一 Xの罪責について。
1 XはすでにA大学の代表権を失っているにもかかわらず、「A大学理事長X」という名義の職印を押印の上、同人の署名を付し、売買契約書を作成した。そこで、Xの行為が有印私文書偽造罪(159条1項)にあたるかが問題となる。
この点、偽造とは作成権限を有しない者が他人の名義を冒用して文書を作成することであるところ、まず、当該文書の「A大学理事長X」という表示が他人名義の冒用といえるかを検討し、次に、当該偽造文書をもって売買契約の現場に臨んだことから、偽造私文書等行使罪(161条2項)が成立しないかを検討する。
2 まず、当該文書の「A大学理事長X」という表示が他人名義の冒用といえるか。そこで、当該文書の名義人を誰と解するかが問題となる。
この点、代理人と本人を一体とする「A代理人X」という人格が名義人であり、そのような人物は存在しないから(架空人名義の文書)、一般人がそのような名前の人物が存在すると誤信しうる範囲で偽造罪が成立するとする見解がある。
しかし、この見解によると、虚偽の肩書きを冒用する場合についてもことごとく偽造とされてしまい、有形偽造の範囲が広がりすぎる。
そこで、偽造罪の保護法益は文書に対する公共の信用であるから、名義人が誰であるかということは一般公衆が何を信用するかという点から判断するべきである。よって、文章に対する公共的信用は、文書の効果帰属主体である本人が実際に文書の内容どおりの意思・観念を有しているという点に向けられるから、本人を名義人と考えるべきである。
したがって、効果帰属主体である本人が名義人であり、代理名義を冒用する場合は有形偽造となると解する。
これを本問についてみると、当該契約書は、A名義の文書となり、Xの行為は他人名義を冒用するため有形偽造となる。
【文書偽造罪】
一 Xの罪責について。
1 XはすでにA大学の代表権を失っているにもかかわらず、「A大学理事長X」という名義の職印を押印の上、同人の署名を付し、売買契約書を作成した。そこで、Xの行為が有印私文書偽造罪(159条1項)にあたるかが問題となる。
この点、偽造とは作成権限を有しない者が他人の名義を冒用して文書を作成することであるところ、まず、当該文書の「A大学理事長X」という表示が他人名義の冒用といえるかを検討し、次に、当該偽造文書をもって売買契約の現場に臨んだことから、偽造私文書等行使罪(161条2項)が成立しないかを検討する。
2 まず、当該文書の「A大学理事長X」という表示が他人名義の冒用といえるか。そこで、当該文書の名義人を誰と解するかが問題となる。
この点、代理人と本人を一体とする「A代理人X」という人格が名義人であり、そのような人物は存在しないから(架空人名義の文書)、一般人がそのような名前の人物が存在すると誤信しうる範囲で偽造罪が成立するとする見解がある。
しかし、この見解によると、虚偽の肩書きを冒用する場合についてもことごとく偽造とされてしまい、有形...