第1 はじめに
本稿では、広くM&A全般の取引の場面において、取締役はいかなる行為を行う(行ってはならない)法的義務を負うか、デラウェア州法上における裁判例の経過、ならびに我が国の判例・学説の議論を辿った上で、私見を述べたい。
第2 M&A取引における取締役の信任義務、その審査基準に関する、一連のデラウェア州裁判例の考察
法人税が低いこと、判例法を含む会社法が成熟しているため、企業にとって予測可能性が高く法的問題に対処しやすいこと等の理由から、アメリカの公開会社の多くはデラウェア州で設立されている。そのためデラウェア州の判例は蓄積されており、デラウェア州会社法・判例法は、米国会社法の法源と呼ばれている 。本稿でも、まずデラウェア州法の蓄積を検討していく。
デラウェア州会社法上、取締役は会社だけでなく株主に対しても、注意義務・忠実義務から構成される信任義務を負っている 。そしてM&A取引の局面において、いかなる行為が信任義務違反となるかを審査するための基準は、裁判例により以下の(1)~(3)の通りに確立している。
(1)経営判断の原則
M&A取引における取締役の行動は、高度なビジネス上の...