火曜2限 健康科学A実習レポート
2008年6月24日(火)提出
視野の逆転と運動
Ⅰ.視野の上下逆転と運動
Ⅱ.視野の左右逆転と運動
実習実施日:2008年6月11日, 2008年6月18日
Ⅰ.視野の上下逆転と運動
<目的・テーマ>
▼視覚座標と運動座標は厳密に対応している。プリズムを用いた上下逆転眼鏡を装着して座標空間と物理空間の上下方向の対応関係を逆転させた状態で、机上の作業を行ったときにどのようなことがおこるのかを知る。これにより運動が視覚によってどのようにコントロールされているのか、脳内で視覚の空間座標が運動の空間座標とどのように対応付けられているのかを考える。
▼<方法>で示す課題1、課題2を行う際に、自分の作業を通じてまた他人の作業を観察して気付いたことを記録する。気付いたこと、図形上の線の軌跡、作業時間などをデータとして記録する。
<方法>
▼使用機器
上下逆転眼鏡:直角プリズム2個により垂直方向視野が逆転する
(視野角度:水平55度、垂直32度)
実習書・マーカーペン、ストップウォッチ
▼課題
課題1:文字の認識
1)下の英文を上下逆転眼鏡なしで読む
2)上下逆転眼鏡を着用して読む
3)眼鏡をはずしてもう一度読む
課題2:視覚の空間座標と運動の空間座標
1)時間を計りながら右図の線をなぞる
2)時間を計りながら右の図形をなぞる
※ただし図形の実寸を縦線(9cm)横線(9cm)星形の一辺(10cm)として実習を行う。
<結果>
課題1:1)読みにくく、pとb、aとeなどの文字が特に混同して読みづらかった。
内容は理解できなかった。
2)何の問題もなく読むことができた。内容も理解できた。
3)読みにくかったが、1)よりも速く、正確に読めた。
課題2:別に実習所の一部を添付
なぞった距離10*5=50cm→課題1)の9cmに対して5.556(=a)倍であるが、
(縦線をなぞるための所要時間平均)*a<(星形をなぞるための
所要時間平均)<(横線をなぞるための所要時間平均)*a
⇔
38.45(sec)<42.34(sec)<86.84
<考察>
▼課題1について、このような普通に読むのには容易な対比構造の英文、例えば“ugly↔beautiful”“bad↔good”などは一度読んで内容を理解してしまうと記憶に残る。このため眼鏡を装着せずとも、一度読んで理解した文章であれば、ひとつひとつの単語を理解することなく記憶した内容から推測することによって、容易に読むことができると考えられる。つまり、左右逆転眼鏡を一度かけた後のほうが、眼鏡をかけないで読んだ時に読みやすかったのは、内容を理解したことが原因だと考えられる。
▼課題2,1)について別紙を参照すると、縦の線を引く時よりも横の線を引く時のほうがより多くの時間を要することが分かる。上下逆転眼鏡をかけていない状態でも、縦線を引く時には左右に、横線を引く時には上下にズレが生じるため完全に直線をなぞることはできない。(別紙※1参照)私たちはその生じたズレを視覚によって認識し補正を行う。上下逆転眼鏡を装着した状態では左右のズレの補正は装着していない時と同様に行えるが、上下のズレの補正が難しくなる。つまり上下の視覚が逆になることによって、線を引く際の上下のズレの補正がスムーズに行えないため、横の線を引くほうがより多くの時間を要するのだと考えられる。
▼課題2,2)について、星形の図形をなぞった軌跡に注目すると、2番と4番の数字がつけられているコーナーから延びる直線上において、なぞったペンの軌跡が乱れていることがわかる。これは実習者が右利きの場合、この二つの箇所で手首をまわしにくくなるため、ペン先がつっかえて手首のまわりやすい方向に軌道がそれてしまう。軌道のズレとその補正を繰り返し行ったことで軌跡が乱れたものと考えられる。
Ⅱ.視野の左右逆転と運動
<目的・テーマ>
▼普段何気なく行っている姿勢の維持・立て直しや歩行運動はバランス感覚ばかりでなく視覚によっても強いコントロールをうけている。左右逆転眼鏡を装着して歩行運動を行うことにより、重力方向に対して体軸をどのように調節して姿勢を維持するのか、視覚情報がそれをどう制御しているのかを体験・理解する。また参考文献を通じて、このような視野変換に対する適応の脳内メカニズムを考察する。
▼歩いている人の頭や上体の動き、脚の開き方・運び方などを注意して観察する。姿勢や歩行が視覚および平衡感覚(重力感覚)によりどのようにコントロールされているのかを考える。
<方法>
課題1:左右逆転眼鏡を装着して、体育館でフラッグ付きのポールを立てて、スタ
ート地点からポールまで直進したのち、ポールの周りをまわって元の位置
まで戻ってくる。
課題2:左右逆転眼鏡を装着した人を、装着していない人が課題1と同じコースを
誘導する。
課題1においても2においても4チーム(1チーム11人)のリレー形式で行い、課題1については、左右逆転眼鏡を装着していない他のメンバーが呼びかけによって左右逆転眼鏡を装着している人を誘導するものとする。
結果
課題1
・足がヨタヨタして直進できていなかった。
・手を振って歩かなくなる。
・顔の向いている方向と足先とが逆になっていた。
・足を開いて歩いていた。
・距離感がつかめなかった。
・気分が悪くなる人がいた。
・フラッグに近づくほどフラッグを見失いやすくなる。
・呼びかけが大きいほうが、より早く正確に往復できていた。
・いろいろな人の声が行き交っていたが、自分に対する呼びかけは容易に聞き取ることができた。
・ポールを回っている時、視野がいつもより早いスピードでぐるぐる回っているように感じた。
・男女差があり、女性のほうがうまく歩けない傾向にあった。
課題2
・安心して歩けた。
・普通に歩けたがポールを回った時の見えた感覚が変だった。
・ポールを回る時にガイド役の人とぶつかってしまった。
・課題1で比較的うまく往復できた人のほうが、ガイドをつけた時もうまく歩けて
いた。
考察
▼視覚情報は左視野の情報は右の大脳皮質(右半球)で、右視野の情報は左の大脳皮質(左半球)で処理される。目のレベルでは左目も右目も両方の視野を見ているので、外側膝状体へ視神経回路が選択的につながる前に、左目の左の視野は右脳へ、右目の右側の視野は左脳へ行くように視交叉でpathway selectionが行われる。すなわち、右視野の情報は左脳に、左視野の情報は右脳に与えられる。大脳皮質一次視覚野からは見ている物の形態情報を処理する経路と動きや空間における位置・奥行きなどの空間視に関する情報を処理する経路に分かれる。視覚座標から運動空間座標への変換は空間視経路の活動によるところが大きい。
私たちは普段、見たい方向と逆方向に頭を動かすがそれに慣れているため気付かない。それは、自分の頭が動いているという情報が、上で示した視覚情報の伝達経路を含む視覚空間の認知のシステムに伝えられ、視野の動きを打ち消しているからである。左右逆転メガネをかけると、視野は頭を動きと同じ方向に、頭の動きのスピードと同じスピードで動く。しかし私たちの脳は、自分の頭がある方向に動いたから、視野は逆方向に頭と同じスピードで動くに違いないと判断を行う。そこでその動きを打ち消すように、視野を順方向へ動かしてしまう。その結果として、視野は頭を動かしたと同じ方向へ、頭の動きの二倍のスピードで動くことになる。姿勢は光学的な流動によって影響を受けるため視野が速く動くことによる混乱が生じる。つまり課題1の結果で見られた「直進不能」「足先と顔の向いている方向の不一致」「不安定」「距離感の喪失」、また、何かの周りを回ったり目標物を見つけることが難しくなることはこれにより生じるものであると言える。
上で述べたように私たちは無意識のうちに見たい方向と逆方向に頭を動かすことに慣れているが、これは遺伝的情報による神経回路の形成と成長にともなう適応の結果である。つまり、成熟脳において網膜像から外部空間を再構成するためのルールは完全に成立している。しかし長期間逆転眼鏡を連続的に装着して行動すると、適応し、ほぼ正常な視覚と運動の協調が成立する。このことは3頭のニホンザルを用いた実験によって証明されている。この実験の結果から考察すると、視覚中枢におけるニューロン活動の可塑的変化によって行動的な適応が起こると考えられる。
▼視覚がうまく働かない状況では聴覚やほかの受容器が敏感に反応するようになる。
参考文献
▼ Global plasticity in adult visual cortex following reversal of visual input
杉田陽一 Nature 380: 523-526, 1996
▼ アフォーダンス-新しい認知の倫理
佐々木正人
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