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連関資料 :: 教育

資料:11,677件

  • 算数科教育の歴史について
  • 「算数科教育の歴史(黒表紙教科書、緑表紙教科書、水色表紙教科書、単元学習、現代化、ゆとり)について述べ、それらの教育内容を自分の視点で考察せよ(4枚程度)。上記を踏まえ、2002年度完全実施の学習指導要領(算数科)の特徴について述べ、その教育内容を自分の視点で考察せよ(4枚程度)。」 1はじめに  時代の変遷と共に、変化を遂げていく教育方法の特徴やねらいを汲み取り、今現在の時代背景を考慮した上で、求められるべき算数の知識・教育方法について考察する。 2算数教育の変遷  明治38年、日本で最初の国定算術教科書は、「黒表紙教科書」と呼ばれ教育のねらいは日常計算の習熟・生活上必須な知識・思考の精密化であった。その中でも日常計算の習熟が一番の主軸であり、一方的に計算方法の例題を示し、練習問題を課すことで計算の熟練をはかる方法をとった。生活上必須な知識の題材は、租税・利息・株式・度量衝など生徒の日常生活とはかけ離れていたが、学校を卒業して役立つような職業教育的算数教育だった。思考の精密化では暗算を通して思考力を養成することが目的だった。この教科書は3回修正されたが根本的な変化は無く、鍛錬によって知識を身に付ける数学教育が行われたと言える。結局、全体が抽象的で生徒の心理に対する配慮が払われていないという批判が多かった。事実、計算編重で生活に触れた事実問題が少な過ぎたのだろう。 昭和10年に改訂された教科書は、「緑表紙教科書」と呼ばれ掲げた目標は、数理思想を開発し日常生活を数理的に正しくするとした。主な特徴を3点挙げる。①児童中心主義への配慮―多くの挿し絵が入っている。一年生の教科書は絵のみで構成された。生徒の興味・関心に訴える配慮が汲み取れる。②学習過程の転換―従来の過程は数から始まったがこの過程は、具体的生活問題から始まり数理的問題に繋げ、練習を積んだ後、さらに具体的生活問題の解決に取り組む流れが考慮された。③作業を通しての学習―数を頭の中と紙の上で扱うのではなく、体を動かして数理的体験を深める生活教学が重視された。 昭和16年、算術は算数と改められ理科とともに理数科の一科目とされた、「水色表紙教科書」が登場する。内容は、「緑色表紙教科書」と大きな差は見られないが、軍国調の強い内容になっている。特徴は、この頃から図形・幾何教育において直観力の育成の要素が現れ始めた。 昭和22年、理数科は解体され算数は再び単一教科になった。算数科の目的は日常の現象に即して数・量・形の観念を明らかにし現象を考察処理する能力と科学的な生活態度を養うことだったが、実際は生活経験中心の教育観に基づく「生活単元学習」が強調された。この教育のねらいは、社会を理解し良くし優れた文化を作り出すことだった。小学算数は生活指導が中心で社会科のような印象を受ける。この頃から学力低下などの問題が出始めた。 昭和33年、それらの批判を受けて文部省は、算数科を「生活単元学習」から「系統学習」へ移行した。その教科目標は、数学的な考え方の育成であった。 1960年代から1970年代にかけて世界的な「数学教育の現代化運動」(数学教育の内容の刷新を図る運動)が起こる。日本でも、昭和43年学習指導要領が改訂され生活を基本とした題材は「現代化」によってほぼ姿を消した。系統学習の方向はさらに強まり集合・確立の内容が取り入れられたが算数・数学の教育内容のレベルが高く難しくなり、生徒が授業についていけない等の問題が起こり批判される。昭和52年、「現代化」の反省を踏まえてゆとりと基礎基本がテーマとなる。現代数学の多くが整
  • レポート 教育学 算数科 黒表紙教科書 緑表紙教科書
  • 550 販売中 2007/09/20
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  • ペスタロッチーの教育学についての考察。
  • ペスタロッチーの教育学(直観の原理など)について考察せよ ペスタロッチーは子どもをどのように捉えていたのかというと、将来発展する素質が備わっていると考えていた。そして、その素質が子どもの内から発展するように助成するのが教育と考えていた。つまり、子どもは生まれながらにして、真への認識、美の感情、善の力を有していると考え、これらの内的本性を子どもが自ら実現していくのを援助するのが教育であり、逆に内的本性に備わっていないものを、外部から押し付けることは教育とは言わないと考えている。この考え方から、子どもはすでに将来成長する能力を内的に有していると考え、子どもの内的素質を重視するという点で有機的で、自発的成長を促すという点で発生的なものとして教育を捉えている。  このような基本的な教育方法の重要な柱として「直観の原理」がる。直観は全ての認識の基礎となるので教育方法は直観的である必要がある。そして、その直観はまだ曖昧な素材であり、概念的には不明瞭であるので、それを分離・結合して、秩序を与え、明瞭な概念にすることが求められる。よって、直観を原理とした教育方法は段階的なものとなる。  この直観をペスタロッチーは三つの梱包的要素から成り立っていると述べ、その三要素の基礎的部分を学習することが重要である。その三要素は数、形、語の三つで、あらゆる事物はこの三要素を有しているためこれらから始め、根源的要素まで遡って単純化して、その要素から勝つ実性を有する合自然的な教育を実行する。このように、ペスタロッチーは、思惟能力を発達させるのに役立つ基礎的な要素を語、数、形に求め、これらを教授の三つの基本点としたことを「直観のABC」と呼ぶ。  これら三つの要素をそれぞれ見ていくと、まず語の教授は、発音教授、単語教授・名称教授、言語教授の段階があり、これらを単純化された要素から順々に教育を行っていく。まずは言語の要素である音を子どもに習得させる必要があるため、発音教授が行われ、聞いた音を繰り返すことができるようになれば次に者の名前を教える単語教授・名称教授を行う。この段階まで準備できると、次第次第に長い文章を表現できるように教育する段階へ進み、言語教授において直観が明晰な概念まで高まっているといえる。  形の教授も同様に曖昧な直観から明確な概念への移行を行うことがなされなければならない。まずは輪郭によって異なる事物を識別し、その中に含まれていることを心にうつし出すようにさせ、それを正確に表現できるようにしている。 数の教授では目標は事物の数を数えることが可能になり、子どもがどれだけ多くの対象が目の前にあるのかを明確に学習することになる。まず数の概念を直観できるようにし、単純化された数の概念から徐々に複雑な計算へ、明確な概念へ進むことを目標とする。  ペスタロッチーはこれらの根源的要素に単純化して徐々に複雑な概念へと教授していく方法は技術教育においても同様であるとしてる。例えば、複雑な技能・動作を必要とする作業であっても、「打つ」「運ぶ」「投げる」「押す」「引く」「まわす」などの基本的動作に分解して単純化することが、複雑な技能習熟につながるとしている。また、このような技能の陶冶は実生活に即して行われるべきだと主張している。単に知識を得るために学ぶのではなく、知識を自分の体験として行動することが必要となり、技能の陶冶を単なる身体の熟達に止めず、技術、実際的知識をもその目的としている。ペスタロッチーは「技術力の合自然的な形成に対する本質的な刺激は、身体の面から見れば、自ら自己を発展しよ
  • レポート 教育学 直観の原理 ペスタロッチー ロック 労作教育
  • 550 販売中 2007/11/05
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  • 学校教育課程論
  • 『教育課程とは何かについて、その基準と編成原理、今日的課題についてまとめなさい。』  教員の仕事は、大きくいって、各教科や特別活動などの学習指導、生徒理解を基礎とし人間形成を支援するための生徒指導、学校教育を円滑に運営するために学校教職員が分担して受け持つ仕事の校務分掌、の3つが挙げられる。こうした学習指導・生徒指導・校務分掌を手際よく実現し、児童生徒の人間形成に努めるためには、それ相応の計画が練られなければならない。この計画のことを教育課程(=カリキュラム)というのである。そして、教育課程を編成するための一般的な基準や方針が学習指導要領に記載されている。教育課程の編成は以下の原則を前提とされる。 ① 法令及び学習指導要領の示すところに従うこと。 ② 児童・生徒の人間としての調和の取れた育成を目指すこと。 ③ 地域や学校の実態を考慮すること。 ④ 児童・生徒の心身の発達段階や特性などを十分考慮すること。 こうした教育課程の編成は社会構造の変化とともに変遷している。日本における最初の教育改革は、明治維新後、学生発布によって国民が教育を受ける機会を保障されたことである。第2次世界大戦敗戦後、民主主義を日本に定着させる必要性を自覚した文部省は、戦前からの教育課程の改革に着手した。昭和21年11月に日本国憲法が発布され、その下で昭和22年3月に教育基本法が制定された。教育基本法と学校教育法の公布と並行して、昭和22年3月に最初の学習指導要領が制定された。しかし、この学習指導要領は「試案」と定義され、この学習指導要領によって画一的な教育が意図されたのではなく、あくまでも手引書としての扱いであった。このなかで、特徴的な点は、小学校の教育課程が9教科となり、民主主義的な社会形成のための良識や性格を一人一人が身につけるために、「修身科」が廃止され「社会科」が新設されたこと、「家庭科」と「自由研究」も新設されたことである。「家庭科」に関しては、男女共学の理念の下、男子にも課せられた。 昭和26年に学習指導要領は改正される。特色は、小学校教育課程で、9教科から「学習の技能を発達させるに必要な教科(国語・算数)」、「社会や自然についての問題解決の経験を発展させる強化(社会科・理科)」、「創造的要素を発達させる教科(音楽・図工・家庭)」、「健康の保持増進を助ける教科(体育)」の4つの領域に再編した点である。 しかし、これらの経験学習的なカリキュラムは、児童生徒の基礎学力の低下、青少年の非行などが問題となり、批判されるようになった。そこで、系統学習的要素を取り入れる試みがなされるようになった。道徳教育の徹底、基礎学力の充実、科学技術教育の向上、職業的陶冶の強化が求められ、昭和33年の学習指導要領の改訂が行われた。小学校教育課程は、各教科(国語・社会・算数・理科・音楽・図工・家庭・体育)、道徳、特別教育活動、学校行事等の4領域とし、基礎学力の向上が図られた。また、「道徳」が特設されたことも特色である。この改訂では、学習指導要領の法的拘束力が強化された。また、国語・算数・理科の強化のため、授業時間を増加し、基礎学力の向上が目指された。 1960年代、経済成長を担う人材育成を教育に求める声が高まり、能力主義の徹底化が主張された。それを受けて、昭和43年から学習指導要領が改訂され、教育内容の現代化が図られた。特に算数・数学・理科においてこの傾向が見られた。教育内容の現代化とは、科学技術の進展による知識量の膨大化のため、教育内容を必要性に即して選び出すことを意味する。一方で能力主義
  • 日本 子ども 生徒指導 指導 政策 問題 人間 家庭 授業 民主主義
  • 550 販売中 2007/11/09
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  • 教育方法学1
  • 従来の知識伝達を意識した授業の設計と評価に対して主体的な学習を基本とする授業について設計と評価の特徴を比較し、その比較の視点毎にまとめて授業設計ならびに評価についての留意点を述べよ。  教育における授業は、学力の育成を目指すものである。したがって、目指す学力によってその設計方法や評価などが大きく異なる。2002年度実施の新教育課程では、次の4つの学力をバランスよく育てることが目指されている。つまり、①基礎的な学力A(「読み・書き・計算」といった将来の社会生活の基礎となるもの)②基礎的な学力B(学習指導要領で明示される各教科等で目指される学力)③発展的な学力(複数教科間の関連付けによって図られる、学習指導要領を超えた学力)④実践的な学力(教科の枠を超えて現実の社会課題や自らの生き方に関わる課題を発見し、解決しようとする際に身に付く学力)である。  ①・②は、「不易な学力」であり、「伝統的な学力」であるといえる。つまり、「祖先の文化的・社会的遺産」のうちで、重要なものを次世代に伝えようとするものであり、主に、「課題習得型学習」によって育成される学力である。  一方、③・④は「流行の学力」であり、「生きる力(自ら学び、自ら考える力)」に深く関わる学力である。つまり、「新しい社会や文化を創造する人物」を育てることが目指される。これは主に「課題発見型学習」によって育成される。今後の学校教育は、この両者をバランス良く、適切にカリキュラムの中に位置付けなければならない。  このようにな学力観に至るまでに、様々な教育諸問題や社会問題とともに論じられてきたが、「教育」は「教える意義」と「主体的な学習者としての意義」の2つの意義を持つということこそが最も重要であり、この2つの意義を関連付け、お互いに高めあうことが今後ますます大切である。  従来の知識伝達を重視した授業の設計は、まさに「課題習得型」の授業展開であって、課題作りは教師によるもの、正解は唯一の正解があることが多く、テキストを中心とした教師側からの授業の設計であった。それはつまり、①どのような学習者に、②どのような教育目標を達成するためには、③どのような教科内容を、④どのような教授方法で、⑤どのように展開すればよいか【西之園1981】という教授命題に沿って授業を設計すればよかった。しかしながら、現代のような価値観が多様化し、変化の急激な時代においては、主体的な学習を設計していくことが大切であり、以下のような命題がある(MACETOモデルによる)。つまり、①学習をどのように意味付けて(学習目標、解決すべき課題など)、②どのような活動を計画すれば、③どのような成果を期待できるか、そのためには④どのような内容を、⑤どのような環境で、⑥どのような用具を用いて学習すればよいか、という構成になる(成果に先立って行動がある)。学習成果を重視する場合には、②と③の順序が逆になる。いずれの場合においても、出発点は学習の意味付けである。そこから学習活動または、学習成果を重視するアプローチとがある。従来までの知識伝達を重視した授業設計では、「教える内容」が重視されてきたが、主体的学習を実現するためには、「学べる内容」、「学ぶべき内容」が重要になる。  以上の述べたことは、「総合的な学習の時間」などで取り組まれているが、主体的学習を実現するような全く新しい授業開発を行うためには、操作できる柔軟なイメージとして(形態知)図式を表し、アナロジーを基に授業開発を行うことが重要である。従来に指導中心の授業では、教える内容と教育目標が出発点
  • 環境 子ども 文化 授業 問題 課題 比較 指導 目標
  • 550 販売中 2007/11/09
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  • 日本における英語教育の変遷
  •  江戸幕府が鎖国政策を打ち出したので、当時の西洋から入ってくる言語と言えば貿易相手国だったオランダ語だった。しかし、帝国主義時代到来とともに英米などが植民地拡大のためにアジアに目を向けていた。日本もその対象とされ1808年にイギリスがフェートン号で出島のオランダ商館を襲撃した。これに衝撃を受けた幕府は本木正栄らに英語学習を命じた。これがわが国における英語学習の始まりである。  明治時代に入り、文明開化とともに『西洋事情』などで英米の国情が紹介され、一般的にも欧米に対する興味が広がるさなか、1872年の学制発布によって全国的に体系化された英語教育が始まる。当初は上等小学にさえも取り入れてよいとされており、中学校では種類は限定されていなかったが、外国語という教科が出現した。明治19年の「尋常中学校、学科及其程度」で「第一外国語ハ通常英語トシ…」という規定以来、外国語の教科として英語が定着した。当時はどの教科でも英語の原書を教科書として使用したので、すべての授業が英語の授業のようであった中、英語科では英米の児童用の読物教材を使用していた。教授法としては、外国人教師が英語教師のほとんどを占めていた頃はoral methodで教えられていたと考えられており、日本人教師が増加すると現在まで踏襲されている文法・訳読式の指導法が主であったと思われる。  明治30年代以降、やみくもな西洋文明の吸収から日清・日露戦争に勝って西洋に肩を並べると国粋主義的思想が台頭し、上級学校への受験が増えてきたこともあって実用英語の必要性が否定された。この頃になると、中学校で週7時間の授業時間数が定着したが、それは発音や読みを軽視し、ほとんど進学のための英語いわゆる「受験英語」が生まれた。そのため英語教師の質の向上と英語教授法の改良を目的に文部省主催で夏期英語講習会が開かれ、母国語を介さずに英語を直接教えようとする直接教授法の一種であるgouin methodの導入も検討された。
  • レポート 教育学 英語教育 英語教育の歴史 日本における英語教育
  • 550 販売中 2006/01/14
  • 閲覧(4,063)
  • 大衆教育社会のゆくえ
  •  大衆教育社会の成立には戦後の日本において展開された平等主義と能力主義が深く関係している。大衆教育社会とは、教育が「量的」に拡大し、多くの人々が教育を受ける社会のことを指す。戦後の日本では、教育の機会が拡大されるにつれ貧富の差という社会階層間の差異を通じて教育問題が語られてきた。アメリカやイギリスなどでも同様に社会階層によって教育の不平等が生まれることが問題視され、今現在も階層問題は教育を論じるうえで欠かせない事柄である。だが、高度経済成長期を迎え、貧富の差が現実味をあまり持たなくなってからの日本においては、階層による教育機会の不平等は明らかに存在していたにも関わらず、人々の階層への意識がうすれていく。その原因は冒頭に記した日本固有の、結果の平等ではなく機会の平等を要求する「平等主義」と、個人の学力差は生得的能力において決定的差異を持たないという「能力主義」にある。  日本はアメリカやイギリスに比べ、生まれによる階層差別がはるかに少ない。このことは受験による「生まれかわり」が可能であることを示す。学歴取得のための受験機会はどの階層にも平等に開かれており、テストの内容も中立的で選抜方法もどこかの階層にだけ有利ということはない。そして一度獲得された学歴はその後の社会的成功と密接に関係しており、よって人々はこの選抜方法と学歴取得後の公平さを見て平等であると感じてしまう。  日本と同様に教育が量的に拡大した他の国と比較してもとりわけ学歴社会であるというわけではない。だが、「学歴社会論」が一つの議論のジャンルを確立し、また、大衆の意識にこれほどまで浸透している状態は日本においてのみ見られる現象である。学歴社会批判には、学歴社会を悪であるとし、この学歴取得競争が教育を歪めているとする一方で、学歴がその後の成功にいかに重要なことか知っているため自分の子供には高学歴を望んでしまうという矛盾を含んでいる。
  • レポート 教育学 教育 学歴社会 テスト学力 不平等
  • 550 販売中 2006/02/12
  • 閲覧(13,824)
  • 国家の歴史管理と教育
  •  国は歴史も教育も管理する。ということは、国の考える歴史が、学校を通してそのまま子どもに教育されるということになる。ノーベル文学賞を受賞し、ラッセル・アインシュタイン宣言の起草者でもあるバートランド・ラッセルはこのように言う。  彼等は外国の犯罪は教え込まれる。然し彼等自身の国家の犯罪は教えられない。彼等は彼等自身の参加した戦争はすべて、防衛のための戦争であって、外国の戦争は皆侵略のための戦争だと考えるように指導されている。期待に反して、彼等自身の国がある外国を征服するときは、それが文明や福音の光や、高い道徳の調子や、同様に崇高な他の何かを拡めるために、そのような征服をするのだと信ずるように教え込まれる。  極端な話のように聞こえるかもしれないが、ここ数年のアメリカを中心とした大国の論理はこのようなものではないだろうか。そして日本もその一員である以上、国が進める教育もこの論理に従うようになりつつある。  しかし、第二次大戦終了後数年間は、官民一体となって悲惨な戦争体験の継承が行われ、絶対に戦争をしない国になる決意があった。1950年10月、文部省大臣官房渉外ユネスコ課長、西村巌の発表した報告書にはこうある。 平和運動としての国際理解の教育研究協議会報告書(1950年 文部省) 1. 戦争は人間の心の中で始まるものであるから、平和のとりでは人間の心の中に築かれなければならない。 2. 争いが平和的に解決できない場合は文明に大きな損害を与える。 3. われわれの日常生活は、物質的にも精神的にも世界とつながっている。 4. 科学技術の発達は世界の国々の関係をますます深いものにした。 5. 科学的研究の成果は国際親善を深めることに利用されるよう努力しなければならない。
  • レポート 教育学 バートランド・ラッセル 歴史管理 道徳教育
  • 550 販売中 2006/02/15
  • 閲覧(1,536)
  • 長崎の平和教育の現状
  •  長崎は行政の圧力によって被爆地としての地域性を無視された平和教育が進められてきた。違うのは、市も県と同様の立場ということである。しかし市長の影響もあり、平和教育の考え方も少しずつ変わってきているようである。  長崎県被爆教師の会が結成されたのは1970年である。8月9日を「原爆の日」として原爆教育に取り組み、数々の書籍を出版した。その中でも1972年に刊行した全4冊からなる『ナガサキ原爆読本』は、平和教育の資料が乏しかった当時の教師たちにとって基調な教材となり、全国各地に浸透していった。  しかし、1977年5月、長崎市内の小学校で校長が150冊の『原爆読本』を図書室から無断で校長室に持ち去るという事件が起こった。これに対し県教組などは「平和教育への弾圧」、「現代版の焚書」と一斉に反発、平和教育論争が巻き起こった。これがいわゆる「『原爆読本』隠し事件」である。市教委がその反省を見せたのは21年後の1998年であった。 この事件をきっかけに、長崎市教育長は『教育問題研究委員会』を設置し、平和に関する教育の基本原則を諮問した。同委員会は翌1978年2月、「平和に関する基本三原則」を答申し、これを受けて長崎市教育委員会は『平和に関する指導資料(試案)』を作成し、1978年度より実施した。  その内容は、被爆教師の会や教職員組合が強く求めていた「ヒロシマ・ナガサキを原点とする」という点、そして特設時間を設けて平和教育を実施することを、はっきりと否定するものであった。
  • レポート 教育学 長崎 平和教育 原爆読本隠し事件
  • 550 販売中 2006/02/15
  • 閲覧(3,523)
  • 商業科教育
  • (1)わが国の商業教育の発達について、それぞれの時代に分類し、その特徴を述べよ。 江戸時代以前  1872年の学制の領布以前は、「寺子屋」と「丁稚制度」が商業教育に大きな役割を果たした。学校教育の中で商業教育が始まったのは明治時代からである。江戸時代は、「士農工商」といわれるように、商人は最下層の地位に置かれていた。  明治4年(1871年)に文部省が設置され、明治5年(1872年)に「学制」が公布された。その第36章に「商業学校ハ商用二係ル事ヲ教ウり海内繁盛ノ地二就イテ敷所を設ク」と定め、予科3年、本科2年とした。予科の教科の中には、「通商地理・教学く商用必要の部)・通商音信」の商業科目が定められ、本科の教科の中には「記簿法・算計法・商用物品弁識・商業学・商法」が科目としで定められた。  明治8年(1875年)8月に、学校形態の商業教育機関、商法講習所が東京に誕生した。こ明治17年(1884年)に文部省は「商業学校通則」というものを出した。「商業学校ハ批通則ニ尊イ商ノ学業ヲ教授スル」を目的にした通 則を公布し第一種商業学校(商業を営むべき者)と第2種商業学校(商業を処理すペき者)を定めた. 入学資格は、第一種は13歳以上の小学校中等卒業の者。第二種は16歳以上の初頭中学卒業の者。修業年限は、第一種は2年、第二種は3年。学科目は、第一種は、修身・読書・算術・簿記・商業書信・商業地理・商品・商業経済・商業実習。ほかに選択科目として銀行・」為替・運輸・保険・会社・図画・物理・外国語(英・独・仏・支・朝鮮)。第二種は、修身・和漢文・習字・算術・代数・簿記・商業書信・商業地理・図画・商品・商業経済・商業史・商業法規・商業実習・英語。ほかに選択科目として銀行・為替・運輸・保険・会社法・海上法・契約法・関税・統計・物理・化学・博物・幾何・機械・工業誌・外国語(英語に変えて仏・独・支・朝鮮)
  • レポート 教育学 商業 教職 教育法
  • 550 販売中 2006/03/08
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  • 道徳教育の評価と分析について
  •  道徳教育の評価は、道徳教育の効果を価値的に捉えようとする教育活動の一部である。評価は1:指導前の診断 2:指導過程の中での指導 3:指導後の再点検という三つの機能を持っている。道徳の評価技術には有効とされるものがあり、以下でそれらについて述べる。 ●授業記録  教師が個別に授業を記録し分析する方法と、複数の教師が同じ主題の授業を展開し、記録を比較分析する方法の二つがある。前者よりも、後者の方が意見交換や複数の教師による比較など改善についての検証が出来る長所がある。短所としては、他の評価技術に比較して、多くの労力と時間を要するが、記録装置の発達および低価格化により、授業に圧力を感じさせずに記録出来るようになりつつある。 ●観察法  自然的観察法と実験的観察法に大別し、前者はさらに、日常的観察法、参加観察法、組織的観察法、間接的観察法に区分される。自然的観察法は、児童生徒の日常生活の中で自然に生起するものを観察し、評価する。後者は、個々の教師が一人ひとりの児童生徒に対して作成した記録表に、逸話記録・観察項目別選定表などをもって評価する。参加観察法は、第三者または研究者の立場から授業に参加し、自然的観察法を行う。長所は児童生徒のみならず、教師の指導力も評価出来る点であるが、観察者の存在が指導実戦活動に影響を与えることを認識する必要がある。組織的観察法は観察者側を統制し、組織的に観察する方法である。間接的観察法とは。授業記録などで間接的に観察する方法である。
  • レポート 教育学 教育活動 道徳の評価技術 道徳指導
  • 550 販売中 2006/03/14
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  • ロックの子ども教育
  • ジョン・ロックにおける子どもの教育論、特に習慣形成や賞罰法を中心に述べよ。  哲学者・医学者としての側面をもつロックの教育論には、戦前の日本の教育になじみの深い「健全なる身体にやどる健全なる精神」という言葉の持つ複雑な教育的意味が存在している。この教育的意味を持つ教育論を、身体と教育、精神の形成の2つの角度から考察してみる。  ロックは身体の健康こそ最大の教育目標とし、健康は個人主義的原理に立つ欲望追求を可能にすると同時に、健全な身体と道徳と知識を持っている紳士として、国家社会における責務を遂行し得るための身体の基本的要件としての状態を意味していた。  さらにロックは、健康が疾病の回復に限定されず、人間の完全可能性を追求する概念であれば、その追及は教育的な課題とした。この課題に対応する教育方法は、拘束と自然、いわゆる習慣形成と自然性育成との関わりをどのように調和させるかを必要とした。現実的にこの問題を解決できるならば、いかに子どもの自然の発達に即して、一定の習慣形成を子どもに遂げさせるかということになる。  子どもにおける習慣形成について「両親は子どもが非常に小さいときから、両親の意志に従うように教育すべきである。」とし、理性的に適した事柄にしか同意しないように、精神を正しくすることが教育において重要であり、精神を鍛錬することによって、子どもは自分の欲望を我慢し、欲望がいろんな方向に動いても理性が最善として示すものに純粋に従うことができるようになる。
  • レポート 教育学 ロック 習慣形成 賞罰法
  • 550 販売中 2006/03/15
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  • 障害児教育(聴覚)
  • 今回、障害児教育の講義を受けるまで、ほぼ何もと言っていいほど、私は聴覚障害について何も知らなかった。障害児教育の講義内容の中で最も印象深かったのが、障害の早期発見、早期療育である。言語獲得は早い方がいいと言う理由もあって、90%以上の聾学校に幼稚部が設置されているという事実は私を驚かせた。また、聴覚障害乳幼児療育事業というものが近年、北海道で初めて行われ、0歳児教育がスタートしているということも全く知らないところであった。具体的には「きこえやことばの教育相談室」などが設けられているようだ。しかし障害の早期発見については、新生児聴覚スクリーニングを実施するところが増加している一方で、様々な問題提起もされているようだ。適切な助言をしてくれる人や、情報を与えてくれる体制が整ってない状況下で、このようなスクリーニング(日本語訳は「ふるい分け」)を行って親の不安をいたずらに掻き立ててもよいのか、という見方も出てきている。障害の早期発見・療育は子ども達が持てる力を最大限に伸ばすという意味からも、聴覚障害児をもつ親たちの悲願のものであったようだ。しかしこのスクリーニングが希望の入り口となり得るかどうか、難しい問題であるのかもしれないと感じた。
  • レポート 教育学 障害児 コミュニケーション 教育
  • 550 販売中 2006/04/15
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