資料:9件
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部落差別と教育
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?同和教育とは何か
徳川幕府に制定された「士農工商」の身分制度が確定されて以来、「士農工商」の下に「穢多・非人」という人間扱いされない身分として職業・住居・交際など厳しく差別を受け、厳しい税などで圧迫された最下層身分の農民の反抗を防止するためそのはけ口として設定されたらしいが、現在までそれが潜在的に継続されている社会身分問題が同和問題である。
明治時代になって身分解放が布告されたものの、具体的に生活を保障する政策が何ら講じられることもなく、逆に独占権をもっていた部落独自の職業が身分解放によって他の身分の人たちに奪われる形となり貧困状態は相変わらずだった。また、近世以来、同和地区と呼ばれる一定区域の居住を強いられたが、それも改善されることなく現在も社会生活のいろいろな面で差別を受けている。その中で教育に関しては同和地区の人々は未だに教育機会が均等化されておらず、進路の選択自由も制限されている。世界では多民族国家がほとんどで差別といえば人種差別が大半であるが、単民族国家であっても(日本はアイヌ民族も含めて多民族国家という説もあるがここでは単民族国家とする)人種・宗教に関係なく、一部に差別の事実があるということを全面的に認識してもらい、それらを撤廃してあらゆる差別を否定する観念をもった人間を育てる教育活動が大切である。それが同和問題の解決にもつながることになろう。
○同和教育の視点
同和教育の根底には当然、基本的人権の尊重がある。さらにその前提として人間とは何か、人間とはどうあるべきか、はてまた人権とは何かを常に念頭におく必要がある。小学校のころから折に触れてその話題を取り上げ、また、急速に便利になっていく社会で人間疎外という問題が現われている現在、人間模様を描いた著書や映画などを見せたり、特別活動を大いに活用して集団生活を体験させたりして人間性を育てる。
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部落差別と同和教育
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明治40年代において政府が公文書の中でとくに特に差別を受けているところを部落差別と呼んでいたらしいのだが、このような事実はたいへん空しいものである。一般の市民の中だけの差別にとどまらず、国家の力が加わってしまっては、反抗するのにも苦労したであろう姿が目に浮かびそうなものである。また、この存在が現代においても残っており、高齢者の中には被差別部落を表現する人がいるということを聞き、たいへんショックをうけました。この状態は本当に四面楚歌ではないかと思いました。必死に生きていても、自分の存在を否定されているような感覚があったのではないかと考えるととても辛くなってきました。現代においても学校現場において、いじめの存在は見逃せないほどある。現代においても、やはり過去の部落差別のような考え方が現代のいじめとして根強く残っているのではないかと思う。人を蔑み、人を拒否することのむなしさを知らないからこのようになっているのではないだろうか。
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部落差別の成立と展開
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部落差別の成立と展開
1 はじめに
小学校、中学校と歴史の授業では「士農工商」という言葉を習った。その時の説明が、「農民は士農工商の
中で一番貧しく、粗末な暮らしをしているので、せめて身分だけでも二番目にしよう。しかし、それならば商
人が怒るので、穢多、非人を設けよう。」だった。その時は、その説明に納得したが、今ならその説明がいかに
誤っているかが分かる。本稿は、『「これでわかった!部落の歴史」[2004]上杉聰』を読んでその要約と私の感
想、意見をまとめたものである。章では、本文の要約をし、章では、この本を読んだ感想と私の意見を述
べている。この本は、10 回分の講義をそれぞれ掲載しているが、本稿では、主に時代区分して、4つの部に分
けている。
2 本文要約
2.1 部落とは
1993 年の総務庁による統計によれば、全国には「部落」の人達が 892,751人生活し、「同和地区」と呼ばれ
るものは、全国に 4442 地区ある。しかし、これらは政府が都合の良いようにまとめた可能性があるため、部
落の人々が「六千部落、三百万の兄弟」と言っているが、こちらが正しいのかもしれない。江戸時代において、
「穢多」「非人」以外に、「皮多」「藤内」等の呼び方が存在していた。1871 年の「賤民廃止令」によって、彼
らは全て平民へと編入され「新平民」という呼び方で統一されることになった。また、明治 20 年代に入って、
市町村合併が全国で行われ、新たに誕生した村と古くからの村を区別して、古くからの村のほうを「部落」と
呼ぶようになった。そこから、かつての穢多、非人の人達の集落を一般の部落と区別して、「特殊部落」と呼
ぶようになったが、戦後不適切な表現とされ、「未解放部落」、さらに「被差別部落」と呼ばれるようになった。
同時に、「同和」という言葉は、戦前、政府や行政の側からの「融和事業」などの表現に由来している。行政の
人間が特定の人を名指しすれば、差別になるので、「融和する事業」という婉曲的な表現が使われた。しかし、
戦時中に不徹底であるとの指摘があり、同和という言葉に変えられて現在へと至っている。このように、言葉
が統一されず、あいまいな理由は、政府、行政の側がこの部落問題について真剣に考えた事がないからであ
る。1章で述べたように、つい最近まで我々が学んできた「士農工商」の身分制度は誤りであった。この士農
工商という言葉は、本来古代中国の言葉であり、元々は身分制度ではなく、民衆を職業で分類した言葉であっ
た。よって、士農工商は、江戸時代における現実の身分制度を表すものではなかった。まず、「農民」「商人」
とは言わずに、「百姓」「町人」と呼び、「工」という身分が存在しなかった。即ち、「百姓」「町人」は身分名
であって、職業名ではないということである。このため、江戸時代の正式な身分は武士、百姓、町人から成り
立っていたと考えられ、また、士農工商のように四段階のピラミッド構造ではなく、一番上に武士がいて、そ
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の下に百姓、町人が同列に並ぶという構造であった。また、もう 1 つ大きな誤りは、部落の人々が身分制度の
最底辺であると認識されてきた事である。江戸時代の史料によれば、部落については、「外」「人外」「人交わ
りせず」という表現がされている。つまり、部落の人々は無視され、疎外されていたのである。明確な例が、
非人という言葉である。「人に非ず」という言葉であり、人間でないと言っており、「人の下」とは言っていな
い。彼らは、「人の外」と考えられていたのである。また、
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部落差別の原因と解決法
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部落差別の本質は身分的差別という点にあります。確かに、現在は身分差別を規定する法律や制度はありません。しかし、にもかかわらず、部落民は法や制度としての身分があるのと同じように差別されています。
1871年8月28日、明治政府は太政官布告により「穢多非人等ノ称廃セサレ候条、自今、身分職業トモ平民同様タルヘキ事」という“解放令”を発布しました。これにより江戸時代の被差別民は形式上一応、制度上の身分差別からは解放されることになりました。しかしながら、太政官布告の解放令は形式的なものにすぎなかったようです。それは単に蔑称を廃止し、身分と職業が平民並みに扱われることを宣明したに留まり、現実の社会における実質的な解放を保障するものではなかったのです。当時の政府は華族・士族という新しい支配的身分に対して現金や公債を与えて保護を加えたにもかかわらず、長い間、差別とそこからもたらされた貧困に苦しんできた被差別民の人々に対しては何ら金銭的な補助はなく、また、差別と貧困から解放するための政策も特に行なわれることはありませんでした。それでいて身分が平民同様ということで三大義務(納税・教育・兵役)を負わされ、結果、明治維新後も差別の実態は解消されず、深刻な社会問題として今日に至るのです。
解放令が出された同年4月には国民の動態を把握する必要から戸籍法を公布し、翌1872年2月から初めての全国的な戸籍づくりを実施しました。この戸籍は十二支の壬申の年にあたることから、壬申戸籍と呼ばれることになったそうです。江戸時代の戸籍“宗門人別改帳”が士・農・工・商・賤民という身分別に作られていたのに対し、壬申戸籍は全て住所ごとにまとめられ、華族・士族・平民等の族称や職業・宗教・前科等、その記載内容は詳細を極めていました。そして、戸籍法では第一則に臣民一般とは士族・祠官・僧侶・平民であると明記され、第三二則には穢多・非人等、平民と戸籍が同じでない者は別扱いである旨が規定されています。このことからも明らかなように、壬申戸籍は部落民を平民と別にする考えのもとに戸籍を見れば一目で判別できるように作られていたのです。
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『被差別部落の青春』を読んで
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この本を一読してみて思ったのは、なんといっても読みやすいということである。被差別部落の問題を扱ってる著書ということで、どことなく重い感じと読みづらそうなイメージがあったのだが、著書はインタビューとルポルタージュで構成されていて、すらすらと最後まで読んでしまえる本だった。著者である角岡氏も部落の出身(著書では「いわば混じりっけなしの純粋部落民」との表記)であり、部落問題に対していろいろと考えることのあったため、取材として実際に部落を訪ねて行って現地の人に話を聞くといった形式で本は展開していく。著者は昔とは変わってしまった部落の姿に少し当惑しているようだった。エピローグの部分で、著者は部落民なのに部落についてほとんど何も考えていない女性に出会う。部落についての-イメージや不安などについて尋ねるが取材に応じた女性は特にマイナスイメージも持ってなければ不安もないとあっけらかんに答える。
「こでれは取材にならへんなぁ…」私は思わず口走り、苦笑いをした。
ここで私が思うのは、著者はやはり『部落民=差別に苦しむor部落問題を真剣に考えている』といった構造を成り立たせたかったのではないかということである。このことは著書の細部に多々見受けられる。
幸いにして被差別経験はない。したがって部落差別を体験的に語ることができない。被差別部落に育った者が差別を語れないのでは、歌が歌えないかしゅみたいでなんだか変である。
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同和教育 科目最終試験 同和(部落)問題の歴史と差別問題やその解決に向けた取組の現況・今日的課題について論ぜよ。
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同和(部落)問題の歴史と差別問題やその解決に向けた取組の現況・今日的課題について論ぜよ。
第二次世界大戦が終わり、戦後の混乱も終息しはじめたころ、部落は戦前の劣悪な環境のまま行政からも放置され、民衆の部落に対する差別意識も以前と変わらない状況であった。雇用(就労)の面では、主要な生産関係から排除されたために「貧困」の状態に置かれ、そこから抜け出せなかった。また居住の面では、老朽化した狭く小さい住宅であったり、周辺は取り壊された家屋などが放置されゴミ捨て場のようになっているなど、「劣悪な環境」を余儀なくされていた。その結果として子供たちに十分な教育を受けさせることができずに、「貧困」「劣悪な環境
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