「日本における生涯教育理念の政策化と、国及び地域における課題について論述せよ。」
1970年までにユネスコやOECDや諸外国の生涯教育構想を導入してきたわが国は1980年代になってからは構想の段階から具体化の段階に入る。1981年、中央教育審議会は『生涯教育について』を発表し、ユネスコが提唱した垂直的次元と水平的次元の両者から教育のあり方を再検討することにした。すなわち、乳幼児期から高齢期までの自己形成の方途と、家庭教育・学校教育・社会教育・企業内教育・民間教育事業など教育機能の統合とを検討した。また「生涯教育」と「生涯学習」を次のように明確に区別した。
今日、変化の激しい社会にあって、人々は、自己の充実・啓発や社会の向上のため、適切かつ豊 かな学習の機会を求めている。これらの学習は、各人が自発的意思に基づいて行うことを基本とするものであり、必要に応じ、自己に適した手段・方法は、これを自ら選んで、生涯を通じて行うものである。その意味では、これを生涯学習と呼ぶのがふさわしい。
この生涯学習のために、自ら学習する意欲と能力を養い、社会の様々な教育機能を相互の関連性を考慮しつつ総合的に整備・充実しようとするのが生涯学習の考え方である。言い換えれば、生涯学習とは、国民の一人一人が充実した人生を送ることを目指して生涯にわたって行う学習を助けるために、教育制度全体がその上に打ち立てられるべき基本的な理念である。
その後、臨時教育審議会(1984~87年)は近代化を進めた明治の第1の改革、戦後の第2の改革に次ぐ第3の改革の基本として「生涯学習体系への移行」を宣言した。以降、わが国の教育制度はこの方向で進むことになった。「生涯学習体系」という用語が示すように、臨時教育審議会答申は「生涯教育」という用語を避け学習の視点に立って「生涯学習」という用語を用いている。
「生涯学習」という用語を用いることはたんに名称の問題ではなく、生涯教育―生涯学習の支援―をどのように展開するか、という実践的な意味あいもある。山本恒夫は、「生涯学習」は最広義にとれば生涯にわたる生活そのものを含むようなあいまいな概念であるからファジィ(fuzzy)としてとらえることを提起した。ファジィ概念としての生涯学習は多少でも学習を含む活動をすべて含めている。ただ、学級・講座等へ参加して行う学習活動の場合とでは学習の度合いが低いが異なるものと解釈する。
私たちは生涯学習の定義を生涯学習ではない概念と区別したいあまり、クリスプ概念としての「生涯学習」を求める。しかし「高齢者」を何歳以上の集合とするかは明確に線引きできないようにー政策上、プログラム定義はできるー「生涯学習」もファジィ概念なのである。
臨時教育審議会の答申以後、文教施策もほぼこの解釈の方向で進められていった。中央審議会答申『生涯学習の基盤整備について』(1990年)では「生涯学習は、生活の向上、職業上の能力の向上や、自己の充実を目指し、各人が自発的意思に基づいて行うことを基本とするもの」として「学校や社会の中で意図的、組織的な学習活動として行われるだけでなく、人々のスポーツ活動、文化活動、趣味、レクリエーション活動、ボランティア活動などの中でも行われる」と規定した。
臨時教育審議会答申の翌年(1988年)、文部科学省に生涯学習局ができ生涯学習振興課も新設され、体育局には生涯スポーツ課も設置された。1990年には「生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法律」が制定され、生涯学習審議会も発足した。このころ
「日本における生涯教育理念の政策化と、国及び地域における課題について論述せよ。」
1970年までにユネスコやOECDや諸外国の生涯教育構想を導入してきたわが国は1980年代になってからは構想の段階から具体化の段階に入る。1981年、中央教育審議会は『生涯教育について』を発表し、ユネスコが提唱した垂直的次元と水平的次元の両者から教育のあり方を再検討することにした。すなわち、乳幼児期から高齢期までの自己形成の方途と、家庭教育・学校教育・社会教育・企業内教育・民間教育事業など教育機能の統合とを検討した。また「生涯教育」と「生涯学習」を次のように明確に区別した。
今日、変化の激しい社会にあって、人々は、自己の充実・啓発や社会の向上のため、適切かつ豊 かな学習の機会を求めている。これらの学習は、各人が自発的意思に基づいて行うことを基本とするものであり、必要に応じ、自己に適した手段・方法は、これを自ら選んで、生涯を通じて行うものである。その意味では、これを生涯学習と呼ぶのがふさわしい。
この生涯学習のために、自ら学習する意欲と能力を養い、社会の様々な教育機能を相互の関連性を考慮...