飛鳥高の『犯罪の場』を読む
社会派ミステリー小説というカテゴリにおいて、作品の表情はさまざまである。しかしながら、推理小説の隆盛を長期的に眺めたとき、そこには共通している要素がある。日本のミステリー小説は昭和二十年代から三十年代にかけて、戦争が後爪を残していったかのように、物語の根底に社会風俗を中心とした諦観的色彩を有する作品へと変貌を遂げていった。私は飛鳥高氏の著作「犯罪の場」を中心に、その社会性の特色について考察してみようと思う。
飛鳥高の『犯罪の場』を読む
社会派ミステリー小説というカテゴリにおいて、作品の表情はさまざまである。しかしながら、推理小説の隆盛を長期的に眺めたとき、そこには共通している要素がある。日本のミステリー小説は昭和二十年代から三十年代にかけて、戦争が後爪を残していったかのように、物語の根底に社会風俗を中心とした諦観的色彩を有する作品へと変貌を遂げていった。私は飛鳥高氏の著作「犯罪の場」を中心に、その社会性の特色について考察してみようと思う。
飛鳥高氏は一九四七(昭和二十二)年に本作「犯罪の場」で「宝石」第一回懸賞に入選し、作家デビューを果たした。彼はこの作品の時点から、登場人物の犯罪動機を社会性の中に求めており、なおかつ推理と謎解きを盛り込んでいる。そのため形態としてはオーソドックスと評されている(*1)。
本編のあらすじは次のようになっている。初夏の風が吹くころに、「私」は湘南に住まう恩師の木村博士を訪ねる。博士はその「痩軀に」、まだ彼ら若い者をして、「充分信頼せしめるに足る鋭さと、情熱とをもって」おり、彼の母校の大学の、土木工学科に教鞭を執っている御人である。それまで「無沙汰」を続けてい...