自由主義史観をめぐって

閲覧数973
ダウンロード数1
履歴確認

    • ページ数 : 1ページ
    • 会員550円 | 非会員660円

    資料紹介

     明星大学教授の高橋史朗は、著書『平和教育のパラダイム転換』の中で現在の平和教育をこのように批判する。
     今の平和を充実して生きることを教えないで、平和を「合言葉」としてのみ教えてきたツケが回ってきたのである。戦争がない今の生活をいかに生き甲斐をもってイキイキワクワクする心で充実して生きるか、という「日常の教育」の視点が戦後の平和教育には完全に欠落していたのである。
     戦後の平和教育論の致命的欠陥の一つは、このような「今ここを充実して生きる」という生き方教育がすっぽり抜け落ちた形で、平和を「合言葉」としてのみ教えてきた「平和念仏主義」にあった。
     これはまさに消極的平和に基づいた考えではないだろうか。「戦争がない今の生活」に満足し、充実した日々を送ることを平和教育の目標としているが、それは憲法の精神にも教育基本法の精神にも反する「一国平和主義」であると言える。

    資料の原本内容 ( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    自由主義史観をめぐって
     明星大学教授の高橋史朗は、著書『平和教育のパラダイム転換』の中で現在の平和教育をこのように批判する。
      今の平和を充実して生きることを教えないで、平和を「合言葉」としてのみ教えてきたツケが回ってきたのである。戦争がない今の生活をいかに生き甲斐をもってイキイキワクワクする心で充実して生きるか、という「日常の教育」の視点が戦後の平和教育には完全に欠落していたのである。
      戦後の平和教育論の致命的欠陥の一つは、このような「今ここを充実して生きる」という生き方教育がすっぽり抜け落ちた形で、平和を「合言葉」としてのみ教えてきた「平和念仏主義」にあった。
     これはまさに消極的...

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。