設題1
文部科学省「『学校教育におけるJSLカリキュラムの開発について』(最終報告)小学校編」を参考にして、JSLカリキュラムが開発されるに至った経緯と基本構想についてまとめなさい。
国際化の進展に伴い、日本語指導を必要とする外国人児童生徒を受け入れている公立学校が増加しており、このような外国人児童生徒が学校生活に速やかに適応するためには、学校における効果的かつ効率的な日本語指導が必要である。しかしながら、日本語の初期指導から教科学習へつながる段階の日本語カリキュラムが必ずしも十分に確立しておらず、各教員の努力に委ねられているのが現状である。
日本語を母語としない子どもたちの教育は、これまでは、日本語指導を優先させ、その上で教科指導を進めようという考え方が強かった。すなわち、日本語指導と教科指導が切り離されて行われていたのである。
日本語指導と教科指導の関係をみると大きく次の3つのタイプに分けられる。1つ目は、日常会話ができるようになるとすぐに教科の学習を行うという「順次型」である。2つ目は、日常会話ができるようになった後も、特別に取り出しをして日本語指導を行いつつ、教科指導も行うという「並行型」である。3つ目は、特別に取り出しをして国語科、社会科など日本語に依存する教科の補充をしつつ、他教科は所属学級で学習していく「補充型」である。教育現場では、なぜこういった対応が行われたのだろうか。それには、次のような前提がある。第1は、日本語ができるようになれば学習活動に参加するための力も習得できるというもの、第2に、日本の子どもたちと一緒に学習した方が学習活動に参加できるというもの、そして第3に、教科の中でも特に重要な語彙を習得すれば学習活動に参加するための力が育成できるというものである。しかし、こうした前提を改めて見直していく必要がある。まず、学習活動に参加するには日本語は不可欠だが、日本語を習得すれば、学習に参加するための力が身に付くとはいえない。次に、日本語を母語としない子どもたちは教材、友だち、教師・指導者との出会いを通して多くのことを学習しており、日本語を母語にする子どもたちと一緒に学習していくことは重要である。そのためには適切な教材や教師・指導者の支えなどが不可欠である。さらに、教科の学習にとって、教科特有の語彙の習得は必要だが、文脈から切り離した単なる辞書的理解では学習活動に参加するための力は育っていかない。
日本語を母語としない子どもたちに、従来は、日本語指導を優先させ、日本語指導と教科指導が切り離されていたことを上述した。従来型のカリキュラムでは、学習項目を固定した順序で配置し、日本語の言葉だけを取り出していたため、子どもたちが学習活動に参加できる力を育成するには十分ではなかった。そうした学ぶ力の育成には、日本語指導と教科指導とを統合的にとらえていく必要があり、そのためのさまざまな支援のあり方を模索していく必要がある。その一つの手だてとして、日本語指導と教科指導を統合し、学習活動に参加するための力の育成を目指したカリキュラム開発を行うことにした。これが、JSL(Japanese as a second language)、すなわち「第二言語としての日本語」カリキュラム(以下、JSLカリキュラムとする)と呼ぶものである。JSLカリキュラムは、初期指導を終えた後に、日本語指導と並行して実施するためのカリキュラムであり、文型や語彙などを中心にした日本語指導とこのJSLカリキュラムとを有機的に組み合わせることにより、子どもたちを学習活動に参加させていくことをねらっている。
JSLカリキュラムは、日本語の力が不十分なため、日常の学習活動に支障が生じている外国人の子どもたちに対して、学習活動に参加するための力の育成を図るためのカリキュラムである。そのねらいは、「日本語の習得を通して、学校での学習活動に参加するための力の育成」を目指したものである。これを実現するために、子どもたちが体験したことを日本語で表現したり、学習の過程やその結果を日本語でまとめたり、さらには学習したことを他の子どもたちに向けて日本語で表現したりといったように、日本語による「学ぶ力」の獲得を目指した。日本語で表現させるのは、「少し分かる」「何となく分かる」といった曖昧な理解ではなく、他者に向けて自分の理解を日本語で発信していくことにより、「よく分かる」というレベルにまで理解を深めていくことをねらいとしている。理解を深めるためには、日本語による他の子どもたちとのやりとりの場を授業で保障し、自分が理解したことを日本語で産出する力をつけていくことが前提になる。また、JSLカリキュラムにおいては、具体物や直接的体験にもとづいて学習内容の理解を図るようにしている。教科の学習には、一般的に言えば抽象的、概念的な一般命題の学習が中心である。日本語が十分でない子どもたちにとっては、こうした命題理解よりも、具体物や直接体験から学ぶ方が理解しやすい。学習活動に参加するための力を育成する上では、可能な限り具体物や直接体験を通した学習が重要であり、母語や母文化の支えも必要になる。また、子どもたちを現実の学習場面から切り離し日本語指導という枠組みにとどめるのではなく、学習活動に参加させることがJSLカリキュラムの主要なねらいである。
引用・参考文献およびホームページ
文部科学省(2009)『学校教育におけるJSLカリキュラムの開発について』(最終報告)小学校編
文部科学省(2011)『外国人児童生徒の受け入れの手引き』
文部科学省(2001)『学校教育におけるJSLカリキュラムの開発』
井上恵子(2008)『外国からの子どもたちと共に』
本の泉社