御成敗式目とは、鎌倉幕府の基本法典である。単に式目、式条とも呼ばれていたが、成敗のための式目という意味で「御成敗式目」
、「御成敗式条」と呼ばれ、「関東御成敗式目」「関東武家式目」「貞永式目」などの称も行われた。鎌倉幕府には、当初成文法を持たなかったが、源頼朝以来、公家法には拠らず、平安時代以来の武士の実践道徳を「道理
」とし、道理や先例に基づく独自の裁判を行ってきた。しかし、承久の乱ののちに、幕府の立場が大きく変化するに至った。理由の1つ目として、御家人と荘園領主・西国農民との紛争が増加したため、幕府はそれを裁く必要を生じたことである。2つ目は、幕府が安定期を迎えて体制の整備を進め、その...