連関資料 :: 万葉集

資料:7件

  • 万葉集 三九二七〜三九三〇
  • 大伴宿禰家持、天平十八年閏七月を以て、越中の国守に任ぜらる。即ち七月を取りて任所に赴く。ここに姑大伴氏坂上郎女、家持に贈る歌二首 ▽ 坂上郎女・・・大伴旅人の異母妹。万葉集に歌も多く、一流の女流歌人で家持の家庭生活及び作歌生活に大きな影響を与えた。この歌の当時四十六歳。(大系) ▽ 閏七月・・・家持が越中国守の任命をうけたのは『続日本書紀』によると天平十八年六月二十一日。この年の閏は九月にあったので、誤写されたものか。(全注) ▽ 七月を取りて・・・「取」は日取を選び取る意で書いた、和風的表現であると考えると、七月ではなく七日の誤写であろう。(全集)    ▽ 越中の国守・・・「越中」は国名で現在の富山県にあたる。「国守」は国の長官。(全注) 三九二七 草枕 旅行く君を 幸くあれと 斎瓮据ゑつ 我が床の辺に ▽ 草枕・・・「旅」の枕詞。古代の旅では草を結んで枕にしたところからかかる。また、実際にそのような枕を用いたのではなく旅のわびしさを表す表現だともいう。(全注) ▽ 旅行く君を・・・「旅」は家を離れてよそで暮らすことをいう。よって地方官勤務も旅であった。「を」は主格を表す。(釈注) ▽ 幸く・・・無事で、元気で、の意。(全集) ▽ 斎瓮・・・神に奉る酒を盛る土器の壷。相手に逢いたい時や旅路の安全を神に祈る時に、祭祀を掌る女性の寝床の枕のあたりに据えた。(釈注) ▽ 我が床の辺に・・・自分の寝る床のそばに、の意。「床」は集中では男女の共寝を背景とする寝床を称することが多いが、ここでは男(夫)と離れて独寝する寝床であるがゆえに「我」がついている。(釈注) 三九二八 今のごと 恋しく君が 思ほへば いかにかもせむ するすべのなさ ▽ 今のごと・・・別れに臨んでいる今のように、の意。「今」は出発直前で相手がまだすぐ側にいる時をさす。(釈注)
  • レポート 日本文学 万葉集 三九二八 三九二九 三九二七
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  • 万葉集・神話と逢い引き
  •  広く諸外国の古典文学などに各々の神話や宗教的要素がしばしば見られるように、万葉集にもまた日本の神話が大きく影響しているようだ。それは作品そのものに神が登場するというものではない。人々の生活の中に当然として神話の存在が反映され、それらが歌へ反映することで分かるのである。中でも注目したのは、恋愛である。  恋愛を歌うものを読んでいく上で気付くのは、やたらと逢い引きにおいて人目を憚り、夜になると男が愛しい人の元へ出かけることである。万葉集の時代、結婚とは主に妻の元を夫が訪れるという形式「通い婚」であった。何故このような形式が取られたのだろうか。 (あ)「朝去きて夕は来ます君ゆゑに ゆゆしくも吾は嘆きつるかも」(巻十二より)  この歌から分かるように、男は朝去り、夜訪れる。逢い引きをするのは夜に限るという当時の習慣が窺える。またそれだけではなく、この(あ)にある「ゆゆしい」からどうやら神話の関係が窺えるのである。「ゆゆしい」とは、広辞苑によれば「神聖であるから触れてはならない」、また、「忌まわしい、不吉」という意味である。
  • レポート 日本文学 万葉集 古代日本 神話 逢い引き
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  • 万葉集の難訓歌について〜17番歌と3289番歌の例を通じて〜
  •  万葉集に見られる難訓歌について、その定義や実際に訓じてみたことについて、各種文献を参照した結果をまとめる。  難訓歌とは、簡単に言ってしまうと訓じるのが難しい歌であり、訓について注釈の見解がわかれているものである。訓じるのが難しいと一言で言っても様々なパターンが考えられる。一つのパターンとしては、歌に含まれる漢字の読みが特定できない場合がある。特殊な使い方などで、他を当たってもあまり使用されていない読ませ方をしているものがそれだ。また、他のパターンでは、読みはわかっていても枕言葉や文脈から考えて意味が通らなくなるものがある。他にも様々なパターンが考えられるが、本レポートではその二つのパターンについて見ていきたいと思う。
  • レポート 日本文学 万葉集 難訓歌 国文学
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