水星とプラズマ波動

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    水星とプラズマ波動
     水星とその周辺の宇宙環境について直接的な観測に基づく情報を得るには、マリナー10号による観測結果に頼らざるを得ません。その他、地球上からの観測によってもたらされる情報もありますが、ことプラズマ波動に関する情報は、この両者からはほとんどないといえます。宇宙空間においてプラズマ波動は、エネルギーを伝える媒体としての役割を担っています。これは、宇宙空間中では、そのプラズマ粒子そのものが衝突して直接エネルギーを交換することは、非常にまれであるからです。これを無衝突プラズマといいますが、この物理的概念が宇宙空間に普遍なものであるならば、水星周辺でもプラズマ波動の成す役割は、同じであるといえます。
    ベールの向こう側
     さて、そのようなプラズマ波動ですが、マリナー10号にはそれを観測する装置は搭載していませんでした。また、水星のように固有磁場強度が弱い惑星から放射されるプラズマ波動は、周波数が低過ぎて水星外へ伝搬できないと考えられるので、地球からは観測できません(例えば、固有磁場が強い地球や木星などの惑星から放射される電波は、その惑星外からでも観測できます)。従って、水星付近で発生しているプラズマ波動については、まったくベールに隠された状態であるといえます。もちろん、ベールに隠されているからといって、そのプラズマ波動発生に関して、「まったく予想もつかない」というわけではありません。
    図1 水星磁気圏とプラズマ波動(Illustration by C. Noshi / RISH, Kyoto Univ.)
     図1を見てください。これは、水星周辺の環境とそれに基づいて予想されるプラズマ波動について、代表的なものをまとめたものです。例えば、水星の昼間側から太陽風などにより「たたき出されたイオン」が、太陽風にPickupされると、そこに大振幅のプラズマ波動(アルフヴェン波)が励起されるでしょう。また、やはり昼間側表面にたまった光電子の雲が、太陽風と相互作用すると、そこに電流が流れてやはり大振幅の静電波が励起されるかもしれません。夜側では、期待されているサブストームに関連した高エネルギー粒子により、非線形領域にまで十分発展したプラズマ波動が励起される可能性があります。また、その高エネルギー粒子が水星極域に注ぎ込むと、そこでまた強いプラズマ波動(電波)が放射されるかもしれません。その他、さまざまな水星固有のプラズマ波動現象を期待することができます。  工学部出身の私としては、このあたり「物理」というのはすごいな、と思ってしまうのです。つまり、「条件を変えてやって」、「宇宙に普遍の法則」を当てはめることで、「遠い世界の結果」が予想できてしまう。
    “初めて”の醍醐味
     でも、「きっとそれだけではない」ことも、やはり私たちは知っています。それは、今までの宇宙観測の歴史を見ても明らかなように、実際に「その場」へ行って観測することで、「予想もしていなかった事実」、「ちょっとすぐには説明がつかない現象」を、目の当たりにするということはよくあることですし、また、それを期待して未知の領域へ科学衛星を送って探査するのでしょう。その意味で、水星周辺でのプラズマ波動は、「いまだ人類の誰もが目にしたことがない」現象です。  その現象を明らかにすべく、私たちは水星探査計画BepiColombo(ベピコロンボ)に、プラズマ波動観測器を日欧の共同チームで提案しました。BepiColomboより先行していく米国のMessenger衛星にもプラズマ波動観測器は搭載されていませんので、うまくいけばBepiColomboは初めて水星周辺のプラズマ波動現象をとらえる衛星となります。「誰も見たことがない、調べたことがない」ものを初めて調べるという醍醐味は、研究者にとっては非常に大きなmotivationの一つであると思います。  水星に相当するHermesの神は、ギリシャ神話では非常に利口ですばしこい神様のようです。BepiColomboが水星に到着するのはまだまだ先ですが、この利発な神様のしっぽを何とかつかんで、そのベールの中の素顔を垣間見るくらいのことはしてみたいものです。
    (ISASニュース 2004年8月 No.281掲載)
    資料提供先→  http://www.isas.jaxa.jp/j/column/inner_planet/11.shtml

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