≪内容≫
1.類似性から依拠性を推定することの法的意味は何か
2.上記が立証責任の転換であるとして、原告の立証負担を緩和させる手段はないか
1 基本事項
1.1 証明責任とは
証拠調べを尽くしても(自由心証が尽きても)ある要件事実(主要事実)の存否が真偽不明の場合に、判決においてその事実を要件とする自己に有利な法律効果が認められないという一方当事者の不利益ないし危険を、(客観的)証明責任という。
1.2 証明責任の対象
定義から、証明責任の対象は主要事実に限られる。すると、依拠性判断における主要事実は何かが問題となる。この点、著作権法は「依拠」要件を、法文上明記しないため必ずしも明らかではないが、以下のように解するのが妥当であろう。
すなわち、被告が「アクセスがあったこと」を主張立証し、それに対する抗弁として原告が「独自制作」(アクセスはあったがなお独自に作ったという抗弁)を主張立証するべきである。そうすると、「アクセスがあったこと」は主要事実となり、証明責任を考える対象となる。
1.3 証明の程度
証明の程度については、「高度の蓋然性説」が判例通説のとる立場である。すなわち、「経験則に照らして、全証拠を総合検討し、・・・高度の蓋然性を証明すること」が要求される。そして、その判断は、「通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要年、かつ、それで足りる」とする 。
1.4 証明責任の分配
各主要事実につき、いずれの当事者が証明責任を負うべきかについては、原則として、自己に有利な法律効果の発生を定める適用法規の要件事実につき証明責任を負うとする法律要件分類説が通説判例である。
著作権侵害を理由とする請求は、不法行為責任追及の一類型だといえるから、法律要件分類説に従えば、被告側が証明責任を負うべきである。
2 類似性が肯定された場合の依拠性判断
2.1 実務の現状(依拠性の推定)
ところで、実務では、類似性が肯定された場合、そのことから依拠性が推定されることが多い。そのことの是非については、先の班の発表を参照されたい。仮に、かかる推定が妥当でないとなれば、原則どおり被告が証明責任を負うのであって問題ない。ここでは、かかる推定が行われることを前提に、それでもなお、一定の類型について原告の主張立証の負担を緩和できないかということを考察する。
2.2 依拠性の推定の法的意味
まず、類似性から依拠性を推定することの法的意味について考えたい。類似性から依拠性を推定するという過程は、自由心証の一作用としての経験則である。当該経験則が高度の蓋然性を持つゆえに、前提事実の証明(類似性)をもって、推定事実(依拠性)の心証が一挙に証明度に近づいているといえるから、民事訴訟法において主に過失の推認について議論されておきた「一応の推定」と呼ばれる推定方法にあたるといえよう 。
そして、「一応の推定」に共通する特徴として、一般の事実上推定(経験則による推定)と以下の点で異なっていることが指摘できる。すなわち、証明(ないし認定)対象が抽象的・不特定的である点である。一般の事実上推定では、証明の対象となるのは、具体的・特定的に主張された事実である。しかし、依拠性の推定においては、具体的なアクセス経路に特定することなく、依拠性が推定される。そして、その結果、原告としては、あらゆるアクセス経路について(本件では、物理的なアクセス及びインターネットによるアクセス)、立証活動(反証活動)を行う必要が生じる。
2.3 依拠性の推定の効果
依拠性の推定が、「一応の推定」の一種であるとすると、証明責任の転換までは行われていないはずである(反対説もあるが、そう解するのが通説である)。原告の立証負担は、証明責任の転換が行われるか否かによって、論理的には大きく異なる。つまり、立証責任が転換されなければ真偽不明に持ち込めば勝訴できるが(下図①)、立証責任が転換されれば、原告は「アクセスがなかったこと」につき高度の蓋然性をもって証明する必要があるからである(下図②)。
しかし、「一応の推定」の場合、証明責任が転換されたと見るか否かで生じる立証負担の差は、実際上は紙一重ではないかとの指摘もなされている 。すなわち、建前上、立証責任が転換されていないとしても、事実上、原告に課せられる立証負担は、立証責任が転換された場合のそれと同程度に重いのではないかと思われる。
そうだとすると、原告の立証負担を緩和するべく、何らかの法的な理論構成はできないか、という問題が提起される。以下では、簡単のため、立証責任が転換された場合を想定して、論じる。
3 原告の立証負担の軽減
3.1 原告の立証負担を軽減する理由
原告の立証負担を軽減するべき法理論が要求される理由は、まず、立証の困難性にある。すなわち、原告の立証命題は「アクセスがなかったこと」であるが、かかる消極的事実の証明は一般に困難である(悪魔の証明)。さらに、インターネットの出現により、いつでも・どこからでも、場所的移動・金銭的負担を伴うことなく、著作物にアクセスできるようになった結果(携帯電話によるアクセスを想起されたい)、ますます「アクセスがなかったこと」の証明の困難性は上がっている。
さらに、創作者たる原告に過度の立証負担を課すことは、当該請求の根拠法規たる著作権法の趣旨からしても妥当でない。そもそも、著作権侵害に依拠性が要件とされる趣旨は、他の創作者の創作意欲の担保にあると考える。著作権は創作だけで直ちに発生し、公示されない(登録等を効力発生要件としない)ため、依拠性要件がなければ、新たな創作者は常に他者の著作権を侵害するリスクを負い、創作に対して萎縮してしまうことになる。しかしこれは創作を奨励する著作権法の趣旨に反するため、依拠性要件が課されているのである。そうだとすれば、依拠性要件を否定するために必要とされる主張立証の程度は、創作者に過度の負担となるようなものであってはならない。
3.2 具体的な手法
(1) 証明度の引下げ
まず、証明度の引下げが考えられる。証明責任を負う当事者の主張事実が相手方の主張事実と比較してより真実らしいという程度をもって証明度とする、優先的蓋然性説をとれば、高度の蓋然性説と比べて、相対的に立証負担が軽減する(下図③)。かかる見解は、有力に主張されているものの、通説的な見解には至っていない 。
また、事案の特殊性に鑑み、証明度につき「相当程度の蓋然性」で足りるとした高裁判例も存在するが、かかる主張は、上告審で明確に否定されている 。以上より、判例は高度の蓋然性説を堅持しており、証明度の一般的引下げはもちろん、依拠性否定の証明の困難さを理由に、個別に証明度を引き下げるべきとの主張も認められる可能性は、ほとんどないと言わざるを得ないだろう。
(2) 事実解明義務
次に、被告に事実解明義務を認めることで、原告の立証負担を軽減することが考えられる。論者は、医療過誤訴訟を念頭に置き、以下のように述べる 。すなわち、①証明責任を負う当事者が自己の権利主張について合理的な基礎があることを明らかにする手懸りを示すこと、②この者が客観的に事実解明をなし得ない状況にあること、③そのことに非難可能性のないこと、④証明責任を負わない相手方の方が容易に事実を解明することができその期待可能性がある場合には、証明責任を負わない相手方当事者に事実解明義務が生じ、相手方がこの義務を果たさない場合には、証明責任を負う当事者の主張を真実だと擬制する。
依拠性に関する本件に適用する際には、要件②を「事実解明をなすことが困難であること」に緩和する必要があるが、なお使える理論であろう。本件に即して言えば、被告は、原告からインターネットによるアクセスがあったかなかったかにつき記録を提出する義務を負い、かかる義務を履行しなかった場合には、アクセスがなかったと認定してよいことになる(証明妨害の法理に近い)。
仮に、かかる認定が出来ないとしても、事実解明ができるのにしないという事実から、事実解明をすれば不利な結果が生じるからであろうと経験則上推定できるので、その点でも、原告の立証負担が緩和される(反証提出責任の法理に近い)(下図④)。
因果関係の立証についての判示である(最判昭和50年10月24日民集29巻9号1417頁)。
新堂幸司「新民事訴訟法(第四版)」(2008、弘文堂)542頁、中野貞一郎「過失の推認」(1978年、弘文堂)16~18頁
藤原弘道「民事裁判と証明」(2001年、有信堂)77~80頁
伊藤眞「証明度をめぐる諸問題―手続的正義と実体的真実の調和を求めて」(2002年、判タ1098号)10~12頁、高橋宏志「重点講義 民事訴訟法(上)」(2005年、有斐閣)518頁
最判平成12年7月18日判時1724号29頁(原爆被害者医療給付認定申請却下処分取消請求事件)
高橋宏志「重点講義 民事訴訟法(上)」(2005年、有斐閣)510頁
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口頭弁論終結時
類似性肯定時
訴え提起時
①証明責任の転換なし
②証明責任の転換あり
○:アクセスあり、△:真偽不明、×:アクセスなし
△
○:アクセスあり、△:真偽不明、×:アクセスなし
③証明度の一般的引下げ
訴え提起時
類似性肯定時
口頭弁論終結時
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事実解明義務違反時
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④事実解明義務違反の考慮