日本は仏教国であるというと、いろいろな面で宗教性のうすれた現代の日本人のなかには、必ずしも納得がいかない、という感覚をもつ向きもあると思う。しかし、歴史的には日本は、はっきりと中国・朝鮮半島、あるいはチベット、モンゴル、さらにベトナムを含めた、アジアの大乗仏教圏に属している。古代の後期から中世に至る日本の思想や文芸の歴史は、濃厚な仏教の色彩のなかで展開してきた。儒教が盛んになる近世までの、千年近くの日本の思想史は、仏法をめぐる思索、仏教の影響を深くのこす文芸などに表現された宗教思想史であり、論理思想史であった。
なお、日本の仏教の受容も中国文化・漢字を通してであり、その漢字を通じての仏教の思想的受容は、儒学の受容とほぼ重なかたちで進んだ。儒学も支配層の教養として重要な意味をもったが、仏教の受容が日本の思想、民衆の精神生活に与えた影響は計り知れないものがある。神話等に表現された体系的ではない神道の宗教性と比べれば、体系性をもち哲学的言語で表現する仏教の受容は、より大きな意味を持つ出来事だった。明治以後の日本思想史研究のなかでは、仏教でははじめて日本の哲学的思想の歴史ははじまるとみる見方さ...