「「市場の欠陥」と「政府の欠陥」をふまえ、社会福祉「市場化」の問題点と市民本位の社会福祉の課題をまとめなさい。」
戦後、日本では社会福祉は行政の責任で国民の生活を保障する、措置制度のもとで発展してきた。行政提供され、限られた福祉サービスを、国が「割り当てる」というもので、職権による「措置権者による決定」がなされ「サービスの提供」がされるという流れであった。対象者の個々のニーズに少しでも近づけるように、対象者本人の努力はもとより、地域住民の協力があってこそ制度が支えられ、福祉国家の一員となるまでに成長してきたことは評価されるであろう。
しかし、「サービスを利用できるかどうかは役所の裁量に委ねられる」サービスを利用する事は「権利」ではなく「反射的利益」に過ぎないと問題視されてきた。また、措置制度は行政処分であることから、人間を行政処分の対象にすることは人権を無視している事や、自己決定が反映されないなどの批判にさらされた。そこで、平成12年からの社会福祉基礎構造改革が進められ、基本的に福祉サービスは、福祉サービス提供者と利用者の間の「契約」によって提供され、「利用者の立場に立った社会福祉制度の構築」「サービスの質の向上」「社会福祉事業の充実・活性化」「地域福祉の推進」を柱とし、利用者本位の、「自己選択」、「自己決定」、「利用者と事業者の対等な関係」を前面に据えた、利用契約制度に移行され、社会福祉サービスの市場化が進められた。
福祉サービスの市場化により、いくつかのメリットが挙げられる。その一つに利用者の選択の幅の拡大が挙げられる。例えば、ある利用者の住む地域に複数のサービスを提供する事業所があるとする。その場合、その中から利用者が自分に合った事業所を選択するとなる。各事業所は利用者獲得のために、よりよいサービスを提供しようと努め、各事業所との間で競争原理が働き、それぞれの事業所で利用者が求める福祉サービスを考え、工夫し、さらにサービスの質の向上に努めることにより、福祉業界全体が活性され新たな地平を開く事となる。
しかし逆に、市場化によるデメリットも大きく、一つは、措置制度では十分とはいえないが、現在の介護保険制度になり、規制緩和が図られ、福祉サービス事業の参入が簡易なった一方で、少ない額ではあるが、今までは公費で運営していたものが、公的資金の導入が縮小された事によって、福祉事業の経営の安定化・効率化を求めるようになった。介護保険や障害者自立支援法では、提供するサービスごとに単価が決められており、それに応じた報酬が受けられるシステムであるが、その報酬は経営基盤が安定され、整うレベルには達しておらず、事業所も採算ギリギリのラインでの経営を強いられており、事業の効率化を図らざるを得ない状況である。また、障害者に関しての福祉サービスは、地域格差も大きく利用できるサービスも不足しており、そのため、選択の幅も狭く契約自体が成立しない場合もある。そういった動きの中で、事業所の利益にならない利用者が切り捨てられてしまう事もあり得る。
介護保険を利用するにあたり、同じ介護度の利用者が複数おり、利用の希望がある場合、事業所は同じ事なら比較的手のかからない利用者を選んでしまうことがある。例えば、医療依存が高い、訴えが多い(家族からの訴えも含む)、精神的に不安定、などいわゆる、「手がかかって面倒」「問題が多い(家族に対しても)」利用者は事業所のたらい回しにされたり、敬遠されるなどして行き場を失ってしまうことがある。せっかくの「利用者本位」、「多様なサービスの選択」と大きく掲げていた介護保険制度が、実際のところは「事業所による利用者の選択」が行われているところも少なくない。こうなると「利用者と事業所の対等な関係」から遠ざかる事となる。このことから、契約の自由の原則は、サービスを受ける者だけではなく、サービスを提供する事業所、双方に当てはめられるものであって、サービスが必要な利用者にとっては、容易に権利を行使できる状況ではないと考えられる。
二つめは、福祉サービスの質の低下の恐れがある。福祉サービスの市場化のメリットとして競争原理によるサービスの質の向上を先述したが、その効果は一時的なものになりがちである。事業所はより利益を上げようとし社会福祉労働者を低賃金、悪条件で雇用しようとする。社会福祉に、高い志や希望をもって職に就いても、仕事内容に比べての低賃金、悪条件では、労働意欲や能力を発揮できない。また、中には、心身を酷使し燃え尽き症候群になってしまう労働者もいる。その結果、人員不足等により、質の高いサービスが提供できない状況となり、サービスの質の向上どころか、サービスの低下に拍車を駆けてしまうことになる。
三つめは、市場化による福祉サービス受給の格差があげられる。介護保険制度以前の公的支援を受けていた利用者の中には、介護認定の可、または不可や介護度により受けるサービスに上限があり、利用料を支払うことが出来れば十分に受けられるサービスも、年金生活の高齢者には経済的負担も大きくなっていった。今まではなかった介護保険料を支払い、さらに受けるサービスでの利用料の1割負担が払えずサービスの受給を抑えることにより、家族の介護負担を増やしてしまうなど、今までの生活に大きな変化を与え、利用者個人が最も望むサービスを受けられるとは限らない。その一方で、経済的に余裕がある人は、支給限度額を超えても、自費で介護サービスを追加して受けることで、今までと変わりない生活を送ることが出来るなど、経済力に応じて介護を受けられる量に差が出てしまうことになる。生活状況、経済状況に適した選択を利用者本人が責任を持って決定する、という意味では、自由権と自己決定権が認められといえるが、所得格差から介護負担の格差が生じ、さらには生き方への格差へとつながり、サービスを受ける対象者や生活状態を考えると誰もが十分満足のいく選択は不可能といえる。
社会福祉事業は、サービス利用者の立場に立って権利を行使できる制度として発展されなければならない。サービスを提供する事業所は、社会福祉の理念に沿ってサービスの提供の義務を果たし、「相手をいかに思いやるか」という、利用者の立場に立つことのできるものが望ましいと言える。また、今後より一層、社会福祉に関わるサービス事業者の多様化の促進、地方自治体よりも非営利団体、民間企業などの参入が拡大し、あわせて福祉情報システム化の進展、様々な改革的変化への期待、そういった変化の中でも、福祉サービスを必要とする人々の人権擁護、利用者本位のサービス展開が図られるよう、社会福祉従事者の質の向上、人員の確保が重要となってくる。優秀な人材確保のための社会福祉従事者育成制度は、今後、他分野とも連携して政策的課題となる。
そして、何よりも必要なのは、地域において必要なサービスを確立するための民主主義的公共の確立である。
市民権の一環と認識し、地域社会を構成する市民の権利であると共に義務であり、国民全体の理解と協力が必要である。そのための政策を国の責任として展開し、地域社会の形成、福祉の社会化が今後の大きな課題であるといえる。
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