1、はじめに
諸学の礎を築いたアリストテレスと、その師、プラトンの更に師であるソクラテス。両者は「知を愛し求めた」という点においては共通しているが、その方法、内容については、多くの相違点が見られる。そこで「探求方法」、「アリストテレスのソクラテス批判」という観点を中心に、この二人の哲学を見ていきたい。
2、ソクラテスの探求法
「ソクラテス以上の賢者は一人もいない」というデルフォイの神託に納得のいかないソクラテスは、当時の賢人とされる人々に、「よく生きるということはどういうことであるか」と問い、自分よりも賢い誰かを探すことによって、これに反証しようと試みた。しかし、自分を含め、その問についてすべてを知っている者は居ないことに気づき、「自分は知らないということを自覚している点において、他の者より少しは知恵がある」と神託を解釈した。
ソクラテスの生活はこれを契機に変わったのだ、と村井氏は述べる。
彼はこの神託の教えに従って人びとに人間的智恵をすすめること、すなわちいわゆる無智の知に向かって自分の知識を吟味すること、また彼の得意な表現に従えば「魂(プシュケー)」の世話をする」こと、「自己自身の世話をする」こと、「徳(アレテー)の世話をする」こと、などへの勧告を自分の使命と感じ、「神に対する奉仕のために」一切を顧みないことを志したのである。(村井実『ソクラテスの思想と教育』1972 P63)
ソクラテスは、街に出ては人をつかまえ、「対話」し、「無知の知」を自覚させた上で「本質」を追求するべく議論をかさねたわけである。この方法は、相手が知識を生む手助けをすることから「助産術」と呼ばれる問答法だが、名前からもわかるように、当然相手は「陣痛」という苦痛を伴うことになる。ソクラテスが、自身を「アブ」にたとえたことも、相手に痛みを与えるということから来ているのだろう。
1、はじめに
諸学の礎を築いたアリストテレスと、その師、プラトンの更に師であるソクラテス。両者は「知を愛し求めた」という点においては共通しているが、その方法、内容については、多くの相違点が見られる。そこで「探求方法」、「アリストテレスのソクラテス批判」という観点を中心に、この二人の哲学を見ていきたい。
2、ソクラテスの探求法
「ソクラテス以上の賢者は一人もいない」というデルフォイの神託に納得のいかないソクラテスは、当時の賢人とされる人々に、「よく生きるということはどういうことであるか」と問い、自分よりも賢い誰かを探すことによって、これに反証しようと試みた。しかし、自分を含め、その問についてすべてを知っている者は居ないことに気づき、「自分は知らないということを自覚している点において、他の者より少しは知恵がある」と神託を解釈した。
ソクラテスの生活はこれを契機に変わったのだ、と村井氏は述べる。
彼はこの神託の教えに従って人びとに人間的智恵をすすめること、すなわちいわゆる無智の知に向かって自分の知識を吟味すること、また彼の得意な表現に従えば「魂(プシュケー)」の世話をする」こと、...