平成20年旧司法試験 憲法第1問

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    資料の原本内容

    第4回

    1、A自治会は、地域環境の向上と緑化の促進を目的とする団体へ寄付するため、自治会費を年5000円から6000円に増額し、その増額分を前記寄付に充てる決議を行った。本件決議は憲法上許されるのであろうか。寄付は、その無償性・非対価性から思想良心の発露の一形態ということが出来る。また、憲法は19条で思想・良心の自由を保障している。そこで、寄付を強制した本件決議は、会員の思想・良心の自由を不当に侵害し憲法19条又はその趣旨に反するのではないか、という問題が生じる。

    2、まず、A自治会は地方自治法260条の2(以下「本条」という)第1項に定める「地縁による団体」の認可を受けたとしても、私的団体であることに変わりはない。そこで、憲法は私人間にも適用されるのか、憲法の私人間効力が問題となる。

     この点、憲法は私人間には適用されない、と考える説がある。確かに憲法は公権力を拘束して個人を守るための法であり、その名宛人は国家をはじめとする公権力である。このことは憲法99条が定める憲法尊重擁護義務を国民が負っていないことからも明らかである。したがって、憲法は私人間への適用を予定しておらず、私人間の規律は、基本的に私的自治の原則に委ねられる。

     しかし、私人間においても適切な権利利益の調整は必要であるし、私人間においても人権尊重の趣旨は貫かれるべきである。また、人権規定は国家の活動の目標・限界を示しているだけでなく、社会全体の実定法秩序における基本的な規範をも示している。したがって、憲法を私人間に直接に適用することは出来ないとしても、私人間への適用を全面的に否定することは妥当ではなく、実定法を解釈する上で憲法の趣旨を考慮して、間接的に適用することは許容されるというべきである。判例もこの考え方を採っている。(三菱樹脂事件)

     本件においては、本件決議が本条1項の定める「目的の範囲内」といえるか否かについて、憲法の趣旨を考慮して解釈することになる。具体的には、本件決議が会員の思想・良心の自由を不当に侵害し憲法19条の趣旨に反する場合には、本件決議は本条1項の「目的の範囲内」とはいえず無効となる。

     そしてこれを判断する際には当該団体の性質、寄付の性質、会員の被る不利益を考慮する必要がある。

    3、まずA自治体の性質について検討する。A自治会は本条第7項が「加入を拒んではならない」と定めているように任意加入団体である。しかし、地縁団体は対象地域の殆どの世帯が加入し、その活動は災害時等の協力、清掃、防犯、文化等の各種行事等極めて広範囲に及んでおり、地域住民が日常生活を送る上において必要不可欠な存在である。また、その団体を任意に選択できるものではなく、会員の脱退の自由は事実上制限されているものといわざるを得ない。したがって、A自治会は強制加入団体と同視しうるというべきである。

    4、以上をふまえ本件議決について検討する。まず、会員は直接寄付を強制されているわけではない。しかし、上述したように強制加入団体と同視しうるA自治会が会費の増額分を寄付に充てる旨を明示した決議をしており、会費を会員が払うのは義務であるから、そうすると実質的にはA自治会が会員に対して寄付を強制しているということが出来る。

     したがって、本件決議は会員に対し、寄付金に対する任意の意思決定の機会を奪うものであるが、どのような団体又は使途について寄付に応じるかは、各人の属性、社会的・経済的状況等を踏まえた思想、信条に大きく左右され、また個人の世界観などの思想を外部に反映するものであるから、いかなる団体に寄付を行うかを任意に意思決定する権利は憲法19条思想・良心の自由により保障される。よって、寄付を強制する本件決議は思想・良心の自由を不当に侵害するものであり、憲法の趣旨に反する。

     また、寄付対象団体の目的は「地域環境の向上と緑化の促進」であるが、これらの活動は「地域住民の利便」と必ずしも関わらない活動を多く含んでおり、必ずしも寄付を行った地域で活動するとは限らないため、寄付行為とA自治会の目的との関連性も認められない。

     また、寄付対象団体が政治的・宗教的な団体ではないため、寄付対象団体の目的と思想・良心との関連性が希薄である、という考え方もある。しかし、寄付対象団体の目的のように緑化を促進すべきと考えるのか、商業施設等を充実させて都市型の地域にしたいと考えるのか、その選択は結局会員の思想に基づいて決せられる事柄である。したがって、その関連性も強く、侵害の程度が軽微とはいえない。

     金額についても少額とはいえ、経済状態によっては、義務的な会費はともかく、寄付金には応じられない会員がいることも当然であり、会員の被る不利益が必ずしも軽微とはいえない。

    5、上述したように、いかなる団体に寄付を行うかを任意に意思決定する権利は憲法19条により保障されるにもかかわらず、寄付を強制した本件決議は思想・良心の自由を不当に侵害するものであり、対象団体への寄付行為と「地域住民の利便」という目的との関連性も認められない。

     よって、本件決議は憲法19条の趣旨に反し、本条1項の「目的の範囲内」ということはできず、無効である。

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