教師に求められる資質について考察するにあたっては、まず教員の資質とその歴史的返還から考えていかなければならない。
歴史的に見ると、戦前期の教員に求められた資質と戦後になり転換を遂げた教員の在り方、そして近代の教師の在り方を経て、現在の様々な社会状況からの反省により、現代の教師に求められる資質というように分かれる。
まず、戦前期における教員の在り方は天皇制国家の忠良な臣民育成のための直接的な担い手とされ、天皇制絶対主義国家が規定する教育目的を至上命題とする教育であったことより、教員は子供に道徳的感化を与えうる人格の指導者であり、いわゆる聖職者として在ることが求められていた。しかし、この聖職者論は、戦後になり徐々に返還を遂げていく。それは、民主化政策の中で基本的人権の尊重の考えに基づく教師労働者論である。
労働者論は聖職者論より踏み出たものであり、日本教職員組合の「教師の倫理綱領」に顕著である。
この二つの論は今なお議論されるものであるが、聖職者論は教職という職業の性質上厳格な倫理が求められるもので、その意味で的を得ている。しかし、労働者論に関しても、教師の人権を守る上で必要なものであり、この二通りの考え方は互いにバランスを取られるべきである。この考えを反映したものが、近代における教師専門職論といえる。しかしながら、現代の教育が様々の問題を含んでいるといわれるように、安易な労働者観に陥ってしまわないように、その使命感、情熱などの倫理は守られるべきである。
以上のような歴史的背景を踏まえると、現代社会において、教育の果たす役割は非常に大きく、その時代の社会状況と照らし合わせて常に過去の教育が反省されるべきであって、求められる教員の資質として改革されていくべきである。
現代の教師に求められる資質について
教師に求められる資質について考察するにあたっては、まず教員の資質とその歴史的返還から考えていかなければならない。
歴史的に見ると、戦前期の教員に求められた資質と戦後になり転換を遂げた教員の在り方、そして近代の教師の在り方を経て、現在の様々な社会状況からの反省により、現代の教師に求められる資質というように分かれる。
まず、戦前期における教員の在り方は天皇制国家の忠良な臣民育成のための直接的な担い手とされ、天皇制絶対主義国家が規定する教育目的を至上命題とする教育であったことより、教員は子供に道徳的感化を与えうる人格の指導者であり、いわゆる聖職者として在ることが求められていた。しかし、この聖職者論は、戦後になり徐々に返還を遂げていく。それは、民主化政策の中で基本的人権の尊重の考えに基づく教師労働者論である。
労働者論は聖職者論より踏み出たものであり、日本教職員組合の「教師の倫理綱領」に顕著である。
この二つの論は今なお議論されるものであるが、聖職者論は教職という職業の性質上厳格な倫理が求められるもので、その意味で的を得ている。しかし、労働者論に関し...