目的
塩化マンガン溶液中の水素原子核(陽子)の核磁気共鳴の測定を通して、核磁気共鳴の原理を理解する。
原理
原子は中心に原子核(正の電荷をもつ)とその周りを回る電子(負の電荷をもつ)からなる。原子核にはそれぞれ特有の磁気モーメントがあり、「磁石」の性質を持っている。
原子核が静磁場(静磁界)中に置かれると、ちょうど傾いたコマの軸のように歳差運動をする。このときの歳差運動の周波数は静磁場の大きさおよび原子核の磁気モーメントの大きさに比例している。この歳差運動をしている原子核に同じ周波数の回転磁場を加えると、この回転磁場のエネルギーの吸収が観測される。これを核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance:NMR)という。
右図にNMRの原理を示す。
❶磁場中に物質を置くと、物質の内部にある原子核の磁気モーメントが磁場の方向に揃おうとするので、物質は磁化する。すなわち、磁場と同じ方向に磁化を持った磁石となる。
❷これに磁場に垂直な面内に回転磁場を加える。この回転磁場の周波数を変えていくと、
❸ある周波数で物質の磁場が消えてしまう。これを磁気共鳴と呼ぶ。このときの周波数は外部磁場の大きさに比例しており、磁場の大きさを非常に精度良く知ることができる。
NMRの特徴は原子核の受けている磁場の大きさを正確に測定できることである。例えば、原子同士の結合による原子核の周りの電子状態の微妙な変化も共鳴周波数の変化から観測できる。原子の結合状態や空間配置等についての情報が得られるため、現在では、化学分析や医療用検査(nuclear Magnetic Resonance Imaging:MRI)など広い分野でNMRは用いられている。
❶磁場中の原子核の運動
原子核の磁気モーメントをとして、これを静磁場中におくと右図のようにのトルクを受ける。一方、角運動量と磁気モーメントの間にはの関係がある(ここでγは原子核の磁気回転比である)。これより、この磁気モーメントの回転運動の運動方程式は以下のようになる。
・・・・・・①
ここで静磁場をとおくと、この運動方程式の各成分は以下のようになる。
・・・・・・②
②の第3式からはが得られる。②の第1式および第2式から以下の式が得られる。
・・・・・・③
これらの微分方程式の一般解はで表される。よって以下のようになる。
・・・・・・④
③式のこれらを代入すると、となり、となる。
一方時刻t=0の時がx-z平面内にあり、との間の角度がθであったとすると以下のようになる。
・・・・・・⑤
よって、、、となる。ここで、である。
すなわち、磁気モーメントは前頁図のようにz軸方向の大きさは変わらないで、x-y平面内で角速度ωの回転運動をする。このような運動を歳差運動という。
❷回転磁場の系における原子核の運動
磁気モーメントの運動を考えるために、磁気モーメントに固定した回転座標系を考え、この座標系での運動方程式を考える。一般的に、ベクトルについて、x、y、z軸の単位ベクトルを、、とおくと、と書ける。今この座標系がを回転軸として角速度ωで回転しているとすると、それぞれの単位ベクトルについて次の関係が成り立つ。
次に、の時間微分を考える。
第一項は、、、の座標系上でのの時間変化を表す。すなわち、回転座標系上でのの時間変化を表す。に磁気モーメントを入れ、先の運動方程式に代入する。
これが回転座標系での運動方程式になる。回転座標系では磁気モーメントは右図のようにの磁場の周りに歳差運動している。、すなわち回転方向が逆で角速度ωの回転座標系では、となり、磁気モーメントは見かけ上の磁場が0となるので、時間変化しなくなる。すなわち、この回転座標系では磁気モーメントは固定されている。言い換えると、磁気モーメントはの角速度(角振動数)で歳差運動している。このような角振動数(周波数)をラーモア角振動数(またはラーモア周波数:)という。
❸磁気共鳴
今、外部磁場に垂直なx-y平面内に角振動数ωの回転磁場を加える。この回転磁場に固定した回転座標系(の方向をx軸とする)で見ると、磁気モーメントはした図のように、と見かけのz軸方向の磁場を合成した有効磁場の周りに歳差運動をする。の振動数ではz軸方向の成分は0となり、磁気モーメントはの周りに歳差運動をする。このような状態になることを磁気共鳴という。このとき外の座標系から見ると、磁気モーメントのz軸成分は時間平均を取ると0、すなわちz軸方向の磁化がなくなることが分かる。
❹共鳴吸収の検出
磁気共鳴が起こると物質中の原子核の磁気モーメントはz軸成分が0になる。すなわち、物質全体で見るとそれまで磁場の方向に持っていた磁化が、磁気共鳴が起こると無くなってしまう。そこでこの磁化の変化を検出すれば磁気共鳴が検出できる。この磁化の変化の検出には電磁誘導を利用する。右図のように磁場中に置かれた物質の上下にコイルを置くと、このコイルの中には物質の磁化により生じた磁力線が貫いている。この状態で、磁気共鳴が起こると物質の磁化が無くなり、これまでコイルを貫いていた磁力線が無くなってしまう。この磁力線の変化によりコイルには誘導電流が流れる。この誘導電流を検出することで磁気共鳴を観測することができる。
実験方法
❶電磁石および実験装置の電源を入れる。
①EC-200型NMR実験装置(CW NMRDETECTOR)のField Adjのダイヤルロックをはずして左いっぱいに回っている(目盛りが0になっている)ことを確認してから電源を入れた。
②電磁石および、オシロスコープの電源を入れた。
③Field Adjのダイヤルをゆっくり回して、Field INTENが200mT(=2.00kGauss)にした。
あらかじめ電流を流しておくのは電磁石電流が安定するのに時間がかかるためである。
Field Adjをゆっくり回すのは急に電磁石に電流を流すと大きな逆電流が生じて電源が壊れてしまうからである。
❷試料の調整
試料(塩化マンガン[MnCl2]溶液)をサンプル管の中に10mm程度の高さまで入れたものが用意されていた。このうちまず濃度が10mmol/Lのものを用いて実験を行った。溶液を入れたサンプル管をプローブの中に入れ、プローブを凹型のフレームに差し込み、先を電磁石の中に入れた。この時のサンプル管の位置が磁石の中心になるようにした。
❸オシロスコープの設定
①オシロスコープのHORIZ DISPLAY下のX-Yスイッチを押した。
②SWEEP MODEのAUTOスイッチを押した。すると画面上に輝線が表れた。
③輝線の焦点が合っていなかったので、FOCUSダイヤルで調節した。
④X-Y軸レンジを合わせた。X軸はCH1のVOLTS/DIVダイヤルを回して、輝線の横幅が画
面幅位になるように合わせた。Y軸はノイズの大きさが大体1マスの半分くらいになるよ
うにCH2のVOLTS/DIVを合わせた。
❹磁気共鳴信号の観測
①EC-200のFREQ ADJダイヤルをOSC.FREQUENCY(周波数)が10MHzになるまで回した。
②オシロスコープを見ながらFIELD ADJダイヤルをゆっくり回し、電磁石の磁場を上げた。
③オシロスコープに信号が出てきたら、信号が中心になるようにダイヤルを合わせた。
この時、磁場の微調整を行うためにはFINEダイヤルを回した。
④信号を調整した状態でのFIELD INTENと周波数の値を記録した。また、この時のオシロス
コープのCH1,CH2のレンジの大きさも記録した。
❺測定するもの
(ⅰ)電磁石の磁場分布の観測
FIELD INTENの値は変えないで、プローブを目盛り(5mm間隔)に従って位置をずらして共鳴周波数がどのように変化するかを観測した。各位置でのオシロスコープ上の共鳴信号をグラフ用紙に記録した。この時、信号の高さ、幅、ノイズのおおよその大きさが分かるようにした。観測は約5mm間隔で共鳴線がみえなくなるまで測定した。共鳴の中心位置(オシロスコープの中心を0とした)について、横軸を位置にしてグラフを書いた。この結果から磁石の磁場分布がどのようになっているかを考えた。
(ⅱ)共鳴周波数の外部磁場依存性を観測した
先に測定した磁場分布で最も共鳴信号が大きかった場所にプローブを戻して、共鳴周波数と外部磁場の関係について観測した。まず、周波数を約10MHzに戻し、オシロスコープ上で共鳴を中心に持ってきた。このときのFIELD INTEN(磁場の強さ)と周波数を記録した。また、周波数が低い方についても測定した。測定はFILD INTENと周波数が動かせる範囲で行った。得られた結果について横軸を共鳴周波数の大きさ、縦軸を磁場としてグラフを作成した。グラフから傾きを求め、γを計算した。
(ⅲ)濃度の異なる試料および純水での磁気共鳴の観察
再び周波数を10MHzに戻し、共鳴がオシロスコープの中心に来るように磁場の大きさを調節した。磁場と周波数の設定を変えないで、塩化マンガン溶液のサンプルを別の濃度について観測した。さらに純水のサンプル管にして共鳴を観察した。全ての濃度の塩化マンガン溶液と純水について、それぞれの...