日本大学通信教育部
2019~2022年度 リポート課題集
荻生徂徠と太宰春台の礼楽観の違いについて、あな
たが理解した所をまとめなさい。
江戸前期の儒学では、主に自分の心の理(=あらゆるものが"それそのもの"で
ある為の原理、道徳的な秩序)を明らかにすることが求められた。朱子学では外
界の事物世界に理を求めるが、一方で陽明学では理の内在説を唱える点で、二つ
は対立している。
荻生徂徠は、仁斎とともに、「神妙不測なる天地」を人知では説明し尽くせる
ものではないと主張し、朱子学を批判した。同時に、「内」(個人の内面的な徳
性)ばかり詳しく説いて、「外」(天下を安泰にする治世面)を疎かにするのは、
聖人の大道から外れていると批判した。
荻生徂徠は、古文辞学の祖である。彼は、聖人の道を明らかにするためには、
孔子が学んだ 「六経(りくけい)」(『詩経』『書経』『礼記』『楽記』『易
経』『春秋』)にまでさかのぼらなければならないと考えた。その研究の方法と
して、時代によってことばは変化するという前提に立ち、古典を古典として当時
のことばの意味を通じて理解する必要があるという。単に古典を読めるだけでな
く、自分も古典の言葉で書き考えることができなければならない。この研究方法
は国学の発達にも大きな影響を与えた、かなり実証的・客観...