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連関資料 :: 算数

資料:419件

  • 算数指導案「割り算」
  • 1.日時  (略) 2.単元名 「『1人ぶん』を求めてみよう」 3.本時の目標  除法における等分除の意味と、それに関する用語・記号を理解し、具体的操作を通したうえで用いることができるようにする。 4.本時の教材観・生徒観・指導観 教材観‥これまでの1・2年の学習では、乗法の意味を理解し、九九の構成と倍概念の理解及びその活用をおこなってきた。それを受けて3年では、乗法と積との関係、また乗法の交換法則についても学習している。これらの学習を踏まえたうえで、本単元の学習へとつなげる。本時はその導入部である。  除法には大きく分けて2種類がある。すなわち「ある数量を等分したときにできる1つ分の大きさを求める場合」(等分除)と、「ある数量がもう一方の数量のいくつ分にあるかを求める場合」(包含除)である。ここで、本単元においては等分除で導入する。理由は、具体物で置き換えた場合には、包含除の方が順に取り去っていけば容易に求められるのであるが、日常生活でより多く経験するであろうと考えられる等分除を先に導入したほうが、「等分」のための「除法」の必要性を認識させやすいと考えたためである。  また、「分配」作業には、具体物を「等しく分ける」場合があり、「単に分ける」こととは異なる「分配」方法がある。これは実生活においても直面することの極めて多い解決課題である。この解決法を考えていくとこで、除法の必要性を体感させ、除法の意味理解へとつなげ、抽象化による理解へとつながる。なお、等分除の場合の答えは、等分の操作を九九に結びつけることによって求められることも、効率的な解決法を探るなかで見えてくる。ここで、除法の答えを見出すのに乗法が必要であることと、除法と乗法との関係性についても捉えることができるようになる。  本単元の学習を踏まえたうえで、3年では「あまりのある除法」の学習につなげる。
  • レポート 教育学 算数 指導案 導入 わり算
  • 550 販売中 2005/12/13
  • 閲覧(6,671)
  • 算数教材研究(四則)
  • 5年「D(1)四則に関して成り立つ性質」(平成15年12月)はどのように扱っているか5学年までの内容をまとめなさい。 第5学年の「D(1)四則に関して成り立つ性質」の詳細を学習指導要領(平成15年12月)は次の通りである。 D(1)四則に関して成り立つ性質についてまとめる。 ア 交換法則、結合法則や分配法則についての理解を深めること。 「加法や乗法の計算の仕方を考えたり計算の確かめをしたりする学習を通して、第4学年までの学習で交換法則、結合法則、分配法則が成り立つことについて理解してきている。この学年では、計算の範囲を小数に広げてもこれらの性質が成り立つことを確認し、一般的な法則として意識できるようにする。その際、□・△などの記号を用いると、これらの法則を簡潔、明瞭に、また一般的に表すことができるというよさに気付くことができるよう配慮することが大切である。また、これらの法則の指導については単に計算に関して成り立つ性質をまとめるのではなく、計算の方法を発展的に考えるときなどにその基になることとしてとらえ、進んでこれらを活用していく立場から指導方法を工夫する配慮が大切である。」と記載してあ
  • 算数教材研究 四則
  • 550 販売中 2009/05/07
  • 閲覧(1,563)
  • 算数科教育の歴史
  • 『算数科教育の歴史(黒表紙教科書、緑表紙教科書、水色表紙教科書、単元学習、現代化、ゆとり)について述べ、それらの教育内容を自分の視点で考察せよ(4枚程度)。上記を踏まえ、2002年度完全実施の学習指導要領(算数科)の特徴について述べ、その教育内容を自分の視点で考察せよ(4枚程度)。』  社会の変容に伴って、現在、算数教育のあり方が問われている。私たちは、そうした現在に見合った新たな算数教育を創り上げていかなくてはならい。その際、重要なことは、現在の社会状況を的確に判断することと、日本におけるこれまでの算数教育の変移を詳細に見直すことであろう。ここで、明治時代初期から現代に至る算数教育に登場した教科書の変移について考えたい。  まず明治時代初期の算数教育からさかのぼる。明治時代初期は欧米の様々な教科書が翻訳・紹介され、多様な教科書を用いて、比較的自由な算数教育が展開されていた。日本の教師や研究者らが、自らの手で創りあげていこうとする気運はそれほどなかった。  明治時代中期になり欧米諸国の後を追って富国強兵政策のもと、学制改革(1886)、大日本帝国憲法発令(1889)、教育勅語発令(1890)と、日本の教育制度は着々と国家による統制の態を整えていくことになる。1905年には、藤沢利喜太郎らによって第一期国定教科書『尋常小学算術書(黒表紙教科書)』が編纂される。藤沢はこの中で、数え主義による数計算中心の算数教育を実現することになる。これらは、国家としての教育制度を確立する上で強力な推進力を担うものであったが、当時の子どもの認識の発達を考慮したものではなかった。  大正時代になり、教育を大人の立場からではなく、子どもの側から創りあげていこうという姿勢を生み出すこととなった。そして、それに見合った教科書の作成が行われようとするが、改訂は中途半端なものであった。  昭和時代前期になり、第四期『国定教科書(緑表紙教科書)』が発行されるようになった。この教科書により、数学、生活、そして子どもの認識という3者を踏まえて内容を設定するという、非常にバランスを持った発想で系統性を構築していった。それは、これまでの数え主義を中心した教育を記してきた黒表紙教科書からの脱皮を意図したものであった。  次に、第二次世界大戦の中に第五期『国定教科書(水色表紙教科書)』が登場する。その内容とは、前回の『緑表紙教科書』の内容とそれほど大きな差は見られないが当時の新しい数学を導入したり、理科との結びつきを強め実測・実験を重視するなど、内容面においていくつかの発展が見られた。そして、戦火の中ということもあって、ファシズムの影響を少なからず受けたものでもあった。  続いて敗戦後の時期を見ていくと、1949年教科書の国定制度が廃止され検定制度が行われることとなった。その制度による教科書の中は、大きくは「課」に分かれており各課は算数科の内容項目を示している。その課の中の項目が「単元」となっていて、単元名は全てが生活場面の内容を示している。よって、この時期の教科書の内容とは、場面設定を明確にして、その中で生じてきた問題を解いていくという形で構成されており生活場面の問題を解決する「道具」として、算数を学習していた。  敗戦後という時期であり、新教育がアメリカからの影響を多分にもったものであること、日本に子どもを対象として作られたものではないが故に、教育現場で数多くの矛盾が生じてくるなどの問題もあった。そして、科学技術社会からの要請による数学教育の急速な変貌へとつながっていったのだ。  「数学教
  • レポート 教育学 算数科教育 学習指導要領 歴史
  • 550 販売中 2007/04/18
  • 閲覧(5,962)
  • 算数科教育法
  • 現在の小学校の算数科の内容について学習指導要領では、「数と計算」「量と測定」「図形」「数量関係」の4つに分かれている。歴史的にも、明治時代の黒表紙教科書には、「数と計算」の内容が多く占められていた。この時代には、小学校令に学齢児童の就学が父母後見人等の義務であることが明記されたこともあり、就学率が劇的な増加をみせた。また、算数の内容は厳格な数え主義のもとで「数と計算」を中心に構築されていったが、それは国家としての教育制度を確立する上で強力な推進力を担うものであったが、当時の子どもの認識の発達を考慮したものではなかった。  大正時代になると、国民の生活が経済的に安定してきたことを受け、子どもの教育への関心が高まってくるようになった。さらに大正自由教育運動によって、教育のあり方が再度問い直されるようになった。それは教育を大人の立場からではなく、子どもの立場から創りあげていこうという姿勢を生み出すこととなった。しかし、数え主義の影響は強く、固定教科書の内容が大幅に変わるということはなかった。それでも除々に子どもの立場で教育を考える姿勢が浸透していき、1935年には緑表紙教科書が発行された。この教科書は、数学・生活そして子どもの認識という3者を踏まえて教育内容を設定しており、日本の算数教科書史において、その斬新さと内容の充実の度合いは群を抜くものであった。また黒表紙教科書と比べて編纂方針も、計算技術や数量だけでなく、図形なども取り入れ数理的な思想を養う傾向になった。さらに訓練・注入的な指導方も、子どもの認識を重視し、自発的な活動を主とする指導方へと変化していった。  1930年代の日本は、満州事変や5.15事件・2.26事件がある中、植民地の拡大とファシズムという方法で、こうした局面を打開しようとするようになっていた。学校教育もこうした社会の変動に大きく左右されることとなる。
  • レポート 教育学 黒表紙教科書 学習指導要領 ゆとり教育 大正時代 算数科の歴史
  • 550 販売中 2006/07/08
  • 閲覧(2,750)
  • 算数科教育法
  • 算数科教育の歴史(黒表紙教科書、緑表紙教科書、水色表紙教書、単元学習、現代化、ゆとり)について述べ、それらの教育内容を自分の視点で考察せよ。上記を踏まえ、2002年度完全実施の学習指導要領(算数科)の特徴について述べ、その教育内容を自分の視点で考察せよ。  算数科教育の将来のあり方を考えていくうえで大切なのが今までの算数科の歴史に目をむけることである。そのことにより、現代の算数科教育の現状やこれからの方向性が見えてくるのである。このリポートでは、戦前から現代までの算数科教育の変遷をたどりながら、教育内容などをまとめていきたいと思う。 国定教科書制度導入(1890-1910) この時代富国強兵制度のもと日本の教育制度は、着々と整えられていった時代であった。就学率は、1910年には約98.14%と高い数値であった。さらに教育制度を整えるために国定教科書制度が導入されることとなったのである。1905年に藤沢利喜太郎によって第一期国定教科書・黒表紙教科書が出された。内容は、数え主義による数計算中心であった。 子どもの教育への関心の高まり(1910-1940)  大正自由教育運動によって子ども
  • 歴史 日本 子ども 戦争 社会 教師 学校 学習指導要領 生きる力 学習 B評価
  • 550 販売中 2009/06/30
  • 閲覧(1,594)
  • 算数指導案「角」
  • 1.日時  (略) 2.単元名 「だれのぼうしかな?」 3.本時の目標  角の定義として、「1点から出ている2本の半直線でできる形」という認識ができるようにするとともに、辺の長さと角の大きさとは関係性がないことを理解させる。 4.本時の教材観・生徒観・指導観 教材観‥基本的な図形や、その構成要素である角などについての指導系統は、第1学年「C 図形」の「(1)ア ものの形を認めたり,形の特徴をとらえたりすること」や、第2学年「C 図形」の「(1)イ 三角形,四角形などについて知り,それらをかいたり作ったりすること」などによって重点的に指導された後、学年を追って理解を深めていくこととなる。これらを踏まえたうえで、第3学年においては、それまで図形を構成する一要素としての認識だった「角」に焦点を当て、その概念についてとらえる学習が必要となる。  角の概念の導入に当たっては、?1点から出る2本の半直線でできる形、という静的な考え方、?1つの点の周りを半直線が回転したときにできる形、という動的な考え方の2種類が考えられる。ここでの導入においては、既習の基本的な図形や図形の構成要素等を土台とすること、第4学年の「B 量と測定」の「(2)ア 角の大きさを回転の大きさとしてとらえ,その単位と測定の意味について理解すること」によって量としての角を扱うこと、などを考えると、静的な扱いから入ってしだいに回転の角へと概念を広げていくことが望ましいと考える。  本学年での学習を踏まえたうえで、第5学年での「並行や垂直」の概念の導入、さらには第6学年での立体図形の理解などにつながる、長期的な系統性をもった図形認識の一段階として、本時の学習は欠かすことができない。
  • レポート 教育学 算数 指導案 導入
  • 550 販売中 2005/12/13
  • 閲覧(4,467)
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