国文学史・分冊1【日本大学通信教育・国文学・合格レポート・2012】

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    資料紹介

    課題内容
    漢詩文の盛行から和歌文学の興盛となった原因や上限、さらに興盛によって成立した作品の特徴について説明しなさい。

    なお、当方、2013年採用の教員採用試験に合格しました。お買い上げいただいた方でご希望であれば、簡単にではありますが、採用試験におけるアドバイスもさせていただきます。

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    平安時代(七九四年~)が始まって百年は、漢詩文が盛んであって、当時の文学を代表していた。この頃には、仮名文字が次第にできていた時期でもあったが、当初仮名は、女文字と言われ、主として女性が和歌・詞書・手紙などを書くことといった私生活の中で使うものであった。しかし、そんな和歌が漢詩文に代わって文学界の表面に現れるようにあったのは、八八〇年前後とされている。
    和歌・仮名文学が文学の中心となったのは、次に挙げることだと考える。
    一、唐風文化から日本風文化への転換。
    奈良時代から平安時代初期は、唐の影響が強い文化が発展した。そのきっかけは、奈良時代において、遣隋使に代表されるように、日本人が大陸と交流を持つようになったことである。それによって、これまでの氏族制度を改め、天皇中心の律令制国家が形成されていったわけである。そして、同時に漢字・漢文が伝来され、文学はもちろん建築においても影響された。つまり、唐風文化が日本の文化形成に多大な影響を与えたわけである。ところが、時が流れ、遣唐使の廃止や唐の衰退、そして摂関政治に見られる日本の皇族の安定といったことが起きたことによって、唐風文化を受け継ぎながら...

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