S0103 教育史_レポート 第1、第2設題セット 2014年版

閲覧数3,369
ダウンロード数10
履歴確認

    • ページ数 : 10ページ
    • 会員880円 | 非会員1,056円

    資料紹介

    佛教大学 S0103 教育史のレポートです。
    第1設題(B評価)と第2設題(A評価)のセットです。

    第1設題 昌平坂学問所について述べよ。
    第2設題 ペスタロッチの教育思想について述べよ。

    ぜひ参考にしてください。

    資料の原本内容 ( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    昌平坂学問所について述べよ。
     徳川幕府は、地方分権を建前としながらも、強力な統制と制約を加えることによって幕府権力の集中化をはかった。つまり封建制度社会の完成でもある。幕府は、封建的社会体制の秩序を維持強化するため、多くの学校を設けるなど、教育上の諸政策をとっている。幕府直轄の学問所や、各藩に藩校などの学校を設け、儒教ことに朱子学を幕府が認めた学問として、教育内容の中心においた。その幕府直轄の学校である昌平坂学問所について、その成立と展開について考察してみる。

     昌平坂学問所は、寛永7年(1630)に三代将軍家光の内意と援助により、幕府儒官である林羅山の家塾に設けられたものである。昌平坂学問所は昌平黌ともいわれた。

     元禄四年(1691)五代将軍綱吉は儒学の振興を図るために、湯島の地に聖堂を創建して上野忍岡にあった林家の家塾と聖廟をここに移し、規模を拡大させていった。林羅山は大成殿の外門である仰高門東舎に一般の武士・庶民を集めて経書を講じており、地面に座って聴くものすら存在すると盛況をきわめている。以後、湯島の聖堂では、林家の家塾として門弟の教育を行うとともに、一定の日時を決めて...

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。