3-9力学のまとめ

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    力学のまとめ
    思ったより力学は単純だ。
    運動量だけで全てを説明できる!
     これまで運動量、エネルギー、角運動量について考えてきたが、それらの保存則はニュートンの3つの運動法則を基として導かれるものであることが分かった。  なぜニュートンの運動に関する3法則からそれら3つの保存則が導かれるかといえば、ニュートンの運動の法則が空間、時間、回転に対しての対称性を暗に含んでいるからである。  ただし、角運動量保存則を満たすためにはニュートンの第3法則の中に「力の作用・反作用はそれらを結ぶ直線上で起こるべし」という条件を書き加える必要がある。
     しかし意外なことに、これら3つの保存則は、運動量を考えるだけですべて説明がついてしまうのである。 しかしここで言いたいのは「運動量保存則から他の2つの保存則が導かれる」という意味ではないので気をつけて欲しい。  例えば、運動量保存則は「運動量は交換されるもの」という事実を表しており、エネルギー保存則は運動量が交換される法則が距離にだけよるものであって時間により変化しないということから導かれる。 また角運動量保存則はその運動量の交換が一点でのみ行われるという事を考えれば条件が満たされる。
     結局は、運動量やエネルギー、角運動量という「別々の何か」が存在するのではない。 現実に起きているのは、 運動量が、時間によって変わらないある規則に従って、一点で交換されているというただこの事実だけなのである。
     エネルギーや角運動量という概念は計算をする上では便利なものではある。 しかし実際にそこで何が起こっているのかということを説明するためには運動量を考えるだけで十分なのである。
    注意
     イメージ的には「運動量」を基本的概念として考えた方がすっきり理解できるが、理論的に厳密であろうとするならば、ニュートンの運動の3法則を「原理」として認める方が安全である。  どちらを取るかは、どちらを大切にするかに依る。 「数学的厳密さ」か「本質を見極める目」か。 中には「数学こそが本質だ」と主張する人もいるのでこの辺りの考えは人によって違うだろう。
     もう一つ注意。  運動量の交換がお互いの距離だけによって決まる、と書いたが、力学の中では論じなかったことがある。 それは、電磁気学の中の話だが、ローレンツ力というものがあってポテンシャルがお互いの速度にもよるのである。 この場合に、同じように運動量だけでエネルギー保存を説明できるのかを確認しなくてはならない。
    これから論じること
     私は初めから運動量を贔屓目に見ていたが、まさかここまで簡単にまとまるとは思ってもみなかった。  初めは、エネルギー保存則と運動量保存則はそれぞれ対等な宇宙の2大法則であって、二つを同じ形式(相対論的形式)で表現することで一つにまとめようと考えていたのである。  しかしこうして運動量だけで説明がつくことになってしまったので私の中ではエネルギーの概念はもはやたいした意味を持っていない。 もはや計算上便利であるとの利点を除いてエネルギーという概念を持ち出す必要はないのである。
     「エネルギーは質量と等価である」という相対論の結果から、エネルギーは何らかの「実在」としてもっと深い意味を持つのではないかと気にしていたが、この心配ももはや消えてしまっている。 「エネルギー」という言葉を使わなくても相対論を解釈できることに気付いたからである。 これについてはこれから相対論のページで論ずることにする。
     ここまでやったからには量子力学も同様に「エネルギー」抜きで論じたいと

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    資料の原本内容

    力学のまとめ
    思ったより力学は単純だ。
    運動量だけで全てを説明できる!
     これまで運動量、エネルギー、角運動量について考えてきたが、それらの保存則はニュートンの3つの運動法則を基として導かれるものであることが分かった。  なぜニュートンの運動に関する3法則からそれら3つの保存則が導かれるかといえば、ニュートンの運動の法則が空間、時間、回転に対しての対称性を暗に含んでいるからである。  ただし、角運動量保存則を満たすためにはニュートンの第3法則の中に「力の作用・反作用はそれらを結ぶ直線上で起こるべし」という条件を書き加える必要がある。
     しかし意外なことに、これら3つの保存則は、運動量を考えるだけですべて説明がついてしまうのである。 しかしここで言いたいのは「運動量保存則から他の2つの保存則が導かれる」という意味ではないので気をつけて欲しい。  例えば、運動量保存則は「運動量は交換されるもの」という事実を表しており、エネルギー保存則は運動量が交換される法則が距離にだけよるものであって時間により変化しないということから導かれる。 また角運動量保存則はその運動量の交換が一点でのみ行われるという事を考えれば条件が満たされる。
     結局は、運動量やエネルギー、角運動量という「別々の何か」が存在するのではない。 現実に起きているのは、 運動量が、時間によって変わらないある規則に従って、一点で交換されているというただこの事実だけなのである。
     エネルギーや角運動量という概念は計算をする上では便利なものではある。 しかし実際にそこで何が起こっているのかということを説明するためには運動量を考えるだけで十分なのである。
    注意
     イメージ的には「運動量」を基本的概念として考えた方がすっきり理解できるが、理論的に厳密であろうとするならば、ニュートンの運動の3法則を「原理」として認める方が安全である。  どちらを取るかは、どちらを大切にするかに依る。 「数学的厳密さ」か「本質を見極める目」か。 中には「数学こそが本質だ」と主張する人もいるのでこの辺りの考えは人によって違うだろう。
     もう一つ注意。  運動量の交換がお互いの距離だけによって決まる、と書いたが、力学の中では論じなかったことがある。 それは、電磁気学の中の話だが、ローレンツ力というものがあってポテンシャルがお互いの速度にもよるのである。 この場合に、同じように運動量だけでエネルギー保存を説明できるのかを確認しなくてはならない。
    これから論じること
     私は初めから運動量を贔屓目に見ていたが、まさかここまで簡単にまとまるとは思ってもみなかった。  初めは、エネルギー保存則と運動量保存則はそれぞれ対等な宇宙の2大法則であって、二つを同じ形式(相対論的形式)で表現することで一つにまとめようと考えていたのである。  しかしこうして運動量だけで説明がつくことになってしまったので私の中ではエネルギーの概念はもはやたいした意味を持っていない。 もはや計算上便利であるとの利点を除いてエネルギーという概念を持ち出す必要はないのである。
     「エネルギーは質量と等価である」という相対論の結果から、エネルギーは何らかの「実在」としてもっと深い意味を持つのではないかと気にしていたが、この心配ももはや消えてしまっている。 「エネルギー」という言葉を使わなくても相対論を解釈できることに気付いたからである。 これについてはこれから相対論のページで論ずることにする。
     ここまでやったからには量子力学も同様に「エネルギー」抜きで論じたいところである。 それは一体どんな形式になるのだろうか? しかし、あの体系でそれが出来るかどうか、それは今後の課題である。
    相対論予告編
     相対性理論は電磁気学と力学の統一理論である。 これによって、なぜ質量をもたない光でさえ運動量を持つのかを説明することが出来る。 これについては相対性理論のページで論じることになるだろう。 質量をもつ物質と、質量をもたない光をまとめて考えることが出来るのがこの相対性理論なのだ。  では、相対性理論の部屋でまた会おう。  その前に電磁気学も勉強しておいた方がいいかも知れない。 相対性理論は電磁気学の結果から必然的に導かれる結果なのである。 しかし、電磁気学の解説は後回しにさせていただく。 そんなに理解しがたい分野ではないので、わざわざ私が急いで記事を書くこともないと思う。
    感想など
    感想
     もとはと言えば量子力学についてそこらに出回っている教科書よりももっと分かりやすい解説が出来るはずだという自信から、自分自身の勉強を兼ねてこのページを開くことを思いついたのだが、いきなり量子力学に手を出すより簡単な力学から慣らしていった方がいいだろうと軽い気持ちでこの力学のコーナーを書き始めたのである。 初めはプログラマ向けにおまけ程度の解説をするだけのつもりでいた。
     ところが書き進めるうちに意外な発見が続いて、自分がいかに力学を理解していなかったかを思い知らされることになった。 力学は私が以前に考えていたよりもはるかにすっきりと理解しやすいものにまとまってしまった。 このことはこれを書き始めた頃には想像もしないことであって、私にとって嬉しい成果である。  書いている途中で力学の見方を大きく変更することになったので、終始まとまった分かりやすい解説というよりは随筆集のような形になってしまった。 ところどころ、自分の個人的な感想などが入っていて解説書としては読みにくいかもしれない。 私自身も勉強途中なので、「解説」などという偉そうなことはあきらめて同じような形式を続けていこうと思う。   友人が「良書というのは人に考えさせる書物である」と教えてくれたが、そのような読み物を目指している。
    まとまらぬつぶやき
     私の頭脳は複雑な応用を考えるような作業にはあまり向いてなくて、複雑なことをどうやったら簡単に理解できるかということに集中しているようだ。  物理の進歩と言うのも、実は同じ作業である。
     簡単に理解すると言うのは、現在の学校教育で行われているような「使いやすい定理を増やす」こととは反対の作業である。 
     まったく、現在の教育は公式を増やすことによって、生徒から考える力を奪ってしまった。 私にとって暗記ほど退屈な勉強はない。 原則のみを教えて後は考え方を学ばせるようにしたら教育はもっと良くなるだろう。
     暗記というのは、いつ使うかも分からぬ膨大なデータを記憶容量ギリギリまで蓄えておいて、大切なデータが失われるのではないかと怯えながら絶えず管理するようなものだ。 それよりも、わずかな原則だけを叩き込んでおき、残りのあり余った広大なメモリーを作業空間として使った方が効率が良いのではないだろうか。 人間のメモリーは半導体のようには進歩しないので単価が高いのだ。
    資料提供先→  http://homepage2.nifty.com/eman/dynamics/conclusion.html

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