二十一世紀文化革命

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    エンパワーされる情報社会、知識資本主義
    新しい時代の到来を告げる鐘が、とうとう鳴ってしまった。iPhone 3G が登場した7月11日は将来、そういう日として振り返られることだろう。「額に汗して働く」近代モデルが揺らぎ、別の原理が現実に個人をエンパワーする時代の到来。それは職種的にはエンジニアの時代であり、エンパワーされたエンジニアに発注する、スモールカンパニーの、あるいは家庭を拠点とするファミリービジネスの時代である。
    なぜならそれは、人間の「創意工夫」や「創造性」が比較的直截な形で、個人の所得につながる時代だからだ。情報社会、知識資本主義とは、20世紀後半から言われていたことだが、当初はマーケティングやトレンド分析、社会事象の説明に使われるキーワード、あるいは大企業の事業戦略策定上のヒントでしかなかった。個人が自分の人生を構想する概念ではなかったのだ。当時は「額に汗して働く」勤勉性こそが人生設計の指針であった。
    ところが「iPhone + App Store + SDK」の登場で、この状況に風穴が開こうとしている。
    「iPhone + App Store + SDK 」
    今さらのこと、iPhoneの説明は省略しよう。ただし一点。iPhone は進化したケータイではない。ケータイとは別の、ネット閲覧携帯端末という新しいカテゴリーを拓く究極商品だ。だからネット世界がこぞって秋波を送っている 。
    日本で世界で、今IT業界はiPhone 特需に沸いている。大企業からベンチャー企業、コンテンツ関連企業のIT部署、週末起業家までiPhone SDKをダウンロードして、様々なアプリにチャレンジしている (左図)。これは今年3月、iPhone SDK(ソフトウエア開発キット)が無償で公開され、サード・パーティのエンジニア、デベロッパーにiPhoneのアプリケーションの開発環境が整備されたから 。
    そして App Store。それはiPhone用のアプリケーションをネットで購入できるECサイト。App Storeを使えばユーザーは、iTunes Storeで曲を買うのと同じ要領、手軽さで、iPhone用のアプリを購入できる。そしてエンジニアにとっては、売り上げの3割をアップルに納めるだけで、iTunes Store 販売網を利用して、世界のユーザーにアプリを販売できる、そういうツールの登場なのである。
    しかもこの目的のためiTunes Store が拡大された。これまで北米地区、日本、オーストラリア/ニュージーランド、欧州諸国の全22ヵ国だったが、 App Store のオープンに伴ってアジア、南米、アフリカにまで広がり、全63カ国になった。中国のように、iPhoneがまだ発売されていないにもかかわらず、iTunes Storeだけオープンした国さえある。
    たとえばゲームソフトメーカー、サン電子株式会社は、講演「iPhoneで期待される、モバイルコンテンツの世界展開」で、「北欧の天才プログラマーが、いきなりとんでもないソフトを作って世界を席巻するかもしれない。資本力ではなく、知恵で戦える。会社も個人も同じ土俵の上で競うことになる」と興奮気味に語っている 。
    また CNET Japan の寄稿家江島健太郎は「テクノロジーの民主化」と言う表現を使った。少し長いが引用しよう 。
    iPhoneには、パソコン同様、MacOS Xに相当する最新かつフルスタックのオペレーティングシステムが搭載されています。(中略)iPhone OSでは、加速度センサーやカメラ、GPS、ローカルのデータベースなど、内部のありとあらゆる機構に一般のアプリケーション開発者がアクセスすることを許しています。開発者の自由度を高めることで、開発者の情熱を引き出す。こういうオープン性がもたらす開発者コミュニティにおける化学反応こそが、(中略)他社が簡単に真似できない決定的なアドバンテージになることを、アップルはMacの経験から知っていました。
    要するに、(1)iPhoneのための新サービス、新商品の開発、宣伝、販売の環境が、無償あるいは低廉なコストで準備され、ネット世界の魅力がエンパワーされる。(2)しかもそこにはエンジニアが開発機能を担うだけでなく、起業家になる道がひらけている。(3)これは大企業ばかりでなく、デジタル化されたコンテンツを扱う中小企業、個人がグローバルな規模で、ミクロな需要をコツコツ拾い集め一定規模の売上へつなげる(ロングテール)可能性を意味する。一方で、一般商品、サービスでニッチな商材を扱う事業者をエンパワーする点は変わらない(流通コストに工夫は必要だが)。
    こうして社会に所得のシフトが起きる。
    十六世紀文化革命
    十六世紀、大学と無縁で社会階層として低く位置づけられていた職人や商人が、ラテン語ではなく俗語で、科学書、技術書を著し、自分たちの経験と思考を広く公表し学問世界に越境した。それが十六世紀文化革命の表象である。その革命性は、職人の自然への働きかけの手順、商人の資本や商品を管理する手法、つまり観察と測定と記録という世界認識の新しい視角に、価値が認められた点にある。
    この価値観の転換が「近代」を準備し、19世紀から20世紀にかけ、科学の進歩史観に、市場原理に結実した。
    私達の二十一世紀、エンジニアがエンパワーされ、エンパワーされたエンジニアに発注する、スモールカンパニー、あるいは家庭を拠点とするファミリービジネスが勃興するなら、再度価値観の転換が起きるに違いない。二十一世紀的課題である環境問題も、ワークライフバランス問題も、価値観の転換、二十一世紀文化革命なしには解決しない。
    ジョブズ氏が創立したアップルは、二十一世紀文化革命のスターターキットを作ったといえよう。
    明らかに世界は「良い場所」になっているよ。
    これまでは大金を持った大きな組織の人たちでなければできなかったことも、個人ができるんだから。
    ─ スティーブ・ジョブズ(梅田望夫氏訳 )
    The world's clearly a better place. Individuals can now do things that only large groups of people with lots of money could do before.
    ─Steve Jobs
    2
    情報社会生活マンスリーレポート 08年09月号
    Column
    二十一世紀文化革命
    神宮司信也
    【今月の参考クリップ】
    1.
    ・iPhoneでヤフーのサービスをどうぞ、最適化した100以上のサービスを提供開始
    http://markezine.jp/article/detail/4522
    特に人気の高い検索、天気、スポーツ、占い、ファイナンス、オー
    クション、メール、掲示板、動画、路線情報、地図、トピックスを。
    2.
    ・GoogleもiPhone対応、検索トップページやGmailに加えて写真閲覧サービスも
    http://markezine.jp/article/detail/4533
    独特のタッチスクリーンで、ウェブや写真閲覧を楽しめるのがiPhone。
    そのタッチをGoogleの写真サービスでも。
    3.
    ・科学がテーマの「iPhone」アプリケーション22選
    http://it.nikkei.co.jp/mobile/news/index.aspx?n=MMITfa000014072008&landing=Next
    画面の大きさが魅力。それに目をつけたソフトが、米国では開発さ
    れているようだ。例『Netter's Anatomy』(ネッター解剖学)。
    4.
    ・アップル、端末発表の裏にもう1つの仕掛け、アプリ提供の「App Store」開店
    http://bcnranking.jp/news/0807/080724_11350.html
    エンジニアに、腕一本で独り立ちできる可能性を提供したのが、
    「iPhone + App Store 」。世界を相手に、ロングテール追求。
    5.
    ・iPhoneとAppStoreで始まるモバイルゲームの世界展開
    http://watch.impress.co.jp/game%2Fdocs/20080710/bba.htm
    「北欧の天才プログラマーが、いきなりとんでもないソフトを作っ
    て世界を席巻するかもしれない」。
    6.
    ・iPhoneという奇跡
    http://japan.cnet.com/blog/kenn/2008/07/13/entry_27012223/
    これってケータイなの?とか、携帯にしてはあれがないこれがない、
    という議論はお終いに。「携帯インターネット端末」なのだから。
    7.
    ・梅田望夫 - Musings - ウェブブック『生きるための水が湧くような思考』
    http://www.mochioumeda.com/musings/
    「ウェブブック」というスタイルがいかにも。『web進化論』の梅
    田さんの、この時代に生きる若い人への新しいタイプの人生論。
    【参考情報・参考図書】
    ・「『近代モデル』の終わりと賃金の下落」 『フォーブス日本語版』 08年8月
    ・『一六世紀文化革命 2』 山本義隆著 みすず書房

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