刑法答案練習 社会的法益
~代理名義の冒用と文書偽造罪の成否~
【問題】
Xは、Aの代理人でないのにもかかわらず、行使の目的をもって、「A代理人X」名義の契約書を作成した。
【問題点】
・・・文書偽造罪の成立につき、当該文書の名義人を誰とみるか。
→文書偽造罪の条文「偽造」とは、有形偽造、つまり、1)他人名義を、2)冒用して、文書を作成することを意味する。(形式主義からの帰結)
⇒1)に関し、代理名義でなされた文書の名義人は誰かが争点となる。
【見解】
①本人Aとみる見解 → 有形偽造となる。
②「A代理人X」という合一した名義とみる見解 → 代理人としての人格で限定
→ 有形偽造となる。
③代理人Xとみる見解 → 無形偽造となる。
【答案例】
1 契約書は、「権利、義務若しくは事実証明に関する文書」であり、私文書偽造罪(刑159条1項)の客体である。そこで、Xが、何らかの代理権を有さないにも関わらず、「A代理人X」の名義の契約書を作成した行為は、私文書偽造罪を構成するだろうか。
2 まず、文書偽造罪の条文にある「偽造」の意味が問題となる。
この点、現行法は、文書偽造の本質を作成名義の真正を保護する形式主義を基調としているものと解され、文書偽造罪における「偽造」とは、作成権限のない者が他人名義を冒用して文書を作成すること、すなわち、文書の名義人と作成者とが一致しない、いわゆる不真正文書を作成することをいうと解する。
けだし、文書偽造罪の保護法益である文書に対する公共の信頼を保護するためには、何より文書の作成名義の真正を保護する必要があるからである。真実内容が真実だからといって、他人の名義を偽って文書を作成することは、文書に寄せられている社会一般の信頼を害するものであって許されるべきことではない。
しかも、刑法は、名義人が内容虚偽の文書を作成する無形偽造を例外的に偽造しているにすぎない(刑156条、160条)からである。
3(1) このように、「偽造」の概念要素は、①他人名義を、②冒用(作成権限なくして)して、文書を作成することを意味する。そこで、本問のようにいわゆる代理名義でなされた文書の名義人は誰かが問題となる。
(2) 思うに、文書の名義人とは文書に表示された意識内容の主体をいうと解する。
けだし、文書は特定人の意思または観念を表示したものとして、公共の信用を受けるのだから、その意思内容の主体を名義人として、その真正を保護する必要があるからである。そうだとすると、代理名義の文書においては、意思表示を行うのは代理人であることから文書に表示された意思の主体(名義人)は代理人であるようにもみえる。
しかし、それでは、代理資格を偽った点に内容の虚偽があるだけで無形偽造となり、社会生活において代理の文書が重要な役割を果たしているのにもかかわらず、私文書の場合に無形偽造は刑法160条を除いて原則として処罰されないから代理名義の冒用の大部分が無罪として放置されるという不都合が生じ妥当でない。
(3) そもそも、代理人は被代理人本人のために文書を作成するのであるから、実質的には被代理人本人の意思および観念が代理者を通じて文書に表示されたものであり、その法律上の効果も本人に帰属する。それゆえ、実際の取引では本人Aを信用するのであり、X個人は重要でないのが通常である。社会の一般人は、代理人の文書としてではなく、被代理人の文書として信頼を抱く。
したがって、文書に対する公共の信頼を保護する偽造罪においては、代理名義の文書の名義人は本人であると解するのが相当である。
4 以上より、代理名義の冒用による文書の作成は他人の作成名義を偽ったものとし、Xには、私文書偽造罪(刑159条1項)が成立すると解する。