『破戒』と『それから』
「破戒」
まるで出来のいい推理小説を連想させる巧みな構成に驚いた。冒頭で丑松の命運を左右する重要なエピソードが二つ語られる。まず丑松は大日向の「せいで」転宿を余儀なくされる。新平民という大日向の身分が発覚したために二人とも下宿を出ることになる。ところがこの迷惑このうえない大日向の「おかげで」丑松は彼とともに(「放逐の恥辱が非常な奮発心を起こさせた動機となって」というやや作者のご都合主義的なこじつけには無理があるとしても)日本を出てアメリカのテキサスの移住することになるのである(「テキサス」を選んだ作者の意図はいかがなものか。当時の日本だったらたとえ行く先がアメリカであってもカリフォルニア辺りではないだろうか。それにテキサスは農業よりも牧畜が盛んだったはずである。新平民の丑松が渡米先でもそれらしい職業に従事するのは不都合だと作者が判断した結果であろうか)。
もうひとつは第十八章で準教員が「瀬川君に穢多の話を持掛けると、必ず話頭を他へ転して了ふ」と鋭く見抜いている丑松特有の、素性を隠そうとするおどおどした不自然な心理の働きが既...