2-8化学ポテンシャル

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    化学ポテンシャル
    思った以上に複雑な概念だ。 今回だけでは無理。
    意味を知りたい
     前回は「1モルあたりのギブスの自由エネルギー」を「化学ポテンシャル」と呼ぼうというところまで話をした。 今回はその具体的な意味は何なのかというところをじっくり考えて行きたい。 よくある「1モルの分子を体系に付け加えるために必要なエネルギー」という説明だけでは私には納得が行かないのだ。
     ついでに今の内に言っておくが、化学ポテンシャルの定義は熱力学と統計力学では少しだけ違っているので注意が必要である。 統計力学では「1モルあたり」ではなく「1分子あたり」で定義する。 つまり熱力学での化学ポテンシャルをアボガドロ数で割ってやれば統計力学での化学ポテンシャルになる。 物質の移動は分子ごとに行われるのだから本当はそう定義した方が合理的なのだ。 こうすることで、化学ポテンシャルについて「1分子が移動する時のエネルギー」という見方ができるようになるだろう。 他方、熱力学流の定義では、1モルの物質が移動している間にも化学ポテンシャルの値が変化するかも知れないので、「微小モル数だけの変化をする時の1モルあたりに換算したエネルギー」という考え方をしないと誤解が生じるかも知れない。
     最近の「物理系」の熱力学の教科書では「統計力学流の定義」を採用していることが多いのだが、ここでは「化学系」「工学系」の読者にも配慮して伝統的な定義を使い続けよう。
     さて、化学ポテンシャルは本当に「1モルの移動に伴うエネルギー」ということでいいのだろうか。 そのエネルギーの正体は何で、どこにあって、なぜ平衡条件に関わっているのだろうか。
    分子の移動が不可逆変化
     温度差があると熱の移動がある。 圧力差があると体積の変化がある。 同様に、化学ポテンシャルの差があるとモル数の変化、すなわち物質の移動が起こるらしい。
     しかし、物質の移動が起こればそれによって圧力が変化するし、体積だって変化する。 体積が変化すれば仕事のやり取りが行われたことになり、内部エネルギーまでもが変化してしまうのではないか。 だからまずはそういったややこしい事を考えなくて済むようにしたいのだ。 しかし圧力一定、体積も一定、温度も一定のまま、モル数だけを変化させるなんて出来はしない。 せめて、圧力一定、温度一定くらいが精一杯だ。 前回の最後の例がそうだった。 そして一番計算が楽だった。
     ギブスの自由エネルギー G は、等圧条件での体積変化によるエネルギーの変化 pV や等温条件での熱エネルギーの変化 ST を打ち消すように作られた概念であった。 例えば体積変化があれば系は外部に p dV の仕事をすることになって、その分だけ内部エネルギー U は減少してしまうのだが、それを補うために pV という項が加えられているのだった。 本来、pV の変化は p dV + V dp と表されるものだが、定圧条件である dp = 0 が言える時に限っては、ちょうど p dV となり、この変化を打ち消せるのである。 だから体積変化によるエネルギーの変化については、ギブスの自由エネルギーから除外されている。 これについては今のところ考えなくて済むようだ。
     さて、圧力が一定で温度も一定なら、状態は何も変化しないはずだ。 熱力学には2つの自由度しかないという話をずっと前からしてきた。 しかしそれはモル数の変化を考えていなかったからであって、モル数が変化すれば状態は変わる。 つまり、等温等圧条件でギブスの自由エネルギーに何らかの変化があるとすれ

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    資料の原本内容

    化学ポテンシャル
    思った以上に複雑な概念だ。 今回だけでは無理。
    意味を知りたい
     前回は「1モルあたりのギブスの自由エネルギー」を「化学ポテンシャル」と呼ぼうというところまで話をした。 今回はその具体的な意味は何なのかというところをじっくり考えて行きたい。 よくある「1モルの分子を体系に付け加えるために必要なエネルギー」という説明だけでは私には納得が行かないのだ。
     ついでに今の内に言っておくが、化学ポテンシャルの定義は熱力学と統計力学では少しだけ違っているので注意が必要である。 統計力学では「1モルあたり」ではなく「1分子あたり」で定義する。 つまり熱力学での化学ポテンシャルをアボガドロ数で割ってやれば統計力学での化学ポテンシャルになる。 物質の移動は分子ごとに行われるのだから本当はそう定義した方が合理的なのだ。 こうすることで、化学ポテンシャルについて「1分子が移動する時のエネルギー」という見方ができるようになるだろう。 他方、熱力学流の定義では、1モルの物質が移動している間にも化学ポテンシャルの値が変化するかも知れないので、「微小モル数だけの変化をする時の1モルあたりに換算したエネルギー」という考え方をしないと誤解が生じるかも知れない。
     最近の「物理系」の熱力学の教科書では「統計力学流の定義」を採用していることが多いのだが、ここでは「化学系」「工学系」の読者にも配慮して伝統的な定義を使い続けよう。
     さて、化学ポテンシャルは本当に「1モルの移動に伴うエネルギー」ということでいいのだろうか。 そのエネルギーの正体は何で、どこにあって、なぜ平衡条件に関わっているのだろうか。
    分子の移動が不可逆変化
     温度差があると熱の移動がある。 圧力差があると体積の変化がある。 同様に、化学ポテンシャルの差があるとモル数の変化、すなわち物質の移動が起こるらしい。
     しかし、物質の移動が起こればそれによって圧力が変化するし、体積だって変化する。 体積が変化すれば仕事のやり取りが行われたことになり、内部エネルギーまでもが変化してしまうのではないか。 だからまずはそういったややこしい事を考えなくて済むようにしたいのだ。 しかし圧力一定、体積も一定、温度も一定のまま、モル数だけを変化させるなんて出来はしない。 せめて、圧力一定、温度一定くらいが精一杯だ。 前回の最後の例がそうだった。 そして一番計算が楽だった。
     ギブスの自由エネルギー G は、等圧条件での体積変化によるエネルギーの変化 pV や等温条件での熱エネルギーの変化 ST を打ち消すように作られた概念であった。 例えば体積変化があれば系は外部に p dV の仕事をすることになって、その分だけ内部エネルギー U は減少してしまうのだが、それを補うために pV という項が加えられているのだった。 本来、pV の変化は p dV + V dp と表されるものだが、定圧条件である dp = 0 が言える時に限っては、ちょうど p dV となり、この変化を打ち消せるのである。 だから体積変化によるエネルギーの変化については、ギブスの自由エネルギーから除外されている。 これについては今のところ考えなくて済むようだ。
     さて、圧力が一定で温度も一定なら、状態は何も変化しないはずだ。 熱力学には2つの自由度しかないという話をずっと前からしてきた。 しかしそれはモル数の変化を考えていなかったからであって、モル数が変化すれば状態は変わる。 つまり、等温等圧条件でギブスの自由エネルギーに何らかの変化があるとすれば、それはモル数の変化によるエネルギーしか考えられないのである。
     ちょっと待てよ? 前回の2番目の例は体積一定、温度も一定なのだった。 それだって2つの自由度が塞がれているのだから、同じ話ができそうではないか。 ヘルムホルツのエネルギーにだって同じ役目が果たせそうだ。 いやいや、残念ながらそう甘くはない。 2番目の例の場合、確かに全体の体積は一定だが、内部の各相の体積は変化しており、仕事のやり取りがある。 そもそもヘルムホルツの自由エネルギーは飽くまでも「温度一定」での熱の流出入を打ち消すためだけに作られた概念であったことを思い出そう。 そこに「体積一定」の条件を無理やり課す事で、不可逆過程が起こった時だけ変化する量として使っていただけなのだった。 内部での仕事のやり取りまでは打ち消せていない。
     ああ、そう言えば・・・。 今、不可逆過程の話が出てきたので思い出した。 全体のギブスの自由エネルギーが変化する原因は、モル数の変化以外にもありそうな気がしてきた。 不可逆過程が起こる事で内部的に熱の発生があれば、ギブスのエネルギーに影響が出てしまうではないか。 ギブスのエネルギーを変化させるこの2つの原因を分離して考えないとややこしいことになる。 どうやって区別しようか。 それとも、粒子が移動して戻ってこない事そのものが「不可逆過程」なのだろうか。 ああ・・・。 なんと・・・それだ。 話の流れに任せてポロリと言ってみただけだったが、それしか考えられない!
     その理由について説明させてもらおう。 断熱系で不可逆過程が起こるのは、内部で温度の不均衡があったり、圧力の不均衡があったのが解消する時だった。 あるいは等温過程で不可逆過程があるのは、外部からの仕事の一部が熱に化けたりすることで起こるのだった。 ところが等温等圧ではどんな不可逆過程が考えられるだろう。 内部に予め温度や圧力の不均衡があるとすれば等温等圧という前提に反するし、仕事の一部が熱に変わることは、もしあったとしてもあまり意味が無い。 熱は外部と自由にやり取りされているので余分な熱は外へ逃げるだけだ。 そもそも等温等圧条件下で自由に仕事を与えることなんて出来ない。
     等温等圧条件下で許されたただ一種類の不可逆過程が、分子の移動によるエネルギーの変化によるものだと考えられる!
    平衡になる理由
     では、なぜこれが平衡条件に関わっているのだろう。 2つの相の化学ポテンシャルが一致していると言う事は、分子の移動によってエネルギーの変化がないということを意味する。 なぜこの時、分子の移動が止まるのだろう。
     ギブスの自由エネルギーの定義には -TS という項がある。 これが何のために入っていたのか思い出そう。 熱の変化は d'Q = T dS と書ける。 TS の微小変化は T dS + S dT と表せるが、定温条件に限っては dT = 0 であるので、 TS の変化は熱の変化量に等しいと解釈できるのだった。 熱が外部から入ってくるときには内部エネルギー U が増えるものだが、その影響を打ち消すために -TS が入っている。 つまり、G は通常の外部との熱のやり取りに対しては変化しないようになっているのである。 ところが、それ以外の理由で熱が発生したらどうなるだろうか。 元々内部に持っていた化学的な結合エネルギーが放出されて熱的なものに変わる場合である。 U は変化しないが、TS は増加することになる。 自然の法則は、エネルギーがなるべく熱的なものに変わるように進む。ギブスのエネルギーは小さくなるし、そこからは戻ってこないことになる。
     つまり分子は化学ポテンシャルの高い方から低い方へと移動するとき、その差に相当する熱を発生し、全体のギブスのエネルギーはその分だけ小さくなってゆく。 全体のギブスのエネルギーが下がるのは、化学ポテンシャルの高い粒子の数が減るからであって、化学ポテンシャルそのものが低くなるわけではないことに注意しておこう。 放出したその熱エネルギーは広く拡散してしまい、別の相へ移動した分子が再び元の状態に戻るだけのエネルギーを得る可能性は低くなってしまう。 偶然高いエネルギーを得て元に戻れる分子もあるだろうが、その数は少ないだろう。 どうせまたすぐにポテンシャルの低い方へ落ちてくる。 これが元に戻れない理由、現象が一方通行である理由だ。
     もやもやしていたものがかなり解決した。 しかしもう一つ、多分これが最後の疑問だ。 均衡点では化学ポテンシャルが等しくなっているという結果を前回得た。 つまりこの状態では分子はどちらに変化しようとも新たな熱の発生はないことになる。 すると、どちらへ移動するのも自由であろう。 これではどこまでも変化するのを許すことになるのではないだろうか。
     分子が集まり過ぎるときには化学ポテンシャルが増大して、それ以上の分子の流入を防ぐ仕組みが無ければ平衡は安定しないはずだ。 そこはどうなっているのだろう。 もし化学ポテンシャルが変化する仕組みがなければ、最初に少しでも化学ポテンシャルに差があればずっとそのままで、すべての物質が化学ポテンシャルの低い相へと変化してしまうではないか!
    平衡が安定する理由
     その疑問を解決するために、数学的な側面を少し見ておこう。 ギブスの自由エネルギーは p, T の関数である。 いや、実はそう考えると議論が楽であるというだけのことだ。 他の変数の関数とみてもいいのだが、 G は p, T が一定の時に一定になるように作られた量なのだから、そういう変数を採用するのが自然な使い方だろう。 もちろん、p, T が変化すれば G も変化する。 液体と気体とでは G ( p, T ) は違う変化の仕方をするだろう。
     G はモル数 n の関数でもある。 今まで n の変化については考えなかったので無視してきたが、実は G ( p, T, n ) である。 G はモル数に比例するので、
    G...

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