日本最大のレポートサイト HAPPYCAMPUS

検索オプション
  • 私のホーム
  • 私の資料
  • 私のMEMO
  • 資料広場
  • アップロード

連関資料 ::

資料:2,033件

  • 「もし私が15後にNPOを立ち上げるとしたら」
  • 1)15年後の社会やコミュニティの要請  日本は少子高齢化社会の真っ只中におかれるとともに、生産年齢人口が減少し、経済状態も不安定な状況に陥っている。そのなかでとられた政策は、出産奨励ではなく「量より質」という考え方に基づいた教育の充実化であった。文部科学省は今までと方針を変え、義務教育である小学校・中学校のうちにできるだけ知識を詰め込もうとし現在よりはるかに多くの分量を教科書に取り入れて、国民の学力向上をもくろんでいた。そして学力の高い少数精鋭部隊が、日本の経済を復興させてくれることを望んでいるのである。 2)15年後に私が置かれた立場  今から三年後、22歳で大学を卒業した私は、在学中に取得していた教員免許で見事中学校の国語の教員として採用され、10年余りが経過した。子供は小学校4年生になる息子と、2年生になる娘が一人ずつである。仕事も順調で、家庭も特に問題なくそれなりに幸せにくらしている。 3)NPOをたちあげることになったきっかけとNPOの活動内容  NPOをたちあげるきっかけとなったのは、息子が言った一言だった。「お父さん、僕、学校行きたくない。」息子からそんな言葉がでてくるなんて思いもよらなかったので、学校でいじめられているのかと聞いてみると、どうもそうではなく、学校の勉強についていけないことが原因のようだった。小学校ってそんなに勉強させたっけ?と疑問に思いながらも「教えてあげるよ。」と言って教科書を持ってこさせた。数分後、息子が持ってきた教科書を見て私は驚愕した。教科書の厚さが、自分の子供の頃の3倍近くあったのだ。驚いて息子に学校のことをいろいろと聞いてみると、現在学校では体育は週に一回しかなく、図工や音楽などは月に一回しかないと言う。友達は皆塾に行っていて、学校で友達と遊んだり部活をしたりすることなどほとんどないといった話だった。しかも学校での勉強はペースが速い上に量が多い。
  • レポート 総合政策学 リスク NPO 社会情勢 教育 問題
  • 550 販売中 2006/03/01
  • 閲覧(1,864)
  • ヴァルター・ベンヤミン『一九〇〇頃のベルリンの幼年時代』を読んで
  • ベンヤミンの文章の和訳に初めて触れた感想は、なんて意味深く、感慨深い文章なのだろう、というものであった。センテンスのひとつひとつに心を揺り動かされ、彼の幼年時代の経験と似たような自分の経験を探してみたり、そのようなものが見つからない場合には、彼の気持ちに近づいてみようとしたりした。彼の書きとめている事象は、ただの風景の描写であったり、遅刻や手伝いなどの日常の記録であるのにもかかわらず、その内容は、大変興味深いものであった。自分が普段何気なくしている捉え方に、疑問を投げかけざるを得なくなったのだ。まず、彼がこの文章を書いた経緯から驚かされた。思い出を、思い出として忘れないでいるために思い起こして書き留めたわけではなくて、亡命生活において、イメージが郷愁を呼び覚ますことのないように、「予防接種」として彼の内部に呼び起こしたというのである。 ここで、ベンヤミンの、時間の捉え方に注目したい。「ロッジア」で「この場所が忘却の手に落ちる前に、ときおり芸術が、ここを美しく輝かせようと試みたものだ。」とあり、「その壁に沿って幅広の帯状に走るポンペイ風の赤は、こうした取り残されてしまったところに淀んでいる時間に、まさにおあつらえ向きの背景だった。中庭のほうに開かれている、影の多いこの小さな空間のなかで、時間が古びていったのだ。」「私が自宅のロッジアで出会う午前は、すでにずっと以前から午前だったので、ほかのどこで出会う午前よりも、もっと午前そのものであるように思われた。私がここで午前が来るのを待つということは、決してありえなかった。つねに午前のほうが、すでにそこで私を待ち受けていた。私がそこに午前をやっと見つけ出したときには、午前はずっと前からそこにいた、というよりも、いわば流行おくれになってしまっていた。」とあった。また、「遅刻」では、「校庭の時計は私が犯した罪のせいで壊れているように見えた。」とあって、これらの表現の仕方から、ベンヤミンが、時間というものを、絶対的なものとしては捉えていないことが分かった。時間は、物理的には、規則的に進んでいくものであるが、彼は他のものとの関係性を持たせているのである。確かに、時間は、感じる側にとって、必ずしも一定の速度ではないだろう。まだ解答が終わらない時の試験終了間際10分や、盛り上がっているカラオケの終了前10分が、とても短いのに対して、つまらないと感じている授業の10分間は、とても長い。私達の生活は、常に時間と共に行われていく。時間という存在があって、その中に私達がいるといった、通常の考え方をするのか、私達の存在と生活があって、そこから時間が形成されていくというように、ベンヤミン的な考え方をするのかは、非常に意義がある問題だと考える。
  • レポート 海外文学 ヴァルター・ベンヤミン 文学 感想文
  • 550 販売中 2005/07/29
  • 閲覧(3,222)
新しくなった
ハッピーキャンパスの特徴
写真のアップロード
一括アップロード
管理ツールで資料管理
資料の情報を統計で確認
資料を更新する
更新前の資料とは?
履歴を確認とは?