○ 2人の女優の影響力
「アメリカではセクシーが、日本ではチャーミングが女性の最も喜ぶ誉め言葉」という記事を読んだことがある。女性の評価基準において可憐に見えること、華奢であることがセクシーであることよりも上位に置かれる文化で、マリリン・モンローよりオードリー・ヘップバーンに人気が集まるのは当然のことであろう。マリリン・モンローの発散する過剰なまでの女性性は(これもまたハリウッドの演出によるものであるのだが)、日本人にとってはある種の脅威であり、とても手に負えないシロモノなのである。マリリン・モンローは眺め、崇めるための対象であり、近寄りがたい存在なのだ。それに比べて黒い髪、黒い瞳でボーイッシュな体型のオードリーは、私たち日本人にも親しみやすい、より近しい存在に思える。どんなに望んでもモンローのような肉体は手にいれられないけれど(叶姉妹なる人たちの登場で最近はそうも言えなくなってしまったが)、ダイエットさえすればオードリーのような体型にはなれるかもしれないという気にもさせてくれる。
スターだけれど手が届きそうな存在。そう感じられる背景には、オードリーが「普通の女の子から洗練された大人の女性に」という、若い女性にとって感情移入しやすい役柄を演じ続けてきたこともあるだろう。
若くして悲劇的な死を迎え、すでに神話化されたモンローとは違って、後年は女優業よりもユニセフの仕事に没頭し、白髪を染めることもなく、目尻や額に刻まれた深い皺を隠すこともせずに、あるがままの姿を公衆の前に晒していたオードリーの姿に、多くの女性たちは共感を覚えたのではないだろうか。そんなところにも彼女のいつまでも衰えない人気の秘密があるのかもしれない
ダイエットの歴史 ~マスメディアを通じて~
○ 2人の女優の影響力
「アメリカではセクシーが、日本ではチャーミングが女性の最も喜ぶ誉め言葉」という記事を読んだことがある。女性の評価基準において可憐に見えること、華奢であることがセクシーであることよりも上位に置かれる文化で、マリリン・モンローよりオードリー・ヘップバーンに人気が集まるのは当然のことであろう。マリリン・モンローの発散する過剰なまでの女性性は(これもまたハリウッドの演出によるものであるのだが)、日本人にとってはある種の脅威であり、とても手に負えないシロモノなのである。マリリン・モンローは眺め、崇めるための対象であり、近寄りがたい存在なのだ。それに比べて黒い髪、黒い瞳でボーイッシュな体型のオードリーは、私たち日本人にも親しみやすい、より近しい存在に思える。どんなに望んでもモンローのような肉体は手にいれられないけれど(叶姉妹なる人たちの登場で最近はそう...