「カラマーゾフの兄弟」の世界は倒錯の世界でもある。悪と善、真と偽、希望と絶望、愛と憎しみ、人類がもつあらゆる理性と感情が入り乱れてぶつかりあって火花をだしている世界である。この世界では善は悪になり、悪は善になり、真は偽になり、偽は真になり、愛することは憎むことになり、憎むことは愛することになる。また、不条理が不条理でなくなる世界ともいえる。悪魔も登場して正義感ぶったことをいう。異常な世界だがまぎれもなく人間の世界なのである。人間の本当の世界ともいえる。人間とは何重にも仮面をかぶっている得体の知れない生き物だと「カラマーゾフの兄弟」は私に露骨に見せ付けてくれた。
「カラマーゾフの兄弟」の中で、私がはっとさせられたのが、イワンがアリョーシャに元将軍の地主の話をしたときである。その地主は犬が大好きであった。たくさんの犬を飼い、そして優秀な猟犬に育てた。あるとき、地主の村の子が誤って地主の飼い犬の1匹に石をぶつけてしまった。その犬はびっこを引くようになった。それを地主が見つけ、びっこを引くようになった原因を調べた。原因を理解した地主は石を投げつけた子供とその親をよびつけた。地主は子供を素っ...