1. 1986年9月から開始されたガット・ウルグアイ・ラウンドの農業交渉、1988年の日米協議での牛肉・オレンジを含む6品目の輸入数量制限の撤廃、冷凍技術の進歩による生鮮野菜の海外からの輸入可能、農産物の内外格差の表面化と拡大、1993年12月15日のコメの部分開放の受入れ決定、およびこれに基づく1995年からのミニマム・アクセス(最低限輸入量)枠での年間40~80万トンの外国産米の日本市場への流入など、わが国の農産物流通は好むと好まざるとにかかわらず、自由化という世界の潮流に洗われる。
考えてみると、いままで長い間国内市場で自己完結的に行われてきたクローズドな日本の農業政策および農業が、あらゆる分野で国際市場およびグローバル市場のなかでの位置づけや各国との関係を問題視しないで成り立たなくなってきたのは当然といえる。農業というものは生物資源であり、国内外の自然環境変動で生産活動も変動が大きく、不安定であることから、その年のマイナスの変化を短期的に人為的にコントロールすることは不可能に近い産業ではある。しかし、それ以外の条件では、他の産業や生産物と区別して特別扱いしなければならない理由...