基礎実習レポート
1-7錯体の組成比決定と核酸のらせん構造形成
実験実施 2010/5/12
提出2010/05/19
Ⅰ.目的と概要
ABnの複合体(錯体)が形成する場合、AとBの混合比を1:nにすれば生成量が最大になる。混合比を変化させて組成比nを決定する方法が連続変化法で、分光光度計の場合は“Jobの連続変化法”と呼ぶ。ここでは錯体化学の実験課題として、錯体種の組成と物理化学的性質の決定、および核酸の水溶液中での構造情報を得る。
Ⅱ.原理
テキストに準ずる。
Ⅲ.実験手順
テキストに準ずる。ただし、テキストの手順4)において、二時間放置すると指示があるところを、一時間に時間短縮した。また試料溶液は、あらかじめテキストに準じて調製されたものを用いた。
Ⅳ.結果
実験1:連続変化法によるCO3+-EDTA錯体の組成決定における吸光度の測定値とグラフをそれぞれ【表1】、【グラフ1】として示す。ただし、mol分率0.5における吸光度は正しく測定されなかったと考えられるため、グラフを書く際には採択しなかった。
【表1】エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム液と塩化コバルト液の混合液の520nmでの吸光度
ただし、mol分率はEDTA4-のものである。
【グラフ1】エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム液と塩化コバルト液の混合液の吸光度グラフ
今回の実験では、連続変化法を用いてEDTAとコバルトイオンの錯体形成の比を求めた。連続変化法では複合体生成平衡を考える。ここで、Bの物質量をCB、Aの物質量をCA、ABnの物質量をCAB、1molの物質Aと錯体を生成するBの物質量をn(=1,2,3,…)とし、等モル溶液(m mol/L)を用いてX容のBに対して(1-X)のAを加えたとき、
①②より解離定数は次の③式で表わせる。
またCABが最大となる時、
よって③式を整理したものに④の条件を適用すると、
反応するAとBの分子数は整数比であるから、グラフの理論式を求めて近似曲線を描く意義はなく、実験で得られたデータのうち吸光度が最大となる時のEDTA4-のモル分率をXとすればよい。よってグラフよりX=0.4を複合体濃度最大のときのモル分率とし、nを求めた。
実験2:ポリアデニル酸とポリウリジル酸からなるらせん構造における吸光度の測定値と、塩化マグネシウム液添加前後の吸光度のグラフをそれぞれ【表2】、【グラフ2】及び【グラフ3】として示す。今回、塩化マグネシウム液添加後の吸光度の値が正しく測定できなかったため、あらかじめ正しく測定されたデータを結果として採択した。
【表2】MgCl2添加前・添加後のポリアデニル酸液とポリウリジル酸液の混合液の260nmでの吸光度
ただし、mol分率はポリアデニル酸のものである。
実験1)でnを求めたのと同様にして、連続変化法により組成比を求めた。ただし、実験2)では、原理の項目で述べた理由で吸光度が最小となるときのポリアデニル酸のモル分率をX とし、nを求めた。グラフより、塩化マグネシウム添加前では
塩化マグネシウム添加後では
【グラフ2】MgCl2添加前のポリアデニル酸液とポリウリジル酸液の混合液の吸光度グラフ
【グラフ2】MgCl2添加後のポリアデニル酸液とポリウリジル酸液の混合液の吸光度グラフ
Ⅴ.考察
<実験1について>
どのような錯体が生成するか。
実験結果からはコバルトイオン3分子に対してEDTA4-が2分子結合すると判断できるが、配位しうるEDTAの電子雲の状態から考えると、コバルトイオン1分子に対してEDTA4-が1分子結合すると考えるのが妥当である。すなわち、
[Co(H2O)6]3+ + nEDTA4- → [Co(EDTA)n]-4n+3 + 6H2O において、n=1である。
測定値と、理論値にずれが生じたのは、モル分率0.5での測定値を採用できなかったことが原因だと考えられる。測定値は飛び値となっており、操作や測定時のミスが考えられる。モル分率0.5における正しい測定値がモル分率0.4での値よりも大きかった可能性がある。以下に錯体の立体構造を示す。
2価のコバルトと3価のコバルトではd-d遷移はどう異なるか。
配位子場理論によると、電子が軌道を占有していない状態においては遷移金属における五つのd軌道はエネルギー的に等価である。ここに電子が入ると、軌道の種類によって以下に示すように二つのエネルギー状態に分かれる【図1】。二種類の軌道のエネルギー差と等しいエネルギーをもつ波長の光を当てると、電子の遷移が起こり、これを分光学的に観測することができる。【図2】に示すように、2価の場合はdx2-y2 (dz2)からdxy(dyz、dxz)の空軌道への遷移、3価の場合は、dxy(dyz、dxz)からdx2-y2 (dz2)への遷移がおこる。遷移のエネルギー差をΔEとすると、図に示したようにΔE2<ΔE3である。またエネルギー差については以下の式が成り立つ。
よって2価の場合では、520nmよりも高波長側で吸収が見られる。
【図1】
【図2】
EDTAの錯体形成はエントロピー項によることの説明
[Co(H2O)6]3+ + EDTA4- → [Co(EDTA)]- + 6H2O
の反応においては、系全体の分子数が反応前の2から反応後7に増加している。よってエントロピーは増大する(ΔS>0)。また、ΔG=ΔH-TΔSであり、ΔHは十分小さく無視できる。よって ΔG<0
この反応は、エンタルピーの増大によって自発的に進行するといえる。
<実験2について>
ポリアデニル酸とポリウリジル酸複合体(二重らせん・三重らせん)の塩基対様式
二重らせんにおいて塩基対を形成する時には、ポリアデニル酸とポリウリジル酸の幾何学的相補性により、ワトソン・クリック型配位をとるのが安定であるが、塩基間の水素結合はワトソン・クリック型配位以外にもいくつか考えることができる。そのうち存在しうるものを下に示した。
フーグスティーン型配位 ワトソン・クリック型配位
通常条件下で二重らせん構造をとるポリヌクレオチドは、特定の条件下では三重らせんを形成する。三重らせんは、二重鎖ポリヌクレオチドの一方の鎖がすべてプリン塩基、もう一方がすべてピリミジン塩基であるような配列において形成される。塩化マグネシウムを加える前は、ポリアデニル酸とポリウリジル酸の間にワトソン・クリック型配位が起きている状態であり、その二重らせんにさらにポリウリジル酸がフーグスティーン型配位をすることにより、三重鎖らせん構造が形成されたものと考えられる。すなわち、下に示すような水素結合が形成されていると考えられる。
塩濃度が上がると、なぜ三重らせんが形成されやすくなるのか。
リン酸基は負電荷を帯びており、核酸の二重らせん構造においてはリン酸基が鎖の外側に向いているため、負電荷を帯びた三本目のポリヌクレオチド鎖は反発する。マグネシウムなどの2価金属イオンはリン酸基の反発を緩和し、三本目のポリヌクレオチド鎖が接近しやすい状況を作ると考えられる。
ポリグアニル酸とポリシチジル酸でも同様のことが起こるか。
ポリグアニル酸とポリシチジル酸でも三重らせんを形成すると考えられる。以下に、C-G塩基対様式(二重らせん)および考えられる三重らせん形成時の塩基対様式を示す。ポリグアニル酸とポリシチジル酸の二重らせん構造における塩基対では、幾何学的相補性に加えて、水素結合が三つできて安定であるため、常にワトソン・クリック配置となる。
また、次のページに示すような三重らせん構造をとりうる。G-GC parallel triplexとC+-GC anti-parallel triplexの構造が考えられるが、C+-GC anti-parallel triplexにおいてフーグスティーン型水素結合を生成するには、シトシンのプロトネーションが必要であるため、酸性条件下で三重らせん構造が安定であると考えられる。
G-GC parallel triplex C+-GC anti-parallel triplex
Ⅵ.参考
青木克昌、水溶性ポルフィリンと四重鎖核酸との相互作用“熊本大学学術リポジトリ”、
2003/03/25刊行、2010/05/17参照
田富信雄ら訳、ヴォート生化学(下)、第3版、東京化学同人、2005、1262p
D. Vlieghe and L. Van Meervelt、Parallel and Antiparallel (G-GC)2 Triplex Helix in a Crystal structure(Abstract)、Science 20 September 1996:Vol. 273. no. 5282, pp. 1702 - 1705、2010/05/18 参照http://www.sciencemag.org/cgi/content/abstract/273/5282/1702
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