「司馬遷の歴史叙述の目的について」
はじめに
司馬遷といえば東洋における歴史学の父的存在であり、『史記』の著者、紀伝体の開発者として知られている。その『史記』を生み出した司馬遷は歴史をいかなるものとして捉えていたのであろうか。このリポートでは様々
な文献を参考にしつつ、司馬遷が『史記』の著述を通じてどのような目的を達成しようとしたのかに迫りたい。
一節 古代中国の歴史学=評価のための歴史学
まずは現代的な歴史学と司馬遷の時代の歴史学との差異を示しておこう。現代における歴史学の根幹は、年代や事件の正確な事実を科学的・論理的に実証しようとする「事実の究明」と、それらの事実を元にいくつかの現象を繋ぎ合わせて説明する「認識や評価」の二つである。
それに対して司馬遷の時代の歴史学はというと、そういった構造をもっていたとは言い難い。特に違いが大きいのは事実の究明に対する意識であろう。現代と比較して科学的論証技術が発達していなかった当時においては、個々の事実に対する検証の精度が現在ほどには高くなかった。また儒教思考や皇帝の正統性、呪術的迷信など当時の常識からすれば疑う必要がない(あるいは疑ってはなら...