2010/07/19
実験心理学演習
印象形成
07PP037
岩村 康広
問題
心理学では、表情の知覚、視線の知覚、対人印象の形成、人間関係の知覚など、他の人間をどう知覚し、認知するかという問題が古くから探求されている。ここではAschが行った印象形成実験を追試することする。
Aschの一連の研究には、初期の印象が当該人物の全体印象に強い影響を及ぼすとする初頭効果や、強いインパクトを残す性格特性とそうでない性格特性の存在の指摘などが有名である。強いインパクトを残す性格特性を中心特性ともいい、人間が少ない情報しかなくても相手をまとまりのある人物像にしたがるという特徴に焦点をあてたものである。
Aschはこのような印象形成の特性を巧妙な方法で組織的に研究した。彼はある2つの刺激語リストからイメージされる人物の印象を、多くの評価カテゴリーにより評定させた。そのリストの1つは、「知的な-器用な-勤勉な-暖かい-決然とした-実際的な-慎重な」というものであり、もうひとつは先に記したリストの「暖かい」の部分を「冷たい」に変えたものである。この結果先にあげたほうは寛大・賢明・人のよい・ユーモアのある・社交的といったような好ましい印象になり、あとのほうは、寛大でなく・抜け目のない・ユーモアに欠ける・非社交的ではあるが、頼りになり重要であるといったように先のリストとは全く異なった印象が形成された。この場合、人物象を形作る中心的な役割を果たす刺激語が「暖かい」と「冷たい」であり、入れ替えると全体の印象が大きく変化する語を中心特性といい、その他の入れ替えてもさほど大きな変化は起こらない語を周辺特性という。
またAschは次の2つの系列の間でも、形成される印象の比較を行っている。1つは「知的な-勤勉な-衝動的な-批判的な-強情な-嫉妬深い」ともう1つは内容が同じで順番が全く逆というものである。この2つの印象を比較すると、全体的に見て最初にあげた方がよい印象の評価を受けたと判断された。これは最初に比較的好ましい刺激語があげられ、順次好意度の低い刺激語に移行したからだと考えられる。あとにあげたリストは比較的好ましくない刺激語から始まっており、結果は先にあげたリストより好ましくないというものだった。これは初頭効果といわれるもので、被験者はリストの最初の方に提示された刺激語をもとに全体の印象を構成したと考えられる。しかし、判断の時点がリストの後ろのほうだった場合、その時点に近い方で提示した刺激語の影響が大きくなるケースもある。これは「新近効果」とよばれるもので、必ずしも常に観察されるものではないが、情報の提示順序が全体判断に影響する可能性が示されたと考えられる。そこで今回の実験では実際にこの方法にしたがい、本当に中心特性や初頭効果はみられるのか、また人物の印象がどのように形成されるかを検討した。
以上のような2つの実験を行う場合、構造を仮定する必要があり、その構造に従った予測モデルが必要になる。そこでAndersonは、問題を単純にするために、特定の中心特製のなさそうな系列について、印象形成の予測モデルを考えた。まず1つは総和(加算モデル)といわれ、与えられた刺激語のそれぞれがもつ「好ましさの値」の総和が刺激人物の評価となり、好ましさを持つ刺激語の数が増えるほど全体の好ましさも増える(セットサイズ効果)というものである。もう一つは平均モデルといわれ、刺激人物に対する印象は、与えられた刺激語のそれぞれが持つ「好ましさの値」の平均値として求められるというものである。
このように2つのモデルは同じように見えるかもしれないが、その振る舞いはことなっている。つまり、平均モデルで新しい情報が全体の好ましさを増加させるのは、新しい要素の好ましさがそれまでの全体の好ましさを超える場合に限られるということである。このことについても今回の実験で予測モデルを検討することを試みた。
目的
Aschの方法に従って、言語情報の組み合わせから人物の印象がどのように形成されるかを検討した。また、総和モデル、平均モデルの2つの印象形成予測モデルの検討も行った。
方法
刺激:人物の印象を形成させるために、表1に示す9系列の刺激語リストを使用した。
装置:パーソナルコンピュータのモニタ画面に1語ずつ提示し、これをプロジェクタで投影した。
評定尺度:印象評定には、態度成分論に基づき次の3尺度を使用した。評定は11段階で行った。3尺度とはまず、「大変望ましい-全く望ましくない」というような認知的評価、次に「大変好きな-全く嫌いな」というような感情的評価、最後に「大変つきあいたい-全くつきあいたくない」というような行動的評価のことである。
手続き:実験は集団で実施した。実験参加者は、正面のスクリーン上に掲示される刺激語を無視し、それらの語を全て組み合わせることで1人の人物のイメージを作った。刺激語の掲示は、1語ずつ、掲示時間は約2秒、掲示間隔も約2秒で行うものとした。1系列の刺激語の掲示後、すぐに手元の評定用紙により上記3側面からの評定を、形成した人物イメージについて行った。評定後、約30秒ほどの間隔を置き、次の系列に移った。
実験参加者:実験参加者は大学生29名(男性8名、女性21名)であった。
実験日時・場所:実験は2010年7月4日に、追手門学院大学2号館2204教室にて実施した。
表1 刺激語リスト
1
2
3
4
5
6
系列1
Asch.1
知的な
器用な
勤勉な
暖かい
実際的な
慎重な
系列2
H.H.
信頼できる
思いやりのある
気だてのよい
誠実な
広い心の
正直な
系列3
M.H.
従順な
感情的な
滑稽な
信頼できる
思いやりのある
気だてのよい
系列4
L.L.
無作法な
ずるい
不正直な
誠意のない
嘘つきの
意地の悪い
系列5
Asch.2
知的な
器用な
勤勉な
冷たい
実際的な
慎重な
系列6
H.M.
信頼できる
思いやりのある
気だてのよい
従順な
感情的な
滑稽な
系列7
L.
無作法な
ずるい
不正直な
系列8
H.
信頼できる
思いやりのある
気だてのよい
系列9
M.
従順な
感情的な
滑稽な
結果
表2に各系列各評定尺度ごとの平均値と標準偏差を示した。これに基づき、まずAschが示した中心特性の影響を確認するために、系列1、5の結果を図1に示した。
表2 各系列各評定尺度ごとの平均値(カッコ内は標準偏差)
系列1
系列2
系列3
系列4
系列5
系列6
系列7
系列8
系列9
認知的評価
8.93
(1.86)
10.14
(1.25)
7.79
(1.47)
1.59
(1.03)
6.48
(1.92)
7.79
(1.83)
1.83
(1.18)
9.45
(1.96)
6.21
(1.90)
感情的評価
8.38
(1.81)
9.83
(1.46)
7.76
(1.61)
1.86
(1.53)
5.97
(1.75)
7.72
(1.98)
2.03
(1.59)
9.14
(2.00)
6.03
(2.19)
行動的評価
8.00
(1.84)
9.79
(1.71)
7.21
(2.06)
1.31
(0.83)
5.03
(1.99)
7.34
(2.17)
1.62
(0.96)
9.00
(2.18)
5.76
(2.30)
各評定尺度の平均値
評定尺度
図1 中心特性が印象評定におよぼす影響
図1より、Aschが示したとおり、リストの中心的な役割を果たす「暖かい」と「冷たい」という刺激語によってその人に対する印象が大きく変わっていることがわかった。特に系列5の行動的評価は評定尺度の平均がほかに比べても小さいことがわかった。
次に、提示順序の影響を調べるため、系列3と系列6の結果を図2に示した。
各評定尺度の平均値
評定尺度
図2 提示順序が印象評定におよぼす影響
図2より、今回の実験では提示順序が違っていてもあまり大きな差はみられなかった。
さらに、印象形成予測モデルの検討を行う。まず図3は、刺激語の好ましさの程度が予想通りであるか否かを検討するために、系列7、系列8、系列9での平均値を重ねて示したものである。
評定尺度
各評定尺度の平均値
図3 形容詞の好ましさの度合い
系列7は好ましさが低く、系列9が中程度、系列8が最も好ましいという結果になった。これは刺激語の好ましさの程度が予想通りであったといえる。
次に、刺激語の数が2倍になった場合の影響を見るために、系列2と系列8の結果を図4に、系列4と系列7の結果を図5に示した。
各評定尺度の平均値
評定尺度
各評定尺度の平均値
評定尺度
図4 刺激語の数の影響(同じ好ましさの刺激語を加えた場合)
図4より系列2と系列8の結果は系列2の方が評定尺度の平均が高かった。また系列4と系列7の結果はわずかではあったが系列4の方が評定尺度の平均が低かった。系列2は好ましい刺激語の羅列だったのに対し、系列4は好ましくない刺激語の羅列だった。
この二つに共通して言えるのが、数が多い系列の方がその刺激語の好ましさの影響を受けるということである。
最...