角運動量の演算子
まずは古典論の復習を中心に。
磁性の原因
第1部の「 原子の構造 」のところでは、電子は原子核の周りを回っているわけではないという話をした。 しかしそれでは説明の付かない現象が出てきてしまう。 あらゆる物質は程度の差はあれ、磁気に対して反応を示す。 自ら強い磁気を帯びてそれを保つ物質もあれば、磁石を近づけた時だけ僅かに磁気を帯びる物質もある。 そういった性質はどこから来るのだろうか。
電磁気学の範囲では、それは原子核の周りを回る電子による円電流が原因であると説明した。 ところが量子力学では、電子というのは電荷を帯びた粒などというイメージのものではなく、波として存在すると説明しているのである。 もちろん、その辺りの解釈は人によって分かれるところで、波というのはあくまでも存在確率を表すに過ぎず、電子は粒として存在するのだというイメージを強く持っている人々もいる。 どちらにしても、電子という粒が連続的にぐるぐると回っているというイメージは正しくないという点では同じ意見だ。
そのような存在がどうやって磁場を生み出すのだろうか。
磁気モーメントの復習
このサイトでは応用的な問題にまでは立ち入らないという姿勢を取っているため、電磁気学のページで「円電流が作る磁場」について解説することはなかった。 そんなものは興味があれば各自で計算してみればいいだけのことだ。 ・・・と考えていたのだが、それがまさか、こんなところで関係してきてしまうとは思いもしなかった。 ここではごく簡単にその辺りの話を解説しておこう。
正負の2つの電荷 ±q が距離 s だけ離して置かれている時、
という大きさの、負電荷から正電荷へと向かうベクトルを「電気双極子モーメントベクトル」と呼ぶ。 この2つの電荷のペアが作る電場は、それぞれの電荷が単独に作る電場を足し合わせただけのものである、と気楽に理解すればいい。 しかしその電場の形を図にするとなかなか面白いことになっているし、それを式で表すのは意外に面倒だ。 2つの電荷の中点から距離 r だけ離れた点に作られる電場は、 r >> s の条件で、
であると「近似的に」表せる。
同様に、もし磁荷 ±qm というものが存在すると仮定すると、同じように「磁気双極子モーメントベクトル」
というものが定義できて、磁場も先ほどと同じ形で表されることだろう。
ただし単磁荷どうしの間に働く力が
と表せると仮定して磁荷の大きさを決めてある。 「磁気双極子モーメントベクトル」と呼ぶのは長ったらしくて面倒なので、以後「磁気モーメント」と略することにする。
モノポールが発見されない以上はわざわざこんなことを考える理由はないのだが、なんと、半径 a の円形電流 I が、その中心から距離 r のところに作る磁場が、上で考えた磁気双極子の作る磁場と非常に似た形になっているのである。 ただしそれは r >> a という条件で近似した場合であって、電流に近付き過ぎると当然磁場の形に違いが見られる。 それは状況を正しくイメージしているのならすぐ分かることだ。
とにかく離れて見ている限りは非常に似ているというので両者を比較してみると、ただ円形電流が磁気モーメント
を持つのだと決めておきさえすれば、両者は全く同等だと考えられるのである。
さて、半径 a の円軌道を1個の電子が速さ v で回転する時、1周の長さが 2πa なので、1秒に v/2πa 回転できるだろう。 つまり、その時の電流 I は、
である。 よって、1個
角運動量の演算子
まずは古典論の復習を中心に。
磁性の原因
第1部の「 原子の構造 」のところでは、電子は原子核の周りを回っているわけではないという話をした。 しかしそれでは説明の付かない現象が出てきてしまう。 あらゆる物質は程度の差はあれ、磁気に対して反応を示す。 自ら強い磁気を帯びてそれを保つ物質もあれば、磁石を近づけた時だけ僅かに磁気を帯びる物質もある。 そういった性質はどこから来るのだろうか。
電磁気学の範囲では、それは原子核の周りを回る電子による円電流が原因であると説明した。 ところが量子力学では、電子というのは電荷を帯びた粒などというイメージのものではなく、波として存在すると説明しているのである。 もちろん、その辺りの解釈は人によって分かれるところで、波というのはあくまでも存在確率を表すに過ぎず、電子は粒として存在するのだというイメージを強く持っている人々もいる。 どちらにしても、電子という粒が連続的にぐるぐると回っているというイメージは正しくないという点では同じ意見だ。
そのような存在がどうやって磁場を生み出すのだろうか。
磁気モーメントの復習
このサイトでは応用的な問題にまでは立ち入らないという姿勢を取っているため、電磁気学のページで「円電流が作る磁場」について解説することはなかった。 そんなものは興味があれば各自で計算してみればいいだけのことだ。 ・・・と考えていたのだが、それがまさか、こんなところで関係してきてしまうとは思いもしなかった。 ここではごく簡単にその辺りの話を解説しておこう。
正負の2つの電荷 ±q が距離 s だけ離して置かれている時、
という大きさの、負電荷から正電荷へと向かうベクトルを「電気双極子モーメントベクトル」と呼ぶ。 この2つの電荷のペアが作る電場は、それぞれの電荷が単独に作る電場を足し合わせただけのものである、と気楽に理解すればいい。 しかしその電場の形を図にするとなかなか面白いことになっているし、それを式で表すのは意外に面倒だ。 2つの電荷の中点から距離 r だけ離れた点に作られる電場は、 r >> s の条件で、
であると「近似的に」表せる。
同様に、もし磁荷 ±qm というものが存在すると仮定すると、同じように「磁気双極子モーメントベクトル」
というものが定義できて、磁場も先ほどと同じ形で表されることだろう。
ただし単磁荷どうしの間に働く力が
と表せると仮定して磁荷の大きさを決めてある。 「磁気双極子モーメントベクトル」と呼ぶのは長ったらしくて面倒なので、以後「磁気モーメント」と略することにする。
モノポールが発見されない以上はわざわざこんなことを考える理由はないのだが、なんと、半径 a の円形電流 I が、その中心から距離 r のところに作る磁場が、上で考えた磁気双極子の作る磁場と非常に似た形になっているのである。 ただしそれは r >> a という条件で近似した場合であって、電流に近付き過ぎると当然磁場の形に違いが見られる。 それは状況を正しくイメージしているのならすぐ分かることだ。
とにかく離れて見ている限りは非常に似ているというので両者を比較してみると、ただ円形電流が磁気モーメント
を持つのだと決めておきさえすれば、両者は全く同等だと考えられるのである。
さて、半径 a の円軌道を1個の電子が速さ v で回転する時、1周の長さが 2πa なので、1秒に v/2πa 回転できるだろう。 つまり、その時の電流 I は、
である。 よって、1個の電子が作る磁気モーメントの大きさは次のように書き直せる。
この式には速度 v と回転半径 a が含まれているので、後は電子の質量 m さえあれば角運動量 L が作れる。 そのように変形してみよう。 つまり、
と書けることになるわけだ。 この時の係数 の部分を「磁気回転比」と呼ぶ。
基礎的な解説はここまでにしておこう。 詳しい説明は後で電磁気学のページに書き足そうと思っていたが、ここまで書いておけばこれ以上のことは個人の勉強に任せてもいいくらいだ。
電子は角運動量を持つ
古典的な考えによれば物質の磁気作用と電荷の角運動量との間に、直接的な比例関係が成り立っていると言えることが分かったと思う。 しかしこれくらいの関係なら量子力学でも成り立っているのではないだろうか。 電子は連続的に回転運動をしているわけではないが、角運動量くらいは持っているだろうからだ。 これは奇妙な考えだろうか?
連続的に運動しているわけではない粒子が「運動量」を持っているという奇妙な考えをすでに受け入れていることを思い出してもらいたい。 人間の言葉によれば「運動量」だが、現実には波があるだけである。 同じように、何らかの波の状態を、人間の言葉で「角運動量」と言い直すこともできるのではないだろうか。
力学のページを書いた頃から私が言っていることだが、角運動量というのは他と独立して存在するような物理量ではない。 位置と運動量の組み合わせによって「作られた」量である。 位置と運動量さえあれば状況はすでに言い尽くされているのだが、その中に「角運動量」という人間に分かり易い保存する量を見出す事もできるというだけのことである。
量子力学でも話は同じだ。 前に「原子の構造」のところで電子の軌道を計算した時には、角運動量を特別に考慮に入れる事はしなかった。 それでもこの結果の中にはすでに角運動量についての情報も埋め込まれているのである。 問題はその情報をどうやって取り出すかということだ。 どんな状況を「角運動量」として定義してやれば、古典力学と辻褄の合う話が展開できることになるのだろう。
角運動量の演算子
古典力学において角運動量の定義は
であった。 成分に分けて書けば、
だということである。 量子力学では物理量は演算子で表されるのだったから、ここに含まれる p を演算子で置き換えてやれば良さそうだ。 それを波動関数に作用させてやり、そこから飛び出してきた数値を角運動量の観測値だと考えるのである。
以前に「ゼーマン効果」という、原子を磁場中に置くと主量子数以外の量子数の違いによってもエネルギーに違いが出て、スペクトル線が複数に分裂するという現象を紹介したことがあるが、それはこの角運動量の演算子を使って導き出すことが出来る。 具体的な計算までは面倒なのでやらないが、考え方自体は非常にシンプルなので少しだけ紹介しておこう。
まず、磁場中に磁気双極子が存在する時、そのエネルギーは磁場と磁気モーメントの内積で表されることに注目する。
詳しくは次の節で説明するが、これは磁気モーメントが磁場と同じ方向を向いている時が一番エネルギーが低く、逆方向を向いている時が一番エネルギーが高いということを表している。 よって z 軸方向に沿って一様な磁場を掛けている時の波動関数がどうなるかを計算したければ、ハミルトニアン H に次のような項を追加して計算してやればいいことになる。
それだけである。 これで実験事実をうまく説明できるというのだから、世界は割と単純なのかもしれない・・・と希望を持てたりする。
このような考え方はゼーマン効果以外にも使えそうだ。 例えば、多数の電子を含む原子について計算する場合には、それぞれの電子が持つ磁気モーメントがお互いに与える影響を式に入れる必要があることが分かるだろう。
磁気モーメントのエネルギー
今回は予定していたところまで終われそうに無いので、開き直って復習に徹することにしよう。 量子力学の話からは少々脱線するけれども価値ある寄り道になると思う。 全ての疑問を今の内に取り払っておいた方がいい。 先ほど出てきた磁場中の磁気モーメントのエネルギーについてだ。
磁気モーメントというのは、棒の両端に磁荷が等しくて符号の異なるモノポールがくっ付いたイメージのものである。 これが、z 軸の正の方向に向かう一様な磁場の中に置かれていれば、 N 極の側は z 軸の正の方向へ引き寄せられ、S 極は負の方向へ引き寄せられる。 力は常に z 軸の方向だけを向いているから、エネルギーは磁荷の z 軸方向についての移動距離に比例する形で決まる。 磁荷が x 軸や y 軸方向への動きをしてもエネルギーにはまるで関係ない。
放っておけば磁気モーメントは磁場と同じ方向を向く傾向がある。 この状態が一番エネルギーが低い。 反対側に向けるにはこの力に逆らわねばならず、エネルギーが要る。
z 軸方向への力は常に qm Hz である。 磁気モーメントが磁場に垂直を向いている状態をエネルギーの基準としよう。 そこから長さ r の棒の真中を中心に回転する事を考えれば、 z 方向の移動距離は最大 r/2 であるから、エネルギーは最大 qm Hz r/2 であり、磁荷は両端に付いているので2つ合わせて qm Hz r である。 磁気モーメントの大きさの定義は |M| = qm r であったから、磁場と磁気モーメントの成す角を θ とすれば、エネルギーの大きさは、 E = - Hz M cos θ と表していいわけだ。 つまり、内積となる。
こんな単純な話だけならわざわざこうして説明はしなかっただろう。 ただ上の話は単純で、どこにも疑わしい仕掛けなどないということを示しておきたかったのである。 しかし円電流が作る磁気モーメントは所詮近似でしかなく、上のモノポールを使った考え方から外れる部分があるのである。 次にそれを話そう...