私は、この夏に看護実習に行きました。初めての看護実習で、目標も多くありました。しかし、実習の担当教諭から、「あなたの目標は、患者さんにどう影響すると思いますか。」と尋ねられると、患者さんのことを考えずに目標設定をした私は、多くあった目標のうち一つも、担当教諭の問いに答えることができませんでした。私は、とにかく、自分が、学校で学んだことを病院で実際にやってみたいという、自分勝手な思いで実習目標を設定しており、患者さんのことは、目標設定をするときに考えていませんでした。自分がしたいという目標設定ではなく、患者さんのことを考えての目標設定にしなければ、自己満足な看護になるということをこの実習を通し学びました。そして、自己満足な看護というものは、患者さんのためにはなっていないため何の役にもたっていないものだと思いました。
また、患者さんのことを考えた看護でも患者さんの手助けできることは、ほんの一部なのだと思いました。
実際に、看護実習が始まると、計画通りに進まず、私がしたいことと、患者さんが看護者にしてもらいたいことには、大きなギャップがあることに気が付きました。このギャップをうめるには、患者さんの日々の生活に気を配り、心を配ることが必要だと思いました。そのために、どれだけ患者さんのそばにいられるか。そして患者さんが何を求めているのか。どういうことを知りたいのか。それを、患者さんの観点で考え、患者さんから学ぶことが必要なのではないかと思いました。つまり、患者さんのニーズをどれだけ、適確に知ることができるか。そして、そのニーズをどのように満たすか。というのが、看護において重要なものなのではないか。と思いました。
看護の分野と教育の分野は、大きく違うと思います。しかし、人を相手にする職業という部分では、同じです。なので、患者さんのことを考えていない目標は、自己満足な看護になると同じ様に、私が、どれだけ教育の現場で、これをやりたいあれをやりたいと思っても、子どもたちもそう思っていなければ、私の気持ちは、子どもたちに伝わらないし、一方通行の教育になるといえるのではないでしょうか。それでは、子どもたちは、成長しませんし、変わらないと思います。ましてや、他人を変えるというのは、大変、難しいことです。それならば、子どもを自分が変えようとするのではなく、子どものニーズに合わせて自分を変えていく。そして、子どもから学んで研鑽していく。それが、私の目指す教師像です。
では、私の目指す教師像に近づくためには、どうすれば良いのでしょうか。まず、子どものニーズを知らなければ、私の目指す教師像には、近づきません。子どものニーズを知るには、看護実習で看護者と患者さんの考えのギャップをうめるための方法と同じ様に、子どもたちの日々に生活に気を配り、心を配る。そのために、どれだけ子どものそばにいられるか。そして、子どもたちが何を求めているのか、どういうことを知りたいのか、それを子どもの観点で考え、子どもから学んでいくことが必要だと思います。
しかし、今の私は、看護学生であり、子どもたちと接する、機会はほとんどありません。なので、私は、ボランティア活動を通し、子どもたちとできるだけ多く、関わっています。そこでは、子どもから学ぶというよりも、私の子どもの時とは、様子が違い驚いてばかりでした。しかし、学校の授業で、「かつての時代では、10年経過してもそれほど社会が激しく変化しなかったのが、現在では数年の間にかつての時代の何十年にも匹敵するような根本的な変革が行われているように現代社会は大きく変
レポート、教育学、教師像、卒業後の進路、教師像に向けての学習、卒業後どのような進路
私は、この夏に看護実習に行きました。初めての看護実習で、目標も多くありました。しかし、実習の担当教諭から、「あなたの目標は、患者さんにどう影響すると思いますか。」と尋ねられると、患者さんのことを考えずに目標設定をした私は、多くあった目標のうち一つも、担当教諭の問いに答えることができませんでした。私は、とにかく、自分が、学校で学んだことを病院で実際にやってみたいという、自分勝手な思いで実習目標を設定しており、患者さんのことは、目標設定をするときに考えていませんでした。自分がしたいという目標設定ではなく、患者さんのことを考えての目標設定にしなければ、自己満足な看護になるということをこの実習を通し学びました。そして、自己満足な看護というものは、患者さんのためにはなっていないため何の役にもたっていないものだと思いました。
また、患者さんのことを考えた看護でも患者さんの手助けできることは、ほんの一部なのだと思いました。
実際に、看護実習が始まると、計画通りに進まず、私がしたいことと、患者さんが看護者にしてもらいたいことには、大きなギャップがあることに気が付きました。このギャップをうめるには、患者...