産業革命が進行すると、これにともなって経済恐慌が約10年の周期で発生した。イギリスでは1825年、最初の経済恐慌がおこり、1837年にイギリスとアメリカに経済恐慌がおこった。その後も世界的な規模で経済恐慌が発生したが、1920年までの経済恐慌と1929年の世界恐慌はかなり様子がちがう。そのため、それ以前の経済恐慌が古典的な経済恐慌だと考えられている。
古典的な経済恐慌の特徴は、たしかに恐慌の打撃は激烈であったとしても、短期間の沈滞期を過ぎると急速に回復にむかったことである。そのため、経済の自動回復力にたいする信頼感が一般的なものになっていた。政府はこうした景気の循環にたいしては自由放任の政策をとるべきであり、経済のことに政府が手を出すべきではないと思われていた。
1929年の世界恐慌は、主要先進国の経済機構を根本的に変化させた時期であった。この恐慌は、それ以前のものとちがって長い不況の時期をもたらし、もはや自動回復力の信念に頼っていたのでは、どうにもならないと思わせるほどのものであった。
共和党のフーヴァー大統領は、自由放任政策の信奉者で、不況が続いても経済に対しては手を出...