資料:8件
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ハンセン病レポート
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「発病後、人目を避けるため裏の奥座敷に独りこもっていたが、村の人がそれを知って弟や妹が学校でいじめられていた。私のためにこれ以上家族に迷惑をかけるのは忍びないと思い、家を出て海岸辺に隔離小屋を建ててもらい、そこに独り暮らすことにした」(犀川 一夫 著 1996 ハンセン病医療ひとすじ 岩波書店)。
これはハンセン病患者の言葉です。ハンセン病は、昔、らい病と呼ばれ恐ろしい不治の病とされていました。ハンセン病の歴史は古く、長年に渡って何らかの形で差別を受け続けてきました。社会の偏見の目や、病気への無理解や無関心も患者を苦しめ、国の政策も患者の人権を無視したものでした。ハンセン病患者の人々は差別によってどのような境遇をたどったのでしょうか。
明治初期には、国による対策は何もありませんでした。家族からも故郷からも見放された患者は、隔離小屋を建てて、そこに独り暮らすか各地を転々と放浪するしかありませんでした。なぜ、ハンセン病患者はこのような差別を受けたのでしょうか。その理由の一つは、病気の性質によるものです。
ハンセン病は、はじめは皮膚のかすかな異常から始まり、そのうち皮膚が変色したり腫物ができたり、顔の容貌が明らかに変化してきます。やがて、鼻や指の脱落まで起こします。さらに、伝染性があると言われながら、実際は感染力が弱いため容易に人には移ることはないにもかかわらず、病気の症状も手伝って遠ざけるべき存在となっていきました。
もう一つの理由は、宗教的なものです。日蓮宗の経典に、「諸病のうち、らい病、最も重く、宿罪の因縁の故に治し難し」という記述があるように、前世の罪による天刑病とされていました。特効薬も医学的な治療法もなかったので、ハンセン病患者は教えにすがり、日蓮宗の寺に訪れたようです。これらも人々の差別と偏見の原因となりました。
「隔離小屋の生活では時折ハブが出るが、こちらがいじめなければ何もしないので、少しも怖くなかったが、それよりも何もしない私に石を投げたり悪口を叫んだりする人間の方が、よっぽど恐ろしかった」(同著書より)。いずれの理由にせよ、ハンセン病患者は人々から避けられ、独り孤独に暮らすか、あてもなく放浪するしかなかったようです。
1907(明治40)年、「ライ予防ニ関スル件」が制定されました。社会的、経済的な理由から、あてなく放浪していた患者の収容を主な目的とし、全国五か所に公立療養所が建てられました。このころはまだ、絶対隔離という方針ではなく、どこにも居場所のない患者に希望を与えるものにも成りえたのです。
「入園は、私にとって夢のような話で、生きる希望を与えてくれるものであった。家族と離れ、独り隔離小屋に暮らすことは辛かったが、それ以上に私のために家族が村の人々から偏見をもって見られつつ生活していることを思うと、心が重く、一日も早く故郷を出たいと思っていた」(同著書より)。
しかし、1931(昭和6)年、ライ予防法(旧法)が成立し、患者の希望は裏切られます。国はすべての患者の終生隔離を目指す絶対隔離へと方針転換しました。公立療養所は国に移管され、新たに国立療養所が建てられました。そこでは、手足の傷の悪化や合併症を招くような重症患者の看病を強制されたり、結婚の条件として断種手術や妊娠中絶を強いられたりしました。療養所から出ることは法を犯す逃走とされました。
いずれの療養所も予算は乏しく、設備も整っておらず、食事は質素で、生活環境は乱れていました。療養所の一つには特別病室(重監房)がつくられ、療養所の運営に問題があるとされた
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ハンセン病
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ハンセン病はなぜ偏見・差別の対象になったのか
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『ハンセン病はなぜ偏見・差別の対象になったのか』
私が、ハンセン病を知るきっかけになったのは、准看護師時代に、多摩全生園を訪問したことである。私はそこでハンセン病の歴史と、入所者様があじわってきた、偏見・差別について学習し、正直驚きと、人間としての扱いをうけていない入所者様の苦痛を学んだのである。
ハンセン病はなぜ偏見・差別の対象になったのか。理由はたくさんあると思うが、その中で、大きく3つにわけ考えて行きたいと思う。
まず、第1に、正確な情報の不足と、正確な情報を伝えるだけの研究が進んでいなかったことが挙げえられる。現在ハンセン病の研究は進み、ハンセン病は
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ハンセン病について
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看護倫理レポート:ハンセン病から考える
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医療系大学の看護倫理に関するレポートです。日本の変遷としてハンセン病と取り上げ、その視点からの倫理に関する考察をしているレポートです。もらった評価はAです。この程度でいいのです。数年経過しているため、レポートによっては古い考えになっているものもあるかもしれません。あくまでも参考にされて、肉づけを行ってくださいね。
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ハンセン病の過去と相互理解についての考察
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ハンセン病は、らい菌の感染によって生じる慢性の系統疾患である。らい菌が体内に侵入し感染が成立すると、はじめ神経が侵され、次いで皮膚、更に病状が進行すると、他の臓器が冒される。神経の中でも末梢神経が侵される為、手・足・顔などの知覚麻痺や運動麻痺を起こす事が多く、結果として様々な身体障害を残してしまう疫病である。
このように、ハンセン病は重病であることは明確であるが、ハンセン病は歴史的に見て世界中で忌み嫌われた病気であり、ハンセン病患者への非人道的な差別や政策へと繋がってしまったのである。
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『封印された叫び〜国策・ハンセン病隔離の罪〜』を見て
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私はハンセン病についての知識はほとんどなく、ハンセン病の歴史等は知りませんでした。しかしこの映像を見て、国の政策によって作られた、その残酷な歴史を知り、強い衝撃を受けました。特に、施設の実態の点には驚かずにはいられないものがありました。そこでは患者の人権などまったく考慮されず、所長の言うことに反抗すると独房に入れられる、一部の患者には本人の同意を得ることなく断種手術が強要され、妊娠した女性患者は本人の意思に関係なく堕胎されたなどの人権侵害がまかり通っていたのです。そして、このような施設の存在を許す「らい予防法」が、平成8年まであったということに衝撃を受けました。
そもそも、ハンセン病に対する偏見、差別をより拡大したのは国だと思います。ハンセン病患者の根絶、という国の政策は、患者を人間として扱わないほどに徹底して行われました。療養所とは名ばかりで治療行為はほとんどされず、収容された患者たちは死ぬまでの間、敷地内から出ることも禁じられていたのです。
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