連関資料 :: 教育学
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教育方法学①
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従来の知識伝達を重視した授業の設計と評価に対して主体的な学習を基本とする授業について、設計と評価の特徴を比較し、その比較の視点毎にまとめて授業設計ならびに評価についての留意点を述べよ。
現代の教育は生涯教育ばかりでなく、学校教育も含めて「受けさせられるもの」から、人々がそれぞれの目的に合わせて「選んで受けるのも」へと姿をかえつつあり、それにあわせ、教育のあり方も変化してきている。
現代社会の教育者、とりわけ学校の教師には、単に児童・生徒の発達過程についての心理学の知識や、教科・教材についての専門的な力量や、また学校の管理上の資質だけでなく、これからの社会のあり方と社会の中での人間の生き方について、しっかりとした洞察力を持つことが求められる。教師の任務は知識や技術を教えることだけでなく、児童・生徒がこれから社会で人間らしく生きていくことができるように、人柄を教育することでもある。
ここで教育論をいくつか踏まえ、近代と現代の教育について比較していきたい。教育方法学の課題として、不可能に挑戦していくといった場面が必ずある。単順に、今ある可能性を現実のものにしていくことだけが、教育方法学の課題ではない。常識的には「不可能」と思われている側にも課題を求めて、挑戦していく。そこに教育の課題があり、教師の仕事の気概はそこにあるのである。
「40人クラスの児童・生徒のうち、いったい何人に本時のねらいを学ばせることができるだろうか。」このような戸惑いは、やがて「せめて3分の2ぐらいの子どもに学ばせれば上出来である」というような居直りに変わってしまうことが多い。
ブルームはそういった教師に対して「私たちの子どもたちみんなに学ばせるのだ」といっており、受けもったクラス全員に学ばせ、それができない教師はプロとはいえない。ブルームは現代の教師たちにこういった課題をつきつけている。
落ちこぼれを出してはいけないとわかっていても、40人を標準とする学級編成では実際には無理なことだと言われるかもしれないし、確かに困難なことではある。しかし、不可能に見えることであっても、だからといってそれを乗り越えることは教育法法学の課題にはならないといってすませるわけにもいかない。むしろ教育方法学の課題がこれまで現実的に可能なことの範囲内でしか設定されていなかったことに問題があるのではないだろうか。
「能力別指導」はその典型的な例である。能力別指導は、一斉指導で取り残されてしまう子どもに対して、子どもたちの能力の差に合わせて、グループごとに指導の内容と方法を変えていくことである。能力の異なる子どもに、それぞれのペースにあわせ効果的に学習させるという、現実的な指導方法ではあるが、現実には、子どもたちの学力差を縮めるのではなく、広げてしまっている。そればかりでなく、能力別に分けること自体が、子どもの心に良くない影響をもたらすという指摘は、これまでもしばしばなされている。
また早期教育の必要性についても以前にまして叫ばれている。どうして大器晩成ではいけないのか。大器に成っていくためにも早期から教育をはじめたほうが有利だということからの意見である。しかし、それにも問題点があり、全員のスタートラインが同じとは限らないという点である。スタートラインはゴールラインのように、今のところ調整や統制の対象にはなりえない。そこで競争は学齢前へと下降し、学校外へと拡散していく。早期教育論は、開発能力の名のもとで、そうした競争をあおる議論になりかねない。そして、もうひとつの問題点が早期「教育」の中身である。貝
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教育方法学
佛大
現在は情報化社会さらには
550 販売中 2008/02/19
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教育学 学級崩壊
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教育学
学級崩壊 現代の子どもと向き合うには
1.現在の子どもたち
・学校が荒れる
→ これまでは一部の「不良」と呼ばれる子どもたちによるもの、現在の「荒れ」は、一部の子どもではなく、「普通の子」によるもの。
・学校の吸引力
これまでの子どもたちの「荒れ」
→ 受験競争からはじき出されたこと、「落ちこぼれ」ることが原因となって、自己存在を不安定にしたもの。(学校社会への強い囚われ)
学校の持つ聖性自体が喪失。(新しい発想)
「落ちこぼれ」る不安から「荒れる」。よりも、する意味の分からなくなってきた勉強・授業が、強制力を持ち得ないという側面。
・親の世代
子どもがパニックになる→親からの愛情不足などが原因。
「新人類世代」少年・青年期をすでに今日の消費・情報化社会で過ごしてきた。
モラトリアム傾向。個人主義的な行動様式。 (これまでの世代には理解できないような)
彼らが少年期を過ごした70年代
→ 子どもの「発達の危機」。受験圧力が急速に高まった時代。その結果、「落ちこぼれ」。「非行」。現在いわれる「教育問題」の原型。
・消費社会の子どもたち
今日を生きる子どもたち
→ 成熟しきった情報化・消費化社会のただ中。
2.子どもたちと関わるということ
・どのように向き合うのか
今の若者→楽しさ、ノリの良さが、場の雰囲気を構成。
高度な主体性が必要。自分の世界観の形成、認識論的な成熟と平行した形で、自分が何をするのかを決めていける創造的な主体性が必要。
小学校・中学校の教室で、子どもが授業中に立ち歩く、騒ぐ、パニックを起こす、教師の注意にも耳を傾けない、授業が成立しなくなってきた、いわゆる「学級崩壊」がいわれて久しい。「学級崩壊」という言葉は、元々はマスコミから生まれた言葉であり、文部省はこのように形容されることを遺憾であるとしてきたが、最近では、認めざるを得ないような状況が生まれてきている。なかなか私たちには実感しづらいのであるが、それだけ、現場における子どもの「荒れ」が顕著になってきているということであろう。
「荒れる」ということは、子どもたちが何らかの苦しみや、いらだちを抱いているということであるが、そのような状況において、子どもたちと接していかなくてはならない教師たちもまた、悩みの渦中にいる。教師が、ストレスから体調を壊したり、登校拒否に陥る例も現れているのだという。
学校が荒れるといえば、これまでは一部の「不良」と呼ばれる子どもたちによるものがいわれたが、現在の「荒れ」は、一部の子どもではなく、「普通の子」によるものであるから問題が複雑化するのだろう。今日の子どもたちが生きる社会・文化の諸条件を見てみることにする。
これまでの子どもたちの「荒れ」は、ごくおおざっぱに言えば、受験競争からはじき出されたこと、「落ちこぼれ」ることが原因となって、自己存在を不安定にしたものであると考えられる。裏を返せば、それだけ学校社会への強いとらわれがあったということであるが、最近では、その学校そのものの吸引力の低下が指摘されている。元来、公教育は、高度産業社会の形成をめざして導入されたものであり、目標が現実となった今日、学校の持つ聖性自体が失われているのだ、というのである。受験圧力がなくなったとは思えないが、最近の不況、就職難も手伝ってか、高学歴神話は崩れつつあり、必死になってがんばるよりも、適当にやって今を楽しんだ方がいい、という発想が子ども・若者たちの間で広がってきていることも事実であるように思える。つまり、
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子ども
情報
社会
学校
教師
文化
発達
問題
授業
550 販売中 2008/03/03
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養護教育学(test)
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<養護教育学>
1、児童生徒等の心身や生活行動における不適応現象について考察せよ。
Ⅰ、不適応行動の実際
⑴子供の成長・発達をめぐる問題
①心の問題が主に身体を通じて表れる。気管支喘息・発作・食欲不振・嘔吐・チック・点頭けいれん・高血圧・心拍増etc.②神経症的問題。偏食、拒食、過食、不眠・夢中遊行・夜驚・悪夢etc.
⑵家庭における問題
①被虐待児の増加。被虐待児は、後に反社会的行動(犯罪や暴力行動)を起こす確立が一般児童よりも高いという報告が発表されている。(入所児童の約六割(不明・無回答を除く)が被虐待児を持っていることが明らかになる。平成12年3月国立武蔵学院が発表した全国の児童自立施設調査報告)母親が地域社会に仲間が少ないなど社会とのつながりの薄さ、母親になりきれない母親の増加や父親の育児不参加などから育児ストレスを溜め込み、発展すると幼児・児童虐待へつながる。
②家庭に居場所がない子ども達。両親の共働きや母子、父子家庭の増加で、両親からの愛情を一番欲している時に得られない事や健全な家庭環境を構築できない夫妻の増加からくる、精神的・情緒的に不安定な子供たちの増加。
⑶学校生活における問題。不登校、学業不振、攻撃行動、薬物、性の乱れ、いじめなど。
①性の乱れ;「10代の性が乱れている」と言われてどの位たっただろうか。特にここ数年で、子どもたちの性は商品化され、低年齢になるほど価値は高まり、それを知った子ども達がお金欲しさに自らを売る(援助交際・売春)、まったく性の知識のないまま、不特定多数の人間とコンドームなしのセックスを繰り返す、又性感染症にかかっても、ひどくならない限り病院で治療を受けることはない子ども達が急増している。今の教育現場では「性教育」がまだまだタブー視され、踏み込んだ教育が出来てない実情がある。これは、早急に改善し取り組んでいかなければならない課題である。
②不登校、背景としては「不安など情緒的混乱」「複合(集合的な理由によりいずれかの理由が主であるか決めがたい)「無気力」、中学においては「あそび・非行」の割合が高い状況にある。また不登校との関連で新たに指摘されている課題として「学習障害(LD)」、注意欠陥」「多動性障害(ADHD)」などがある。これらの児童生徒は、周囲との人間関係がうまく構築されない、学習のつまずきが克服できないといった症状が進み、不登校に至るケースがある。さらに、保護者による幼児虐待、登校を困難にするような事例も含まれ、要因や背景は特定できないことも多い。
2、「子供理解」を深めるための方法をのべよ。
子供たちは一人一人違った能力、適性、興味、関心等を持っており、家庭環境も複雑である。したがってきめこまかい観察を基本としつつ、日頃から子ども達との触れ合いの機会を大切にしたり、教育相談日などを活用した相談を行ったりなど、客観的、総合的に認識する必要がある。
子ども達は日々成長するものである。固定的に児童生徒理解を捉えるのではなく、新しい情報を加えるとともに、その場面に応じて子供の心情を理解するように努めることが必要である。この場合、子どもたちの気持ちを共感的に理解しようとする姿勢が大切になる。
また、児童生徒理解はそれが目的ではなく、指導に生かしてことが大切である。子供達を
共感的に理解することを通じて、教職員と子ども達との信頼関係が確立できるようにする事が大切である。
ポイントとしては、①子ども達のよさを多面的に捉えるようにする。教職員自身が自己の価値基準を見つめ直し、子供の良さ見落とさないよう
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養護教諭
児童生徒の心身や生活行動
学習障害児
東京福祉大
テスト
550 販売中 2008/03/06
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ペスタロッチーの教育学についての考察。
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ペスタロッチーの教育学(直観の原理など)について考察せよ
ペスタロッチーは子どもをどのように捉えていたのかというと、将来発展する素質が備わっていると考えていた。そして、その素質が子どもの内から発展するように助成するのが教育と考えていた。つまり、子どもは生まれながらにして、真への認識、美の感情、善の力を有していると考え、これらの内的本性を子どもが自ら実現していくのを援助するのが教育であり、逆に内的本性に備わっていないものを、外部から押し付けることは教育とは言わないと考えている。この考え方から、子どもはすでに将来成長する能力を内的に有していると考え、子どもの内的素質を重視するという点で有機的で、自発的成長を促すという点で発生的なものとして教育を捉えている。
このような基本的な教育方法の重要な柱として「直観の原理」がる。直観は全ての認識の基礎となるので教育方法は直観的である必要がある。そして、その直観はまだ曖昧な素材であり、概念的には不明瞭であるので、それを分離・結合して、秩序を与え、明瞭な概念にすることが求められる。よって、直観を原理とした教育方法は段階的なものとなる。
この直観をペスタロッチーは三つの梱包的要素から成り立っていると述べ、その三要素の基礎的部分を学習することが重要である。その三要素は数、形、語の三つで、あらゆる事物はこの三要素を有しているためこれらから始め、根源的要素まで遡って単純化して、その要素から勝つ実性を有する合自然的な教育を実行する。このように、ペスタロッチーは、思惟能力を発達させるのに役立つ基礎的な要素を語、数、形に求め、これらを教授の三つの基本点としたことを「直観のABC」と呼ぶ。
これら三つの要素をそれぞれ見ていくと、まず語の教授は、発音教授、単語教授・名称教授、言語教授の段階があり、これらを単純化された要素から順々に教育を行っていく。まずは言語の要素である音を子どもに習得させる必要があるため、発音教授が行われ、聞いた音を繰り返すことができるようになれば次に者の名前を教える単語教授・名称教授を行う。この段階まで準備できると、次第次第に長い文章を表現できるように教育する段階へ進み、言語教授において直観が明晰な概念まで高まっているといえる。
形の教授も同様に曖昧な直観から明確な概念への移行を行うことがなされなければならない。まずは輪郭によって異なる事物を識別し、その中に含まれていることを心にうつし出すようにさせ、それを正確に表現できるようにしている。
数の教授では目標は事物の数を数えることが可能になり、子どもがどれだけ多くの対象が目の前にあるのかを明確に学習することになる。まず数の概念を直観できるようにし、単純化された数の概念から徐々に複雑な計算へ、明確な概念へ進むことを目標とする。
ペスタロッチーはこれらの根源的要素に単純化して徐々に複雑な概念へと教授していく方法は技術教育においても同様であるとしてる。例えば、複雑な技能・動作を必要とする作業であっても、「打つ」「運ぶ」「投げる」「押す」「引く」「まわす」などの基本的動作に分解して単純化することが、複雑な技能習熟につながるとしている。また、このような技能の陶冶は実生活に即して行われるべきだと主張している。単に知識を得るために学ぶのではなく、知識を自分の体験として行動することが必要となり、技能の陶冶を単なる身体の熟達に止めず、技術、実際的知識をもその目的としている。ペスタロッチーは「技術力の合自然的な形成に対する本質的な刺激は、身体の面から見れば、自ら自己を発展しよ
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レポート
教育学
直観の原理
ペスタロッチー
ロック
労作教育
550 販売中 2007/11/05
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教育社会学1
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「学歴社会とは何かを明らかにし、高学歴化が進行すると教育はどのように変化するのかについて学力の視点から述べよ。」
学歴社会とは、社会における待遇をその人の学歴によって評価し、決定する傾向の強い社会のことである。あるいは、多くの人びとがそうであると信じているような、つまり学歴信仰の傾向をもつ社会関係のことである。
ここでは、学歴社会のメリット、デメリットの両面から考えてみたい。
例えば、 企業 において従業者採用の指標として学歴を1つの指標とすることが多いなどの特徴がある。それは、人を評価するのが楽だからだと考える。人間の価値は学歴だけでは決まるとは決して言えない。体格、性格、人間関係、更には癖など色々な要素が混じった上で本来、人は評価されるべきだ。しかし、企業は仕事の出来る人間、優秀な労働力を効率よく探そうとする。採用者の立場から、能力をはかる上で学歴はよい指標になる。仮に、学歴が関係ない場合は優秀な社員を捜すために長い時間をかけなければいけなくなる。企業はさっさと人材が欲しいわけだから時間はかけたくない。また、最終選考に残ったのが同じような人たちだと選ぶのに苦労する。そうすると学歴で足切りするのが一番手っ取り早い。
しかし、このような学歴社会に対するも批判ある。その一つは義務教育が偏差値教育であってはいけないという事だ。「良い学校を卒業し良い会社に就職する」という学歴信仰が学校及び家庭を中心に依然として強く残っており、学校において「良い高校、良い大学に入学しよう」とする受験競争を生み、知識の詰め込み教育を助長し、「学ぶこと」の楽しさや喜びが奪っている。偏差値教育が歴然とこの社会に存在していることは確かである。学校を個人の都合のいいよりに変えようとしたり、少しでも「いい学校」に入ることだけを考えて学校を利用する親や生徒の動きに、教師は引きずられている。テストとその結果を武器にして生徒をおどすこと、生徒の差別化は、教師の最もしてはならない間違いである。こうして、青少年期に習得した学校歴のみが評価され、「何をどれだけ学んだか」という学習内容と学習成果を的確に評価することが妨げられている。
一方、学歴だけでは実力・能力を量ることには限界がある為、企業では形式的な学歴はもはや必要ではないと考えているところも増えつつある。実際に社員の採用に際して学校名を問わないとする企業が増えつつあり、大学等の就職協定が廃止され社員採用の通年化が進むにつれて、企業では「必要な人材を必要な時に必要な人数だけ採用」する柔軟な採用システムを取り入れ始めている。さらに、キャリアアップを目指した転職等による人材の流動化が加速するなかでは、青年期の学歴はもはや不問となり本人の能力と経験による人物評価がなされ始めている。特に経済の国際化に伴って進出してきた外国企業等を中心に、学歴不問を当然視する企業も出始めてきた。こうした意味では、就職に関して学歴に偏重した傾向は徐々に減少しているとも言える。
次に高学歴化と教育について述べる。
今日、多数の大学や学部が乱立し低学力層を吸収している現実の中、大学を卒業しているというだけでは高学歴であるということにはならないのである。
日本は世界で有数の高進学率を誇る国である。やや古いデータではあるが、平成2年には30%だった大学への進学率は平成13年には45.1%に達している。これは同年代の人口を分母にした数字であり、進学希望者を分母にした場合の進学率はさらに高くなる。 問題は、進学率の上昇というものが常に教育水準の低下を引き起こしてきたことだ。
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日本
企業
子ども
人間
高校
能力
生徒
就職
世界
社員
550 販売中 2007/11/09
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教育方法学1
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従来の知識伝達を意識した授業の設計と評価に対して主体的な学習を基本とする授業について設計と評価の特徴を比較し、その比較の視点毎にまとめて授業設計ならびに評価についての留意点を述べよ。
教育における授業は、学力の育成を目指すものである。したがって、目指す学力によってその設計方法や評価などが大きく異なる。2002年度実施の新教育課程では、次の4つの学力をバランスよく育てることが目指されている。つまり、①基礎的な学力A(「読み・書き・計算」といった将来の社会生活の基礎となるもの)②基礎的な学力B(学習指導要領で明示される各教科等で目指される学力)③発展的な学力(複数教科間の関連付けによって図られる、学習指導要領を超えた学力)④実践的な学力(教科の枠を超えて現実の社会課題や自らの生き方に関わる課題を発見し、解決しようとする際に身に付く学力)である。
①・②は、「不易な学力」であり、「伝統的な学力」であるといえる。つまり、「祖先の文化的・社会的遺産」のうちで、重要なものを次世代に伝えようとするものであり、主に、「課題習得型学習」によって育成される学力である。
一方、③・④は「流行の学力」であり、「生きる力(自ら学び、自ら考える力)」に深く関わる学力である。つまり、「新しい社会や文化を創造する人物」を育てることが目指される。これは主に「課題発見型学習」によって育成される。今後の学校教育は、この両者をバランス良く、適切にカリキュラムの中に位置付けなければならない。
このようにな学力観に至るまでに、様々な教育諸問題や社会問題とともに論じられてきたが、「教育」は「教える意義」と「主体的な学習者としての意義」の2つの意義を持つということこそが最も重要であり、この2つの意義を関連付け、お互いに高めあうことが今後ますます大切である。
従来の知識伝達を重視した授業の設計は、まさに「課題習得型」の授業展開であって、課題作りは教師によるもの、正解は唯一の正解があることが多く、テキストを中心とした教師側からの授業の設計であった。それはつまり、①どのような学習者に、②どのような教育目標を達成するためには、③どのような教科内容を、④どのような教授方法で、⑤どのように展開すればよいか【西之園1981】という教授命題に沿って授業を設計すればよかった。しかしながら、現代のような価値観が多様化し、変化の急激な時代においては、主体的な学習を設計していくことが大切であり、以下のような命題がある(MACETOモデルによる)。つまり、①学習をどのように意味付けて(学習目標、解決すべき課題など)、②どのような活動を計画すれば、③どのような成果を期待できるか、そのためには④どのような内容を、⑤どのような環境で、⑥どのような用具を用いて学習すればよいか、という構成になる(成果に先立って行動がある)。学習成果を重視する場合には、②と③の順序が逆になる。いずれの場合においても、出発点は学習の意味付けである。そこから学習活動または、学習成果を重視するアプローチとがある。従来までの知識伝達を重視した授業設計では、「教える内容」が重視されてきたが、主体的学習を実現するためには、「学べる内容」、「学ぶべき内容」が重要になる。
以上の述べたことは、「総合的な学習の時間」などで取り組まれているが、主体的学習を実現するような全く新しい授業開発を行うためには、操作できる柔軟なイメージとして(形態知)図式を表し、アナロジーを基に授業開発を行うことが重要である。従来に指導中心の授業では、教える内容と教育目標が出発点
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環境
子ども
文化
授業
問題
課題
比較
指導
目標
550 販売中 2007/11/09
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教育心理学 パーソナリティ
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幼児・児童の学習は、パーソナリティと深く関わっている。パーソナリティがどのような影響与えるかを調べたいと思う。
まず、パーソナリティとは、性格と訳されている。一般的に、パーソナリティとは個人に独特の一貫した行動傾向を指し、精神的機能・身体的機能と、動機づけや情緒のありかたを含む総合的な概念として考えられているのだ。
パーソナリティの形成に影響するものとして、生物学的な固体要因、家庭環境の要因や、社会環境の要因があげられる。
パーソナリティの形成は基本的には遺伝と環境双方の要因の相互作用の結果であろう。遺伝的に規定される特性を認めるにしても、生後の環境の影響は非常に大きいと考えられる。
子どもの初期の気質に関する知識は、両親が子どもの問題行動の発生を予防するうえで役立つであろうとされている。例えば、人に対して逃避的で、反応強度が大であり、否定的な気分の子どもの場合、ある両親は当惑し、怒り、抑えつけようとするが、他の両親は子どもの特性を積極的に用いることが出来るように、その方法や考え方を一緒になって考えて励ますかもしれない。ここに、子どもの行動傾向と、両親のパーソナリティの関係が
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環境
子ども
問題
人間
行動
影響
生活習慣
生活
問題行動
しつけ
550 販売中 2007/11/16
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教育方法学1
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550 販売中 2010/01/26
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教育社会学1
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『学歴社会とは何かを明らかにし、高学歴化が進行すると教育はどのように変化するのかについて学力の視点から述べよ。』
学歴社会とは、「社会における社会的・職業的地位などの配分の基準として学歴が重きを占める社会」を意味する言葉であると考えられる。社会的地位とは、職業的地位と重なる側面もあるが、もっと広い意味であり、具体的には文化的地位等も含む。一方、高学歴社会とは、高校卒業後の高等教育機関への進学率が50%を超える、単に「高学歴者の多い社会」を意味する言葉である。
学歴社会に対しては、古くから様々な批判がされてきた。就職・昇進や結婚と関係した大学格差の存在や、学歴による差別に対する批判はその代表的なものである。さらに入学試験に対する批判や学校の管理・教育のあり方、学校外の教育産業に対する批判も多く見られる。
まず、学歴社会の成立過程の時代背景を考察してみる。明治維新期の「富国強兵」に代表される欧米へのキャッチアップを意図した国家目標の達成のためには、幅広い分野で相当数のリーダーが必要とされ、それ以前の身分階級に縛られた形での人の教育・職業が決定されるシステムは、適さなかった。リーダーに求
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レポート
550 販売中 2008/12/07
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教育方法学1
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『従来の知識伝達を重視した授業の設計と評価に対して主体的な学習を基本とする授業について設計と評価の特徴を比較し、その比較の視点毎にまとめて授業設計ならびに評価についての留意点を述べよ。』
多様化する子どもたち、インターネットや携帯電話の急速な普及による情報化社会など、急激な変化を続ける私たちを取り巻く様々な環境。教育環境も今、大きな改革の時期を迎えている。
現在、教育現場では、さまざまな教育改革が推進されているが、教育方法については、従来の知識伝達を重視した授業から、児童生徒の主体的な学習を重視する授業へと変化している。
授業の設計や評価は、どのような学力を目指すかにより、大きく違ってくる。2002年度実施の新教育課程では、次の4つの学力をバランスよく育てることが目指されている。
①基礎的な学力A 「読み、書き、計算」などの学力。教科等の学習の基礎、将来の社会生活の基礎となる。
②基礎的な学力B 学習指導要領で明示されている目標と内容に基づく教科等の学力。
③発展的な学力 学習指導要領を超えた学習や、複数教科間の関連づけをはかるような学習を通して育成される学力。
④実践的な学力 教科の
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レポート
教育方法学
550 販売中 2008/12/12
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教育方法学2
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『現在は情報社会さらには知識社会と呼ばれているが、その社会にあっては知識を扱う教育はきわめて重要である。基礎基本の学力と教育格差との関連について論ぜよ。また格差問題を解決するうえで教育方法はどのようにあるべきか。』
現代の社会は「情報社会」とも「生涯学習社会」ともいわれ、さまざまな情報にアクセスする機会や、教育を受ける機会は、これまでのどの社会と比べても格段と広がっている。学ぼうと思えば、通信教育や放送大学、マスコミ・出版などからの情報を媒体とし、いつからでも、どこにいても学ぶことができる。行政も、人々の学習を支援するシステムをととのえてきている。もはや、学校だけが教育の場ではなくなっているのである。
その一方、近年「教育改革」の名のもと、学校教育はこれまでの仕組みを大きく変えられようとしている。これまでは、全国一律の基準をさだめ、どの地域の学校でも、同じような内容と、同じようなレベルの教育を実施していく仕組みであった。その仕組みを変え、それぞれの地域と学校の意欲を引き出し、特色ある、個性的で創意工夫にみちた教育活動を実施させていく仕組みへと、転換がいまはかられている。
教育を受ける機
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レポート
教育方法学
基礎基本の学力
教育格差
550 販売中 2008/12/12
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新しくなった
ハッピーキャンパスの特徴
- 写真のアップロード
- ハッピーキャンパスに写真の
アップロード機能ができます。
アップロード可能なファイルは:doc .ppt .xls .pdf .txt
.gif .jpg .png .zip
- 一括アップロード
- 一度にたくさんの資料のアップロードが可能です。 資料1件につき100MBまで、資料件数に制限はありません。
- 管理ツールで資料管理
- 資料の中から管理したい資料を数件選択し、タグの追加などの作業が可能です。
- 資料の情報を統計で確認
- 統計では販売収入、閲覧、ダウンロード、コメント、アップロードの日別の推移、アクセス元内訳などの確認ができます。
- 資料を更新する
- 一度アップロードした資料の内容を変更したり、書き加えたりしたい場合は、現在アップロードしてある資料に上書き保存をする形で更新することができます。
- 更新前の資料とは?
- 一度アップロードした資料を変更・更新した場合更新前の資料を確認することができます。
- 履歴を確認とは?
- 資料のアップロード、タイトル・公開設定・資料内容説明の変更、タグの追加などを期間指定で確認することができます。