連関資料 :: 児童文学

資料:18件

  • 児童文学と絵本
  • はじめに 私たちが幼いころから当然のように読んできた「絵本」。おそらく、絵本が一冊もないという家庭は世界中を探してみてもほとんどないだろう。それほどありきたりとなっている絵本に、実はさまざまな奥深いことが凝縮されているということを、この「児童文学と心理学」の授業を通して知ることができた。 私は今回、その中の一つとして『昔話絵本を考える』(松岡享子著)で提起されている「昔話を絵本にすることは可能なのだろうか」という問いに、具体的に絵本をあげながら答えていこうと思う。 (1)問題提起 前出の著者は、昔話を絵本にするうえでの問題点・難点として、著作の中で大きく分けて4つの点をあげている。 ?昔話を「聞く」ことと、絵本を「読む」ことにおける視点の違い。 ?絵を見ることによる視覚以外の感覚のイメージの後退。 ?絵によってどのように時間の経過を表現するのか。 ?画家のイメージと読み手のイメージのすれ違い。 このうち、以下の各論では私が特に重要だと感じた?と?について述べていきたいと思う。 (2)上記の問題提起に対する各論 私は、昔話またはお話を絵本にする最大の目的は、あくまで読者(子供)がスムーズに話の中に入っていき、積極的に想像するためであると考える。
  • レポート 児童文学 絵本 昔話
  • 550 販売中 2006/07/30
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  • 児童文学「人権絵本」
  • 「わたしのいもうと」 松谷みよ子(作) 味戸ケイコ(え) ある町にひっこしてきたいもうとは、転校先の学校でいじめにあう。ことばがおかしいとわらわれ、跳び箱ができないとののしられ、いもうとが運んだきゅうしょくはだれもうけとってくれない。妹は体中につねられた跡があった。そして、学校に行けなくなった。妹をいじめた友達は、中学生、高校生と大きくなり楽しそうに学校へ。いじめられた妹は、笑うことも無く部屋で鶴を折る。お母さんは、
  • 学校 いじめ 子供 文章
  • 550 販売中 2010/04/18
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  • 児童文学「赤ちゃん絵本」
  • おつきさまこんばんは 林明子(著) 暗い夜空に、三角屋根のおうちと2匹のネコの黒いシルエットが浮かんでいる。やがて屋根の上がぼうっと明るくなり、おつきさまがぽっかりと顔を出す。「おつきさま こんばんは」。おはなししようとやってきた雲に、ちょっとのあいだ隠されてしまうけれど、雲はすぐに去り、おつきさまは、にっこり笑う。 おつきさまの表情がとても豊かで、裏表紙の、「あかんべー」をしたおちゃめな表情がとても印象的である。
  • 言葉
  • 550 販売中 2010/04/18
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  • 児童文学 グリム童話について
  • 童話は、子どもの想像力を刺激します。そして、話の中に入り込み、胸をドキドキ、ワクワクさせて聞き入るものです。幼児の情緒を豊かにするには、童話が必要です。私は、『白雪姫』が好きでした。この白雪姫は、ディズニーランドのアトラクションにもなり、知らない人はいないというくらい有名なお話です。これは、グリム兄弟によってまとめられたグリム童話のひとつだと知りました。もっとグリム兄弟について知りたくなり、調べてみました。 グリム家は、9人の子どもに恵まれましたが、成人したのは6人でした。グリム童話の著者は、次男のヤーコプ・ルートヴィヒ・カルル・グリム、三男のヴィルヘルム・カール・グリム、挿絵担当、末弟のルートヴィヒ・エーミール・グリルです。父親が裁判官を務めており、裕福な家庭で育ちましたが、幸せは長続きせず、1796年に父親が病死し、そその後の生活は激変し、ひっそりと暮らしていました。 1798年、ヤーコプとヴィルヘルムは親から離れ、日本で中高一貫校にあたる9年制のギムナージムに入学しました。二人は勉強熱心で在学年数より早く進級し、成績が極めて良かったので、国王の特例で大学進学を認められ、マールブル
  • 子ども ドイツ 文学 大学 家庭 出版 童話 自分
  • 550 販売中 2009/05/19
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  • 児童文学からみる異文化
  • 絵本から考えるいじめの問題         目次 序論 本論  1.読み聞かせによる幼児教育とは 2.絵本から学ぶ「一緒」という考え 3.絵本にみるいじめ回避 4.絵本で書かれるいじめ 結論 参考文献 序論  現在日本の子供の中で、いじめが大きな問題になってきている。それにともないいじめをテーマにしている絵本も増えてきている。学校での仲間はずれ、また、さらにエスカレートした形になってくると、暴力まで発展してしまうケースも数々ある。その結果の自殺、登校拒否など多くの問題につながってくるのである。 「いじめ」もおさない子どもたちのあどけない一種のあそび、そのようなことばにもきこえてくる。ところがいま問題になっている「いじめ」はむかしのいじめとはレベルのちがうものなのである。一対一ではなくて個人対集団の恐喝や脅迫といったものになってきており、遊びとはかけ離れてしまっている。いじめという言葉が本当は卑劣である行為を曖昧にさせているのではないだろうか。 青少年育成推進本部発行の青少年白書1(によると、小学校で11.9%、中学校で38.0%高校で26.6%ものいじめが発生しているとの発表であった。(平成15年度)  いじめの態様は発生件数の多い順から、冷やかし・からかい、言葉での脅し、暴力をふるう、仲間はずれ、持ち物隠し、集団による無視、たかり、お節介・親切の押し売り といったものがある。  いじめとは単に暴力などの実際にいじめであるとわかるものだけではなく、言葉による精神的なものもあるため、他者からはわからなかったりいじめている側も気づかなかったり、それほどまで深刻に考えないことが多い。そのことによりいじめが絶えなくなってしまうのだろう。 いじめという言葉は広辞苑によると“肉体的、精神的に自分より弱いものを、暴力やいやがらせなどによって苦しめること。特に、昭和六〇年(一九八五)ごろから陰湿化した校内暴力をさすことが多い。”という意味である。 ダイレクトにいじめを題材にした本格的な絵本もあれば、いじめの原因になるようなささいなことを事前にくい止めるような教育的な絵本もある。  前者のようにいじめを直接知らせる本は、読んでいる子供自身にいじめというものは悪い事であるだという考え方を持たせる効果があると思われる。  後者のような原因をくいとめるような絵本になってくると、幼児が成長していく課程において、みんなと一緒という考え方や、自分は自分であるといったような考えのような人と人との関わり合い、自己のパーソナリティを形成するといった絵本となってくる。  小さい子供にとって家族以外の外の世界を知る第一の手段は絵本であるのだ。そのため小さい子供は絵本を読み聞かせてもらう事よって様々な知識を得て、成長していくのである。 それでは、実際どのような形で絵本からいじめを食い止めるようなメッセージを送っているのだろうか。小さい頃に本を読み聞かせてもらうことによる子供の人格形成という点をふまえた上で、小さい頃に読む絵本といじめの発生源である仲間はずれとの関係性はどうなっているのだろうか。授業で取り上げられた“わたしのいもうと”のような実際にいじめという問題を考えさせる絵本をなどによりいじめをどのように考えていくのか。といったような事を考えていきたい。 本論 1.読み聞かせによる幼児教育とは  まだ文字も読めない時期の子供は自分では読む事ができないため、大人から読んでもらうということになる。子供にとって絵本を読み聞かせてもらうとゆうことはいったいどのような影響が出てくるのだろうか。絵
  • レポート 教育学 教育 絵本 異文化
  • 550 販売中 2006/11/12
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  • 児童文学「絵本のもつ意味」
  • 児童文学「絵本のもつ意味」 絵本を子どものものとしての面から捉えることが多いが、勿論、絵本は子どもだけのものではない。しかし、子ども、特に乳幼児期において絵本は欠くことのできないもので、主たる対象は子どもであることが多い。  絵本は子どもが最初に出会う本であり、生涯本好きになるかどうかも左右する。子どもの興味と関心、生活経験を的確におさえ、それらにふさわしく形象化された絵本は、心を捉えて話さないものである。また、
  • 子ども 教師 発達 幼児 絵本 幼児期 態度
  • 550 販売中 2010/04/18
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  • 児童文学 赤い鳥運動を起こした鈴木三重吉について
  • 最近では、絵本のある子育てを…などと子どもたちと本の距離を近づけようと、さまざまな活動がなされています。それほど、本に親しむことは、教育において人格形成、情緒を穏やかにするなど良いことがたくさんあげられます。『世間の小さな人たちのために、芸術として真価ある純麗な童話と童謡を創造する最初の運動を起こしたい』と立ち上がった人にとても興味を持ちました。その人物、鈴木三重吉の生まれ、活動など調べてみました。 鈴木三重吉は、広島県広島市で鈴木家の三男として生まれました。中学時代から文学に興味を持ち、映山というペンネームで雑誌に投稿していました。中学2年の時に書き上げた童話、『あほう鳩』が雑誌『少年倶楽部』に入選しました。その後、現在の京都大学教養部である第三高等学校を経て、東京帝京大学文学部英文学科に入学しました。在学中、尊敬する夏目漱石に『千鳥』という作品を送ったところ、漱石の推薦で『ホトトギス』に掲載され、漱石の門下として活動していました。大学を卒業後は、中学教師を務めながら『小鳥の巣』や『桑の実』を発表するなど、小説家としての活動を続けていましが、小説に行き詰まり、大正4年以降は執筆活動を
  • 日本 子ども 教師 文学 児童 芸術 大学 音楽 運動 小説
  • 550 販売中 2009/05/19
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  • 英米児童文学の解釈 『クマのプーさん』
  •  前回、発表用のレポートでも、『クマのプーさん』について書きましたが、今回は続編の『プー横丁にたった家』も含めて解釈していきたいと思います。  『クマのプーさん』は10話、『プー横丁にたった家』が10話、全20話で構成されています。ほとんどの話が独立していて、どこからでも読めるようになっています。それぞれの話も、そこで何が起こって、どうなったかというストーリーよりも、プーたちが何を考えて、どう動いたかの方が中心になっています。つまり、プーは無い脳みそで突飛なアイデアを出し、コブタは勇気を出して小さな身体を前に押し、フクロは難解な言葉を使い論説し、ウサギは指示を与えるために森中を駆け回ったりします。たとえば、プーは『クマのプーさん』の第1話で、ハチミツをとるために風船にぶら下がる事を思いつきます。コブタは第5話で、ゾゾを捕まえるための落とし穴にひとりで行って、ゾゾがいるかどうかを確かめます。フクロは第4話で、イーヨーのしっぽを探し出すための慣習的処置をプーに聞かせます。ウサギは『プー横丁にたった家』の第3話で、迷子になった友人のチビを探すために、森の住人たち全員を捜索隊として組織します。しかし、これらは全て失敗しています。プーは結局ハチミツをとれず、コブタはゾゾとプーを間違えて、イーヨーのしっぽはフクロの家の呼び鈴の紐にされており、プ−やコブタはウサギの指示通りには動けませんでした。  このように、『クマのプーさん』『プー横丁にたった家』の中には、数々の失敗談があります。このことは、これらの話の特徴の1つです。皆、必死で考えていますが、大抵がうまくいきません。その考えは一応の論理をもっています。もちろん、大人のもつような論理性はなく、まだ常識が形成されていない子どもにだけ通用するようなものです。
  • レポート 海外文学 英文学 児童文学 子ども 成長
  • 550 販売中 2006/01/06
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