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平安時代の空海(774-835)、橘逸勢(?-842)、嵯峨天皇(786-842)を三筆といい、小野道風(894-966)、藤原佐理(944-996)、藤原行成(972-1027)を三蹟といった。生没年を見ると、三筆は中国唐代の書法を継承したほぼ同年代の人たちであるのに対し、三蹟は唐代の書法から脱却し、日本人の感性に適応する和様を形成した人たちで、それぞれの世代の継承者であったと思われる。遣唐使の廃止により、日本固有の制度や文化に転換していき、「和様」「国風文化」と呼ばれるようになった。このような時代に活躍した三蹟の書について、時代を追って述べていく。
1.小野道風
平安時代中期を代表する能書家で、漢学者小野篁の孫。後に「野蹟」と呼ばれる。当時能書の一番の名誉とされていた大嘗会の悠紀・主基屏風の色紙形の揮毫を朱雀・村上の両天皇に任された。道風の型にはまらず情感のあふれる書は新鮮とされ、『源氏物語』の絵合の巻には、『宇津保物語』俊蔭の巻にある道風の詞書を讃して、「手は道風なれば、今めかしうをかしげに、目もかゞやくまでに見ゆ」とある。
また、書法の和様化をあらわすものに、道風が書した『...