資料:2件
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島崎藤村『破戒』について
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・はじめに
この小説の本質を社会問題とした社会小説と見るか、自我の告白という告白小説と見るか。この二つを大きなテーマとして、これまで『破戒』は論ぜられてきた。もちろんその両方の面を併せ持っているのは間違いない。先に私の結論を述べると、『破戒』は告白に重点をおいた告白小説であり、被差別部落という社会的偏見の中で生きる人物の立場を生かしたものである。
・『破戒』の告白
『破戒』の大きなテーマを告白とすると、それは主人公瀬川丑松が、自分は新平民であると打ち明けることを父親から厳しく戒められてきたものであり、その戒めを破ることは自らを社会から「零落」させることに他ならないものである。しかし、猪子蓮太郎という人物の登場によって丑松の心は揺さぶられる。「『我は穢多なり』―ああ、どんなにこの一句が丑松の若い心を掻乱したろう。『懺悔録』を読んで、反って丑松はせつない苦痛を感ずるようになった。」(第一の四)とあるように、父親の戒めと猪子蓮太郎の存在及び著書という二つの思いが丑松の中で葛藤しているのである。この猪子蓮太郎の存在が丑松に「告白」を決意させた外的要因の根本を為すものである。
丑松は身分告白を決意した際、「恋も捨てた、名も捨てた」(二十の四)と言い、「熱い涙は若々しい頬を絶間も無く流れ落ちる」(同)のである。しかし堂々と身分を公言して不合理な社会と戦う猪子蓮太郎は著書の出版もできるし、妻があって地方代議士を友人に持ち、講演する際には多くの人が集まってくる。そうした、社会的に見た蓮太郎の実際の立場に照らして見ると、丑松はたとえ早く身分を告白しても、また不合理な社会と戦っても、蓮太郎同様、もしくはそれなりに社会に受け入れられることは可能であるといってもよいだろう。
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