2022年度までのレポート課題によるものです。明治・大正期の小説を題材とし、「公」と「私」の葛藤から「近代」について考察しています。
一八九〇年(明治二三)、雑誌『国民之友』に森鷗外の『舞姫』が掲載された。『舞姫』は、鷗外がドイツ留学時代の経験を基に執筆した短編小説で、一九世紀末のベルリンを舞台にドイツ人少女・エリスと出会った官費留学生の主人公・太田豊太郎が自身の立身出世とエリスとの恋愛に板挟みで悩み、結局は友人の説得と上司からの期待に流され日本への帰国を選びエリスへの愛を裏切ることになる物語である。当時、明治維新を迎えた日本には欧米諸国の政治制度や文化が流れ込み、人々に「自我」「自由」の存在を認識させた。しかし、大日本国憲法(以下「明治憲法」)は天皇が定めた法を国民に与えるという欽定憲法であり、家父長制を前提とした民法の制定にも見られるよう江戸時代からの封建制度の流れを組む社会の枠組みが依然として存在していた。そのような環境の中で自己の理想と社会との軋轢から葛藤が生まれるのはごく自然の成り行きである。近代とは、芽生えた自我と社会の間で苦しむ葛藤の時代である。
『舞姫』は、『うたかたの記』『文づかひ』と並んでドイツみやげ三部作とも呼ばれ、鷗外がドイツでの生活を下地に執筆した作品群であるとされている。ならば、豊太郎...