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連関資料 :: 問題

資料:1,327件

  • 大学生の学力低下問題について
  •  学生の学力低下の象徴として、大学生の2割が簡単な分数計算もできないことをあげている。しかし、この調査結果は信頼性があるのか疑問である。なぜならば、ケアレスミスをする確率を補正してあるのか。また、小、中、高校生、社会人にも同じ問題を出したのか。もし小中高と学年が上がるに連れて間違える割合が減っているならば、これは教育の成果とも言えるだろう。  また、分数計算ができるかできないかというのが学力を図る試金石となり得るかどうか疑問である。確かに分数計算は簡単な計算であり、通分などの方法を覚えれば簡単にできる。しかし、分数という世界の概念を知っている人はどれだけいるのだろうか。  例えば、1/5÷3/4 で、なぜ3/4をひっくり返してかけるのかを正確に説明できる人はどれだけいるのかということである。
  • レポート 教育学 大学生 学力低下 分数
  • 550 販売中 2006/01/11
  • 閲覧(3,387)
  • 日本の地域社会の問題について
  • 工業化とは、産業革命以来の工業の発展によってもたらされた、様々な社会の変動をいう。伝統的社会では、牛馬のような生物的動カに頼り、比較的低度な技術により生産が行なわれていたが、近代社会では化石燃料や電力による機械的動力と高度な技術を用いて生産が行なわれるようになった。生産は分業により能率よく行なわれ、商品は市場にて売買される。活動も第1次産業〜第2・3次産業へ移り、農業も家業だけでなく産業として経営されるようになった。以上のような変動を工業化あるいは産業化と呼ぶ。 。
  • レポート 福祉学 日本 地域社会 問題
  • 5,500 販売中 2006/01/14
  • 閲覧(4,106)
  • 民法 債権各論 問題
  • 民法 債権各論の問題 就職活動を控えたA男は、スーツをつくることにした。せっかくなのでオーダーメイドのスーツを作ろうと思い、バイトでためた5万円を持って、紳士服店を経営するBの所を訪れた。Bの店では、客が洋服の布地を選んで、客のサイズに合わせてスーツを仕立ててくれる方式になっていた。A男はBの店で、気に入った柄の布地をみつけた。その布地はイタリア製の高級布地だった。A男はその布地でスーツを仕立ててもらうことにしてスーツをできあがったら、A男がBの店に来て商品の受け取りと同時に代金5万を払う約束でBに注文をした。しかし、約束の日になってA男が店を訪れると、Bによると注文通りつくって倉庫に保管していたら放火によって倉庫が焼け袖がやけてしまったという。仕方がないので、残りの部分で仕立て直し半袖のスーツになった。Aからすると主食活動に使えないのでスーツを引き取れないし、代金を払えないと主張した。しかしBは、スーツが燃えたことに責任は無く、Aは代金を払うべきだと主張し、さらに、その布地は新しく作るために新たにイタリアから再輸入しなくてはならず輸入代だけで20万となるとしてAの請求に応じようとしない。結局AはBに代金を支払ってしまったという事例がある。
  • レポート 法学 債権法 問題 債権各論
  • 550 販売中 2005/11/06
  • 閲覧(5,091)
  • 日本におけるメディアと政治の問題
  •  日本では、政治とメディアとは、非常に深いかかわりを持っているといえるだろう。メディアがある政党に注目し、よく取り上げていた影響で、その政党の支持率が上がることは、一例として挙げられる。これは、読売ジャイアンツの人気があるのと、同じ効果であるといえるだろう。ジャイアンツ戦はよくテレビ中継される。このことは、テレビ中継されることが少ないほかの球団と比べ、ファンを獲得しやすい状況を作り出している。ジャイアンツへの支持率が高く、人気があるのはこのためだといえる。人間は、目にする回数が多ければ多いほど、その事柄が、記憶に残るようにできている。したがって、メディアに取り上げられることの多い政治家は、高い支持率を得ることが多いのである。その例として挙げられるのが、田中真紀子元外務大臣や小泉純一郎首相の例である。  特に、小泉純一郎が首相になる背景には、メディアの力が大きく働いていたように思う。小泉純一郎政権を作り出したのは、メディアの力であるといっても、過言ではないだろう。わたしは当初から、彼がなぜ人気があるのか、なぜあんなにも高い支持率を得られるのか、不思議だった。彼にそこまでのカリスマ性があるとも思えなかったし、特別、政治能力の高い人物のようにも感じなかった。事実、彼は現在に至るまで、公約をほとんど実現できていないのである。それなのに、今なお、彼を支持する人は少なくない。他の政権時と比べたら非常に高いといえる支持率を、今現在も維持しているのである。次の首相として、適任者がいないことも理由として挙げられるだろうが、公約を十分に実現できていない首相にこれだけの支持率が集まる理由はもっとほかのところにあるのではないだろうか。
  • レポート 社会学 政治 メディア メディア・ポピュリズム
  • 550 販売中 2005/12/03
  • 閲覧(6,124)
  • 地球環境「ゴミ問題
  • 現状、問題発生のメカニズム、背景 人間が生活していく上で、必ずゴミは出る。本当にすべてがゴミなのだろうか。 現代社会ではゴミが出すぎているのではないのだろうか。例えばスーパーで買い物したとする。野菜・お菓子・魚・肉類、何を購入してもすべて綺麗に包装されている。そして、中には、綺麗に個別包装されているものまである。確かに、衛生的で手も汚れないそして見た目にも美しい。しかし、その生活に伴ってゴミの量は増えている。 日本のゴミ総量は年間約5000万トンを超えている。これは東京ドーム約136杯分に換算することが出来る。国民一人当たりに換算すると1日あたり約1100グラムになる。身近な大阪の問題を挙げてみる。大阪府が一年間に排出するゴミの総量は約430万トン。これは東京都の約520万トンに続き日本で2番目にゴミの多い都市であることを表す。しかし、この量を人口から見ると、東京都の人口は約1,180万人に対して、大阪府の人口は約880万人。これを1日1人あたりが出すゴミの量に換算すると、東京都約1200グラム大阪府約1350グラムである。全国第1位のゴミの都市である。
  • ゴミ問題 地球環境 エコ
  • 550 販売中 2008/07/14
  • 閲覧(4,784)
  • 子どもたちをめぐる南北問題
  • 子どもたちをめぐる南北問題 選択文献 「いま、地球の子供たちは」 NHK取材班 編  角川書店 1.文献の選択理由(動機)  以前から、子どもに大変興味があり、保育士になりたいと思っていた。しかし、福祉についてもっと広く学びたいと思い、本学へ入学した。今まで、講義やゼミを通して、戦争が子どもに与える影響についてや、子どもの権利条約などを学び、議論や発表をしたこともあり、社会福祉の中でも子どもへの関心がより一層深まった。また、一昨年には、知的障害児通園施設に実習へ行き、障害をもつ子どもそしてその母親の生活について、また施設・職員の役割や意味についてなど、大変多くのことを学ばせていただいた。  そして今回、国際問題を受講し、世界中で様々な問題を抱える国(社会)が存在することを知ることができた。そこで、社会の変化や政治的決断が子どもたちにどのような影響をもたらすのかを知り、そして何が問題なのか、どう改善していくべきなのか考えていきたいと思ったため、この文献を選んだ。 2.内容要約  本書は、NHKスペシャル「いま地球の子どもたちは」というテレビ番組を書籍化したものらしい。大きく4つの章で構成
  • 子ども 南北問題 戦争 国際問題 世界 社会 政治
  • 550 販売中 2008/08/29
  • 閲覧(4,326)
  • 伏見憲明 『欲望問題
  • 伏見憲明 『欲望問題』  「欲望」という言葉に、私はある種の懐かしさを感じる。1980年代後半の、日本のポストモダニズム華やかなりし頃、元ネタはジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリの『アンチ・オイディプス』か、ジャン・ボードリヤールの消費社会論だったと思うが、いわゆる「ニューアカデミズム」の論壇に一時期あふれかえり、消えた言葉として記憶の片隅に残っていたのが、突如呼び覚まされた気がする。 その時代もアメリカはレーガン・ブッシュ(父)の共和党政権、日本は中曽根政権という布陣だったし、この時期すでに差別糾弾型の人権運動には、一般からは共感よりは猜疑の目が向けられていたわけだから、ちょっとした既視感を感じるのは偶然ではないのだろう。でも、そういった時代背景の相似性よりは、このまだごく近過去といえる時代から今日に至るまで、われわれは当時と異なる視座なり方法論を獲得することに失敗してきたのか、それを見極める素材として、私は本書に惹かれたのだ。すなわち、「クィア」をめぐる言説、これはジェンダーやセクシュアリティに関するポストモダニズムと言い換えてもよい、が、なぜ今まで空回りしてきたのか、ということについての例として。註1  冒頭の一節、「少年愛者の痛み」は感動的ですらある。小児愛者「治療」の推進を説く針間克己医師に対して、かつては同じく治療の対象でしかなかった同性愛者としての立場から、小児を愛する行為を禁止すること自体は正当だとしても、「どこか後ろめたさのような感情が拭えない」と記し、「LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)と総称される運動の当事者に、小児愛者は白々しいほどに想定されていない」という伏見氏の言葉には、アウトローな者への共感があふれている。これは、いわゆる性的マイノリティの中で、政治的にある程度組織できたカテゴリ、あるいはマジョリティに対してある程度の折り合いをつけられたカテゴリは、ある程度社会において顕在化することを許されるし、ある程度権利を主張することもできる。一方、そこから外れる者は、逆にアウトロー化される結果を招くような「運動」に対する、つとめて反省的な態度表明のようにも読める。  しかし、伏見氏はジェンダーについては一転、態度を翻す。「欲望」はジェンダー・カテゴリが存在することに*よって*生まれるのであり、ジェンダーを無くすことを指向する「ジェンダーフリー」運動を「不可解」であると切り捨てる。そして、伏見氏はジェンダーフリーにまつわる混乱を、「理論と生活感覚の摩擦」であるとし、後者をほぼ無条件に肯定する態度に出る。すなわち、ジェンダーを無くすことは恋愛やファッションや芸術を一切無くすことであるとする。  なるほど、ステレオタイプ化されたジェンダーフリー論を根拠にすれば、そういう結論も可能である。しかし、性愛はジェンダー・カテゴリによって*のみ*生まれるわけではない。前述少年愛についてもそうであるが、SMやさまざまなフェティシズムを例にあげるまでもなく、ジェンダーによらない性愛はいくらでもある。多様なジェンダーやセクシュアリティが抑圧されることなく、その存在を肯定されるには、異性愛だけが奨励され、二元的な性別観だけが奨励される「生活感覚」を、いくらかでも改める必要がある。伏見氏はなぜジェンダーに関しては矛盾した態度をとるのであろうか。註2  同様の議論は、ゲイ・アイデンティティをめぐっても展開される。伏見氏は、初期の頃は「ゲイというカテゴリ化からの解放が望ましいと考えていました」と語る。しかし、現時点ではそ
  • 全体公開 2007/12/21
  • 閲覧(3,822)
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