この文章を読んで一番に驚いたのは、木下杢太郎の話から戦争の話、戦時中の思想家のあり方、そして天皇制への異議と、その話の広がり方にあったが、二番目に驚いたのはその率直に書かれた内容だった。授業で取り上げられた『デカルトのポリティーク』を念頭に置きながら読んでいたため、授業で深読みをされた部分が隠されることもなくオブラートに包まれるでもなくそのまま文章にされていることに少々戸惑いを覚えた。何故戦時中に思想家達はデカルトやソクラテスを範としなかったのか、といったことや反軍国主義的記述、反天皇制的記述、こうしたことは隠されてしかるべき物ではなかったのか。“裏”があることを前提に読んでいたのに、肩透かしを食った、そんな気分だった。だが、書かれたのは直後とはいえ戦後だったのだから、世相的にいわゆる反語から解放されていたとしてもおかしくはないのかもしれない。そうも思いかけた。
『林達夫の背負ったもの』
~林達夫『反語的精神』~
引用は全て【林達夫『林達夫セレクション1』平凡社 二〇〇〇年発行】から抜き出したものであり、本文中の頁数、行数はそれに付随する。
この文章を読んで一番に驚いたのは、木下杢太郎の話から戦争の話、戦時中の思想家のあり方、そして天皇制への異議と、その話の広がり方にあったが、二番目に驚いたのはその率直に書かれた内容だった。授業で取り上げられた『デカルトのポリティーク』を念頭に置きながら読んでいたため、授業で深読みをされた部分が隠されることもなくオブラートに包まれるでもなくそのまま文章にされていることに少々戸惑いを覚えた。何故戦時中に思想家達はデカルトやソクラテスを範としなかったのか、といったことや反軍国主義的記述、反天皇制的記述、こうしたことは隠されてしかるべき物ではなかったのか。“裏”があることを前提に読んでいたのに、肩透かしを食った、そんな気分だった。だが、書かれたのは直後とはいえ戦後だったのだから、世相的にいわゆる反語から解放されていたとしてもおかしくはないのかもしれない。そうも思いかけた。
しかし、林達夫...