「魚服記」はいかに読まれうるか
はじめに
昭和8年3月「海豹」創刊号に発表され、昭和11年6月太宰治の第一創作集「晩年」に収められた「魚服記」は、鳥居邦朗氏によれば<太宰文学全体を通じても燦然と輝く珠玉の好編>とされる。太宰自身の思い入れを見ても、木山捷平氏によれば<太宰は原稿を毛筆で書いているのである。・・・・習字の清書でもしたかのように、一字一画といえどもおろそかにしない、力のこもった筆跡で書いているのである。僕はその、何度か書き直したであろう精進ぶりに圧倒された>(1)ほどの小説である。
それにしても、読後の余韻と共に素朴な疑問が残る。
「なぜスワは、二度までも自殺しなければならなかったのか?」
それに答える前にまず、最初の自殺はどういう理由からだったのか?、考察したい。
Ⅰ
<わらぶとんを着て炉ばたに寝てしまった>スワは、<白いもののちらちら入口の土間に舞いこんでくる>(傍線筆者)のをおぼろげに見て、<初雪だ!と夢心地ながらうきうき>していた。スワは<白いもの>に心を躍らせていたのである。とたん、<疼痛...