験を発展させる教科」(社会科・理科)、「主として創造的要素を発達させる教科」(音楽・図画工作・家庭)、「主として健康の保持増進を助ける教科」(体育)の4つの領域へと再編された。4領域ごとに合科的な授業を行うことが意図され、きわめて柔軟なカリキュラムであった。しかしながら、この経験学習的なカリキュラムはやがて批判にさらされた。なぜならば、これにより児童生徒の基礎学力が低下し、非行、規律の低下が問題となったからである。
この対応策として、教育課程において系統学習的要素が取り入れられる試みがなされた。その試みは三層四領域という。そのため、昭和33年3月に教育課程審議会は答申を出し、道徳教育・基礎学力・科学技術教育に重点をおくように方針を示し、10月に学習指導要領の改訂が行われた。これにより教育課程は、各教科、道徳、特別教育活動、学校行事などの4領域に構成された。また、学習指導要領の法的拘束力が強化されたことも着目しなければならない。さらに着目すべきは、「道徳」の設置である。そして、国語、算数、理科の授業時間が増加し、基礎学力の向上が目指されている。
1960年代
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小学校
学校
社会
戦争
発達
学習指導要領
道徳
体育
健康
学習
550 販売中 2008/03/12
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環境教育(1分冊)
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私たちの生活は、物質的に恵まれ、便利で快適な生活をしている。しかし、この便利で快適な生活のために、社会を支え続けてきた自然のしくみを破壊してきたことに行き着く。今の私たちの社会は、自然のしくみを大規模することで過剰に自然の資源を得て、大量生産、大量消費を行い、二酸化炭素や窒素化合物、環境ホルモンなどのごみを大量廃棄して、さらに自然のしくみを大きく破壊することで成り立っている。人間・社会の飛躍的な発展によって、生態系における各種生物の地位や役割を乱してしまったり、循環されない物質の生産をすることで発生した諸問題を、今までの歴史の中で認識し、その解決のためにはどのようにしていったらよいのかを考えていくことが重要である。自然を破壊してきた人間・社会の活動と果たして役割を考え、今度の人間の役割を考えていくことが重要なのである。
<実践可能な環境調査について>
私たちの生活が便利になるにしたがって工業化が進み、公害問題が発生していることを考えていく。このような消費生活を送っていくあたり、生活とごみの問題は切り離せない問題になっている。そこで、ごみという身近な環境問題について調べていくこととする。
公害とは?
小学校社会科等で、公害について学習する機会がある。
そこから、公害があると環境が破壊されていることに気づき、公害の発生が人間の健康被害をもたらすという点だけでなく、日本の高度経済成長によってもたらされた公害の歴史についても触れていく。
身近なごみと公害って関係あるの?(身近なごみ調査)
自分たちの生活圏内で、ごみに関する問題点や公害につながっていくと思われるごみの実態について、周りの大人に聞いたり、自分たちで近所を歩いて見つけたことや疑問に思ったことを発表していく。「近所で、ごみを燃やしている人がいるけど、それってどうなのかな?」「自動車を山にすてられているのを見たよ」「ごみを分別しないで捨てている人がいたよ」等、子どもたちが普段の生活で感じたごみに関する疑問から、公害につながっていく“流れ”を考えていく。ごみを燃やすと煙が出て、この煙が大気汚染の原因にもなること、不法投棄が自然を破壊していること、ごみの分別をしないがために、資源の再利用ができず、そこから新たな森林破壊につながることやごみの減量化ができず余計な人件費・処理費がかかることなど、ちょっとしたことでも大きな問題につながっていくことを知っていく。
ごみ処理の実態を探る(ごみ処理場での調査)
ごみ処理場を見学し、ごみ処理の実態に触れていく。市で出たごみはどのように処理されていくのだろうか、資源の再利用は実際にどの程度はかられているのか、ここで、ごみ処理場では住人の公害を心配する反対意見などもあり山奥に設置されていること、ごみをしっかり処理するために高温で焼ききるように工夫していること、資源の再利用化のために分別する人件費をかけ、人員を多くして分別作業を徹底していることなどを施設の人に聞いたり、実際に見学することで学習していく。
ここで、ごみ全体の中で家庭ごみは1割ほどであるのに対して、9割が産業廃棄物・事業系廃棄物であることをおさえていく。
産業廃棄物とは?
産業廃棄物の実態を探っていく。都心部は工場や会社が多いことから産業廃棄物がどうしても増えてしまうこと、産業廃棄物は都会から地方へ流れ出ていることなどを調べていく。空いている地域があるからというだけで、ごみとは無関係なところに捨てていることもある。
産業廃棄物の問題とは?
産業廃棄物問題を考えるときに、産業廃棄物の不法投棄が山や海を汚
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環境
歴史
日本
子ども
環境問題
社会
問題
自然
化学
人間
550 販売中 2008/03/18
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環境教育(2分冊)
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〔食文化の系譜と伝承の重要性〕
食は、人間らしい生活や生き方を築いていく上で大きな役割を果たしている。食は人間の命や生きる力を生み出すものであり、人と人とのつながりをつくり、集団の文化や共同体を維持発展させる力を持った生活様式でもある。しかし、今日の生活環境や生活様式の変動により、食に乱れが生じている。子どもたちは食に関心がないため、偏食であることを気にも留めず、食べ物で遊んだり、平気で残したり、食の大切さを十分に理解していない。そこで、食の重要性を伝えていく必要がある。
それぞれの地域には独自の食文化がつくられている。日本の食文化“和食”は、近年世界中で見直され、健康によい料理と高い評価を得ている。この“和食”は、日本各地でそれぞれ特色ある“郷土料理”をもっている。 様々な文化の中でも生きることと最も密接な関係を持っている“食文化”は、私たちにとって最も身近で最も重要な文化である。各地域で継承されてきた食文化を学び、食の大切さや地域について認識を高めることにより、子どもたちの視点から食文化の大切さを見直し、伝承する手立てを考えていくことにもなる。各地域の食文化伝承者から、四季折々の郷土料理や保存食について主体的に学んでいく。その土地を知り、地域の特性や歴史、また、食文化が育まれた背景や由来等を踏まえながら実際に体験をすることで、意欲的な地域学習にもつながり、より郷土を知り、より郷土を愛するということにもつながる。育てる苦労や思いを受け止めながら食べることができるようにもなる。
本物の食文化を伝え、地元の人の生き方や心を感じ取ることによって、子どもたちは食事と自分の関係を豊かに作っていくことができる。人間にとって食とは農業とともになくてはならない多くの価値や教育的意味や役割を発揮する。食文化は、人と人とは結び合い、共同体や共同する社会力を豊かにし、人との結び合いの中で、自分らしい自分を形成確立させる力を持っている。
社会が発展していったことで、お金があれば何でも手に入る豊かな時代は、ともすれば人間の成長発達を阻害してしまう。仲間とともに自分らしく生きるために自然・社会・文化・人間等、事物そのものを学ぶ機会を作ることが重要である。そのためにも、食農教育の実践が重要視されているのである。
〔学校園での実践例〕
ここで、地域の食文化を生かした食農教育の学校園での実践例をあげていく。
まず、郷土料理を知り、地元でどんな作物が作られているか、また地元の豊かな自然環境がいかに大切であるか、地元の郷土料理の歴史はどのようなものであったかなどを学習していく。ここでは、茨城の食文化、納豆について取り上げて学習していくこととする。
家族、地域の人への質問、図書館、インターネット等を駆使し、自分たちが住んでいる地域について、また納豆がなぜ茨城の特産であるのかを調べていく。
茨城県水戸の納豆が有名になったのは、茨城が小粒大豆の産地であったこともあげられる。小粒大豆は極早生で3カ月で完熟し、鹿島地方や那珂川流域が水害の多い地域であったことから、台風シーズン前に収穫できる小粒の大豆の栽培が多くおこなわれていた。昔からこの地域で栽培され、台風や水害等にも強い品種の「小粒大豆」を用いたことが、今日の“水戸納豆”の風味づくりに結びついたと言われている。
また、常陸国が宿駅として栄えていたことにより、永和3年(1083)、奥州平定に向かう八幡太郎(源)義家の軍勢が宿営し、義家は宿駅の駅長だった渡里の里(水戸市郊外)の一盛長者の屋敷に泊った。この時、家来が馬の飼料に作った煮豆の残り
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環境
歴史
日本
文化
子ども
社会
学校
発達
地域
550 販売中 2008/03/18
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- ハッピーキャンパスに写真の
アップロード機能ができます。
アップロード可能なファイルは:doc .ppt .xls .pdf .txt
.gif .jpg .png .zip
- 一括アップロード
- 一度にたくさんの資料のアップロードが可能です。 資料1件につき100MBまで、資料件数に制限はありません。
- 管理ツールで資料管理
- 資料の中から管理したい資料を数件選択し、タグの追加などの作業が可能です。
- 資料の情報を統計で確認
- 統計では販売収入、閲覧、ダウンロード、コメント、アップロードの日別の推移、アクセス元内訳などの確認ができます。
- 資料を更新する
- 一度アップロードした資料の内容を変更したり、書き加えたりしたい場合は、現在アップロードしてある資料に上書き保存をする形で更新することができます。
- 更新前の資料とは?
- 一度アップロードした資料を変更・更新した場合更新前の資料を確認することができます。
- 履歴を確認とは?
- 資料のアップロード、タイトル・公開設定・資料内容説明の変更、タグの追加などを期間指定で確認することができます。