マーカスは愚かに感じた。
彼は恥ずかしかった。しかし、彼はドアをノックした。
その暗い家から返事はなかった。それに墓場のように静かだった。
その時、彼はカーテンの後ろで何か動いているのに気付いた。
誰かが彼を見ている。
彼はカーテンの隙間からから黒い目が覗いているのがわかった。
何も敷いていない床をネズミが駆けるような足音がした。
ドアがゆっくりと開くとスクリチェットばあさんの顔が現れた。
人々が言っていることは本当だった-彼女は魔女のようだった。
彼女の髪はワラのようで、鼻は長く、かぎづめのように曲がっていた。
彼女はとがった黄色い歯を見せて笑った。
「お入り。
」彼女は言った。
「お前さんのことをずっと待っていたんだよ。
」
マーカスはばあさんが彼のことをからかうのを許すつもりはなかった。
「僕が来るってどうしてわかったのですか?」と彼は答えた。
「僕がここに来ることは誰も知らないのに。」
彼は胸がすっきりとした。
彼はばあさんのしていることがすべてトリックだとわかったからだ。
彼女は詐欺師だった。偽物である。
彼女は僕が来ることを知っていたと信じるとでも思ったのだろうか。
「私はあんたが来るのを知っていたよ。」と彼女は言った。
「そして、なぜあんたがここに来たのかも知っているよ。」
この時、マーカスは彼女が嘘をついていると分かった。
彼は自分が抱えている問題を誰にも教えていなかったからだ。
世界中でこのこと(彼の問題)について知っている人は誰もいないだろう。
それはとても恥ずかしいことで、
ほかの子供たちが知ったらきっとみんな笑うだろうから。
彼は家に帰ろうと決心した。
でも、帰る前にどうしようもないばあさんをからかってやろうと思った。
「わかったよ、ばあさん。
」彼は言った。
「じゃあなんで僕はここに来たんだい?」
彼女は彼の目を真正面から見た。
「あんたは16歳だね。
」彼女は言った。
「そして、あんたは今までキスをしたことがない。
」
マーカスは顔が真っ赤になるのが分かった。彼ははにかんだ。
彼女は-彼女はすべて知っていたのだ。
彼女は心の中を見透かすことが出来たのだ。
彼女についての噂は本当のことだったのだ。
彼は自分がみじめで小さく感じ、自分が何をしているのかもわからなかった。
スクリチェットばあさんは「カッカッカッ」と長々と笑いだした。
それ(笑い)はマーカスを震え上がらせた。
「一緒についといで。
」彼女は言った。
彼女は彼を暗くて狭い廊下に案内し、階段を上った。
その家はガラクタであふれ返っていた;
壊れた TV(何セットか)
、古い自転車、積んである本に空きペットボトル。
階段の手すりにはクモの巣がかかっていた。
彼らはその家の1番上の小さな部屋に入った。
部屋の中には長椅子と机以外何もなかった。
それはマーカスの期待していたのと違った。
彼は丸いテーブルの上に水晶玉があり、たくさんのガラクタと装置であふれていると思っ
ていたからだ。
その部屋はがらんとしていた。
スクリチェットばあさんは手を伸ばした。
「これは20ドルするよ。
」と彼女はマーカスに言った。
「後で払うよ。
」とマーカスは言った。
「それはいかさまかもしれないじゃないか。」
「払うまで渡さないよ。
」とスクリチェットばあさんは言った。
「私は私が信じる人間だけ助けるんだよ。
」
マーカスは彼女の目を覗き込んだ。
その目はぞっとするほど冷たかった。
彼は財布を取り出して、彼女に20ドルを渡した。
彼女はそれを自分のドレスにしまいこんだ。
その時、彼女は言った。
「その長椅子に横になりな。
」と。
マーカスは長椅子に横たわり、天井を見つめた。
小さなクモが隅の方に巣をかけていた。
マーカスは老婆の家の長椅子に横たわっているのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。
来なければよかった・・・家に帰りたいなぁと彼は思った。
「えーっと。
」彼は言った。
「きっと僕が思うに、僕があなたに何か(相談事について)話すのでしょうか?」
「いいや。
」スクリチェットばあさんは言った。
「私があんたの問題について忠告する。だからそれをじっと座って聞いてな。
」
マーカスは言われた通りにした。
「お前さんは女の子とキスをしたことがないね。」と老婆は低い声で言った。
「お前は何度も何度も挑戦したことがある。
だけど、いつも失敗した。彼女らはあんたを生意気で自己中だと思っている。
彼女らは他の人に自分とあんたのことについて言われたくないんだよ。
1度はあんたとデートする女の子はいるけど、あんたが玄関まで送っていくと
いつも『ありがとう。
』と言って中に入ってしまうんだ。」
マーカスは黙って聞いていた。
ばあさんの言ったことはだいたい正しかった。
彼は思っていた。生意気でもなければ自己中でもないと思っていたがそれ以外のことは正
しかった。
考え付くことはすべてやってみた。
女の子を映画に連れて行き、チョコレートを買ってあげるといいと聞くと実践したり、映
画代まで払ってあげたことさえもある。
だけども、最後の最後で彼女らの家に送っていき、
「おやすみ。
」と言って目を閉じて唇を
つきだして身をかがめても、気が付くといつもその女の子の玄関の戸にキスをしてしまっ
ている。
まったく頭にくる。つばを吐いてもいいくらいだ。
それはもう何回もあった。
女の子は誰一人として彼にキスをしてくれなかったのだ。
「えーっと。
」マーカスは言った。
「私を助けてくれるのですか?」
彼女は笑っただけで何も答えなかった。
なんとなく気に入らない笑顔だった。
それを見てマーカスは自分が馬鹿にされているように感じた。
彼女は黙って立ち上がると、部屋を出て行った。
マーカスは彼女が階段をキュッキュと降りている音が聞こえた。
1分もすると、彼女が戻ってくる音がした。
彼女は部屋に入ると筒状のものを彼に手渡した。
「ほら。
」
「これはあんたが今、まさに必要としているものだよ。これにはそんな効果がある。
」
マーカスは彼女の手からそれを取りあげてじっと見てみた。
それは小さな金色の容器に入った口紅だった。
「僕は口紅なんかつけないよ。
」
「あんたは僕をおかしいと思ってるんだな!」
彼は慌てて長椅子から飛び起きた。
もうこれ以上は我慢できない、もうたくさんだ。
彼はもしかしてお金を返してもらえるかもしれないと思った。
「おすわり。
」とばあさんは冷たい声で言った。
「そして、よく聞きなさい。この口紅をつけるんだ。
すると、あんたの望み通りすべての人にキスしてもらえる。
これには色がついてない。透明で誰にも見えない。
だけど、ちゃーんとうまくいくんだ。どんな女性にも効き目があるんだよ。
ちょっとでいいからあんたの唇につけると
1番近い女の子があんたにキスをしたくなるんだよ。」
マーカスは口紅を見た。
信じていいのか彼には分らなかった。
ひょっとしたら効果があるかもしれない。
スクリチェットばあさんは彼が一体どんな問題を抱えているかを聞かずに彼の心を読めた。
もしかしたらこの口紅は本当に彼にとって必要なのかもしれない。
「わかったよ。
」彼は言った。
「試してみるさ。
」
「もし、効かなかったら戻ってきて20ドル返してもらうからな!」
「ちゃんと効くよ。
」ばあさんは言った。
「お前さんが思っているよりもずっとね。話はおわりだよ。さっさと行きな。
」
ばあさんはマーカスを階段の前まで案内し、狭い廊下を抜けて玄関まで送った。
彼は太陽の下に足を踏み出した。
家の中が暗かったので目パチパチとさせた。
スクリチェットばあさんはドアを閉める前にもう1つだけ言った。
「この口紅は1人に1回だけ効果があるんだ。それがこの口紅の効果だよ。」
他には何も言わず、彼の前でドアをぴしゃりと閉めた。
再び、古びた家は静かになった。
マーカスが口紅を手に入れて1週間がたった。
家に帰ってレコードプレイヤーや壁に貼ってあるポスターを見たとき、すべてが夢に思え
た。
あの古びた家もばあさんもどこか別の世界のように思った。
あのばあさんのところになんてホントに訪れたのだろうかとさえ思った。
しかし、彼は確かに口紅を持っていたのだ。
彼は口紅をかざしてみた。
暗闇の中で口紅が光っているのがわかった。
マーカスはその口紅を箪笥の左側に置いた。
その週の後半に、マーカスのクラスに新入生が来た。
彼女の名前はジル。
彼は時間を無駄にしなかった。
彼女が最初に学校に来た時にデートに行かないかと誘った。
彼女は彼と一緒に行くのはあまり乗り気はなかった。
でも、彼女は恥ずかしがり屋の上にフレンドリーではないと思われたくなかったし、学校
に転校してきたばかりで友達もいなかった。
結局、金曜の夜にディスコに行くことになった。
マーカスはディスコの中で待ち合わせるように約束した。
その理由は彼女の分を払わないようにするためだ。
結果として上手くいき、ジルも楽しんでいるようだった。
マーカスはダンスをしている間、ずっとポケットの中に口紅があるのを感じた。
それがとても気になり、忘れることが出来なかった。
それは例えるなら靴の中に石ころが入っているかのようだった。
11時になり、彼らは家に帰ることにした。
ジルの家は歩いてすぐのところにあった。
2人が歩いていた時、ジルはとても楽しそうに話していた。
彼女は新しい友達がこんなに早くできたのがうれしかったのだ。
それを見てマーカスは少し罪の意識を感じた。
彼はポケットの中にある口紅を触った。
この口紅を使うべきだろうか?
マ...